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自分を「惨めな化け物」と告白する澤田空海理と、その人生を起動させた11冊

2024.2.23

澤田空海理『己己巳己』

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『ハチクロ』、江國香織、『カステーラのような明るい夜』――「僕は25歳か26歳まで人生が始まってなかった」

―「作家性」という意味では、おそらく音楽以上に澤田さんに大きな影響を与えているのが今日持ってきてもらった小説や漫画だと思うので、一冊ずつ紹介していただければと思います。まず、羽海野チカさんの『ハチミツとクローバー』。

澤田:羽海野チカ先生の作品全般がそうだと思うんですけど、漫画というフォーマットを使っているだけであって、羽海野チカ先生の思想であるとか、この人が思う美しい人の生き方にずっと触れてる感覚があって、『ハチミツとクローバー』はそれが特に顕著だと思うんです。

『ハチミツとクローバー』全体を薄目で見ると、美大を舞台とした恋愛ものと捉えられていると思うんですけど、その中に挟まる創作論の話みたいなものも、芯を食ってるんですよ。途中自転車で旅をする話が出てくるんですけど、それは僕と同じような葛藤を抱えてるからなんです。「僕だけ文化的に音楽を好きになれない」という話をしましたけど、それと一緒で、周りには本物が集まっているのに、自分だけが偽物だと感じて、「自分は何者なのか?」を見つけるために旅に出る。でも彼が持って帰ってくる答えは「別にそれでいい」なんですよね。何か特別なものを見つけて帰ってくるというわけでもないんです。そういう羽海野チカ先生の思想、創作に対する向き合い方みたいなものがさらっと入れられてるのに、これだけ恋愛ものとして質が高いっていう……これは自分にとってお守りですね。

―江國香織さんの『落下する夕方』。江國さんの名前は過去のインタビューでもよく出てきますね。

澤田:江國さんは一番敬愛する作家さんで、最初に読んだのが『落下する夕方』。ちょっと危ない言い方ではありますけど、僕が女性性で生まれていたら、多分江國香織を読んで、どうしようもない絶望をずっと手に入れてるんだろうなと思うんです。

江國さんの作品に対する感想をネットとかで見ると、「普遍的な恋愛の中に何かを落とし込む」みたいに書いてあることが多いんですけど、僕の中ではイマジナリーに近いというか、「ここまでやっちゃうと、もうそれはドラマの域だろう」と思う。でも江國さんは絶対解像度を落とさない。知らないことを知らないまま書かないというか、江國さんの芯から出ている言葉として書かれているから、僕にとっては江國さんの思想に見えちゃう。本当はそんなこともないのかもしれないけど、もしそうだとしたら、江國さんの作家としての力量はものすごいものだと思うし、僕も作詞のときに意識するんですけど、独りよがりの歌詞であったとして、人に絶望を叩き込むことって大事だと思うんですよ。その強度が落ちたら絶対ダメだと思うので、そういう意味で敬愛する作家さんの1人です。あとヒロインの華子が人物として大好きすぎて、人生ファーストに置いてますね(笑)。

―もう一冊、江國さんの小説で、『ホリーガーデン』。

澤田:江國さんの小説でこういう言葉を使いたくはないんですけど、ギミックがあまりに刺さってしまったんです。途中で缶の話が出てきて、僕は勝手に「呪い缶」と呼んでるんですけど、主人公が自分の元彼や大切な人の写真とかを缶に詰め込んで、自分の手の届かないとこに保管してるんです。実は僕も同じようなことをやっていて。

江國さんの小説全般ですけど、どの登場人物もすごく強いんですよ。か弱く書かれることもあるんですけど、一本筋が通っていて、その一本筋を他人にも誇示するんです。「私はただ恋愛に狂ってるだけで、それ以外の部分は正常です」っていう見せ方をする。でもその人の未練の残し方が「缶に入れて手の届かないところに保存する」というすごく安易な方法で、そこに人間臭さがあるというか、それをやってしまう人間の甘さみたいなものがある。結局はみんな大きくは違わないんだなっていう、そのバランス感覚ですよね。本当に素敵だと思います。

ー続いては唯一の詩集で、尾形亀之助さんの『カステーラのような明るい夜』。

澤田:もともと江國さんの小説に引用されて出てきて、「なんだこの美しい一節は」と思って読んだんですけど、僕はやっぱり詩は絶対できない。自分の想像したものをぼやけさせて、何となくの情景を読者に与えなきゃいけないって、僕にはすごく難しいことなんです。詩みたいな歌詞を書ける人は、僕以上に歌詞のことを1回か2回分多く考えると思うんですよ。「これだと伝わりすぎる」みたいな。でも解像度を落としすぎるとただの綺麗な言葉になるので、そのバランスをうまくとってる人が好きです。

「カステーラのように明るい夜」という一節を読んで、夜空にカステーラを連想させられた時点でこっちの負け、「僕はもうあなたの世界に完全に取り込まれました」と思いました。言葉の力はこういうふうに使うと一番美しいんだなと学びましたね。

―ちなみに、『ハチミツとクローバー』や江國さんの作品と出会ったのはいつ頃ですか?

澤田:遅いんですよ。『ハチミツとクローバー』がたぶん20歳くらい。江國さんはもっと最近で、2020年とかだと思います。

―それまでは野球中心の、男の子的な世界にいて、その先でこれらの作品と出会ったと。

澤田:やっと自分が収まるべきところに出会ったという感覚ですね。あんまりインタビューで言ったことはないと思うんですけど、僕は25歳か26歳まで人生が始まってなかったというか……今となってはですけど、頭で考えることをあんまりしてなかったなと思って。いろんな人に出会い、いろんなことを考え、趣味嗜好が自分にフィットするものに寄っていったときに、初めて自分の輪郭みたいなものが見えた気がする。それまでは本当に真逆の文化にいたので、もう絶対あそこには戻らないって決めている自分もいたりします。

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