11月29日(金)より、染井為人によるベストセラー小説を映画化した『正体』が公開中だ。結論から申し上げれば、エンターテインメント性をストレートに押し出した、老若男女におすすめできる日本映画の決定版といえる出来栄えだった(ただし「殺害現場の流血の描写がみられる」という理由でPG12指定がされていることには注意)。
監督は『余命10年』『青春18×2 君へと続く道』などヒット作を続々と世に送りだす藤井道人。主演の横浜流星とは『青の帰り道』『ヴィレッジ』『パレード』でもタッグを組んでおり、この『本心』はもともと藤井監督が4年も前から「横浜流星主演で長編映画を作る」企画として立ち上げていたそうだ。
その念願が叶って、藤井監督は完成披露試写会で自ら「自分の中で集大成となった作品」と宣言した。その言葉通り、若くしてキャリアを積み上げてきた藤井監督と、作品によって様々な顔を見せてきた横浜流星という役者にとって、ひとつの到達点を迎えた作品となっていた。作品の魅力を示しつつ、その理由を解説しよう。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
主人公を疑いつつも気になっていく、人々の心の揺らぎ
本作のあらすじは「日本中を震撼させた殺人事件の容疑者として逮捕された青年(横浜流星)が脱走して逃亡犯となり、行く先々でその素性を隠しつつ、出会った誰かと交流を重ねていく」というシンプルなもの。そして、彼を疑いつつも信じようとする人々の関係と、それぞれの心の揺らぎが大きな見どころだ。
ブラックな建設会社で働く粗野だが憎めない青年(森本慎太郎)、孤独を抱えるメディア会社の社員(吉岡里帆)、挫折を経て介護士になった女性(山田杏奈)……と、性格や立場がさまざまなキャラクターたち。それぞれが主人公を(逃亡犯ではないかと)疑いつつも、人間として気になっていく(好きになる)過程は、実力派の俳優それぞれの熱演もあってグイグイと引き込まれる。主人公の逮捕にひたすら執念を燃やす刑事を演じた山田孝之も、彼らと対照的な(あるいは部分的に気持ちを同じくする)存在として印象に残る。
もちろん表向きには主人公は凶悪な殺人鬼であり、懸賞金も掛けられているので、現実的に考えれば取る選択は「通報」一択のはずだ。しかし、彼と出会ったそれぞれが往々にして「すぐにはそうできない」ほど、彼に思いを寄せていることが痛いほどに伝わる。その過程で、見る人それぞれが自分に似たキャラクターに自身を投影して、「自分ならどうするか」と考えることもできるだろう。
同時に、「主人公は本当に凶悪な殺人を犯したのか」「それとも冤罪なのか?」と、劇中で彼が出会う人々と同じく、観客もいい意味で疑心暗鬼になり、その真相を見届けたくなる面白さがある。