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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

『坂本龍一|音を視る 時を聴く』の見どころを紹介 音と時間の芸術を堪能できる空間

2024.12.26

#ART

坂本龍一×岩井俊雄『Music Plays Images X Images Play Music』(1996-97 / 2024)

日本を代表する音楽家である坂本龍一の、アーティストとしての側面に光を当てた展覧会『坂本龍一|音を視る 時を聴く』が、東京都現代美術館にて開催されている。これは2023年に世を去った氏にとって日本では初の大規模な展覧会である。これまで制作されてきた国内外のアーティストとのコラボレーション作品が一堂に会し、また本展のために制作された新作も公開される。

はじめに言ってしまうと、本展の会場で“戦場のメリークリスマス”やYMOの曲は聴けない。「坂本龍一のアート」と言われて、有名曲に絡めたイメージ映像とかインスタレーションかな? などと想像していたのだが、正直言って全然甘かった。そこにあるのは美しく作られた「音楽」ではなく、ストイックな「音」。そして全作品に通奏低音のように響いているのは、坂本龍一のテーマに対する確信と、献身だ。ではそのテーマとは何か。それこそが展覧会のタイトルずばり『音を視る 時を聴く』ことである。

展示は東京都現代美術館の1階 / 地下2階展示室+屋外。おそらく、鑑賞時間は人によって大幅にばらつく。「ふうん」と見てゆけば30分、がっつり摂取しようとすれば2時間以上浸っていることができるだろう。デートで訪れる際はちょっと気をつけたいところだが、何となく、この展覧会を同じペースで観て回れる人とは一生モノの付き合いができるような気がした。

以下、展覧会の見どころについて、いくつかの作品をピックアップしつつご紹介していこう。

東京都現代美術館エントランス

キャプションも読みながら鑑賞するのがおすすめ

まず鑑賞にあたっての個人的なおすすめは、各作品付近に掲示されている解説パネルをよく読むことである。作品空間に入る前に読んで、作品と対話したあとにもう1回読むくらいでいいと思う。作品の純度が高いだけに、大前提として「これは何がどういう文脈で提示されているのか」を理解しておかないと、必要以上に難解になってしまい勿体無い。とっくり解説文を読むのは素人っぽくて恥ずかしい? 否、より深く潜るために酸素ボンベを背負うのは当然のことである。

坂本龍一+高谷史郎『TIME TIME』(2024)

1階展示室で来場者を迎える『TIME TIME』は、坂本龍一+高谷史郎(ダムタイプ)による新作インスタレーションだ。坂本の音楽のもと、「水(自然)と人との関わり」や「時間の概念」などを象徴する映像が流れる。夏目漱石の『夢十夜』、能の『邯鄲』、荘子の『胡蝶の夢』などから着想を得て、時間の圧縮を提示したあとに、3つの画面をゆっくりゆっくり歩みわたる笙奏者が登場するのが格好いい。奏者は歩みを止めることはないようだが、どうも等速で動いているわけでもなさそうだ。彼女が手前の画面に来たところでシャッターを切ろうと構えていたら、画面と画面の間に消えて、なかなか出てこない……これは、待っているから長く感じるのだろうか……? 時間は個人的な意識のあり方によって、思いのほか、伸び縮みする。突然、そのことを強く意識した。

水滴を音に変換する

坂本龍一+高谷史郎『water state 1』(2013)

同じく坂本龍一+高谷史郎による『water state 1』も示唆的だ。一見すると何が何やら分からない対象だが、これは展示室中央の水盤に天井の装置から水滴を落下させ、その波紋の変化を音に変換しているものだ。水滴の落下は、本作が展示される関東地域の降水量データを元に制御されているらしい。長く留まっていれば、雨量の変化やそれに伴う照明の変化を実感できるだろう。

同・部分

水の波紋を眺めながら耳を澄ませば、それと全く同じタイミング、同じ速度で広がっていく音の輪を感じる。次第に、波紋が立っているのはこの水盤なのか、自分の体なのか境界があやふやになっていく。人体は60%が水だというし、音を受け止めるとき、私たちの身体は少なからずこんな風になっているのかもしれない。

被災地にあったのは「自然によって調律されたピアノ」

坂本龍一 with 高谷史郎『IS YOUR TIME』は、これが何なのか是非解説を読んでほしい。雪空の映像と水盤の間に佇むグランドピアノは、東日本大震災の津波で被災した宮城県農業高等学校のものである。

坂本龍一 with 高谷史郎『IS YOUR TIME』(2017 / 2024)

坂本はこれを、「自然によって調律されたピアノ」と捉えて作品化したという。楽器であることをやめて「モノ」に還ったピアノはじっと鑑賞者の視線に耐えているが、時折り音が鳴る。解説によると「世界各地の地震データによって音を発し、楽器としての機能と役目を失い、「モノ」に還ったピアノが、空と海の間(あわい)で地球の鳴動を奏で」ているそうだ。続くと思っていた静寂が破られた瞬間に若干驚く。

音を受け止めるには水分が必要

ドイツのカールステン・ニコライとのコラボレーションも面白い。同氏は「Alva Noto」名義でも知られるアーティストで、2000年代から坂本と複数のライブやアルバム制作を共にしている。本展で観られるのは、彼が冒険小説『海底二万里』にインスパイアされて執筆した脚本を、坂本の最後のアルバム『12』の楽曲とともに映像化した作品だ。2本の映像のうち『ENDO EXO』が特に心に残る。

カールステン・ニコライ『ENDO EXO』音楽:坂本龍一(2024)

坂本のピアノが鳴るなか、カメラが剥製や骨格標本の姿をゆっくりと追う。タイトルのENDO(内)、EXO(外)はギリシャ語由来の接頭語とのこと。この場合、外が剥製(表皮)、内が骨だと解釈できるだろう。動物の乾いた頭蓋骨を観ていて、最近買った骨伝導イヤホンのことを考えた。アレを使えばこの骨を震わすことはできるだろうけど、音を聴かせることはできない。骨や鼓膜をどれだけ震わせたって、内耳でリンパ液を波立たさなければ、音は音として認識されない。音を受け止めるには水分が必要なのだ。自ずと意識は「内」のさらに「内」、骨格に守られた水っぽい中身のほうへと向いていく。聴くという行為は、思ったより内側の、精神とか心のそばで起こっているのだろう。

坂本の実験的アルバム『async』に通じる巨大作品

坂本龍一+高谷史郎『async-immersion tokyo』(2024)

地下2階展示室に入ったところで再び、高谷史郎とのコラボレーション作品に触れたい。幅18mの巨大LEDウォールを使った『async-immersion tokyo』は、2017年の『Ryuichi Sakamoto|async 坂本龍一 | 設置音楽展』で発表された『async-drowning』と同じ系譜の作品だ。本展ゲストキュレーターの難波祐子はその体験について論考で「観客の多くは、展示室に入ると長時間その場にとどまり、一枚のアルバムを集中して聴くかのような体験をした」と記している。実際、この作品の前にはじっと見入っている人の姿が特に多かったように感じる。

坂本龍一+高谷史郎『async-immersion tokyo』(2024)

坂本の実験的アルバム『async』の楽曲のもと、高谷による映像が流れる。画面の風景は端から1ピクセルずつじわじわと線に還元されていき、まるでタペストリーの糸が解けていくようである。やがて全てが異次元空間のような横線の世界になってしまったあとは、逆にじわじわと新たな風景が固定されて「織り上がっていく」様を見守ることになる。どちらから見始めるかは展示室に入るタイミング次第だが、より刺激的なのは、なすすべなく「解けていく」ほうではないだろうか。画面前に設置されたベンチに腰を下ろしていると、左右どちらかから徐々に自分の足元へ融解のラインが迫ってくる。自分をこの時間に留めているものが無くなり、形を失くしてしまうんじゃないかという恐怖。ついにラインを超えた瞬間の、ふっと「解けた」感覚はぜひ体感してみてほしい。

坂本によるオペラ『LIFE』を再構築したインスタレーション

坂本龍一+高谷史郎『LIFE-fluid, invisible, inaudible…』(2007)

その隣の展示室に、本展の大きな見どころとなっているインスタレーション『LIFE–fluid, invisible, inaudible…』がある。空中に浮かぶ9つの水槽には霧が発生しており、その霧を通した映像が床に投影される仕組みだ。それぞれの映像と音はランダムに決定され、常に変化しつづけるという。本展には坂本龍一と高谷史郎のコラボレーション作品が5つ展示されているが、本作は彼らの協働の最初期に生み出された1作であり、そのあと繰り返し登場することになる「霧」が、すでに重要な役割を果たしている。

同・部分

足元に映る青空が霧によって予測不能にぼやけ、水滴の波紋で揺れる。空や樹々の映像が写っているタイミングだと、雨の庭を地面の反対側から見ているようでうっとりするほど美しい。その一方で、本作は元々坂本によるオペラ『LIFE』(1999年)を元に再構築されたものであり、オペラで使われた音や映像が霧越しに現れることもある。

同・部分

同作は「戦争と革命」「サイエンスとテクノロジー」などがテーマとして掲げられていたこともあり、そのときは会場全体が激しく、心ざわつくような空間に変貌する。床に投影される文字は、意味を追っているうちに霧にまかれて読めなくなってしまった。気になってあとで写真に写った言葉を翻訳してみたところ、人間の環境破壊によって絶滅した鳥類の名前が現れては消えていくワンシーンだったようだ。オペラ『LIFE』を鑑賞している人ならもっと深く理解ができたのだろうか……うらやましい。

霧の中で私たちは

タイトルにあるように、坂本+高谷作品において霧は「流動するもの(fluid)と、見えないもの(invisible)、聴こえないもの(inaudible)」を顕現させる触媒の役割を果たす。屋外にて展示される『《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662』は、「霧の彫刻家」として知られる中谷芙二子とのスペシャルコラボレーションにより、美術館のサンクンガーデンを霧と音、そして高谷史郎による光で満たす作品だ。展覧会開催中は基本的に30分おきに「開演」し、鑑賞者はそのシンフォニーを楽しむことができる。

田中泯 場踊りat 坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎『《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662』(2024)Photo:平間至

メディア向け内覧会の際には特別に舞踊家・田中泯による場踊りが披露された。霧を吸い、自身もなかば霧と一体になりながら、音を全身で受け止めるダンサーの姿は印象的だった。

わかりやすさよりも、作品自体の純度の高さを重視した展覧会

会場中で唯一明るい一室は、「坂本龍一アーカイブ」だ。坂本作品の根幹にある思想や哲学、時代背景などを知ることができる貴重なコーナーである。注目はガラスケース内にある坂本の手書きのメモで、思考の断片を短い言葉で綴った「アイデア帳」とも心の叫びとも取れる紙片(詩篇?)となっている。

坂本龍一アーカイブ(監修:松井茂)

書架に展示された先述のオペラ『LIFE』の関連資料も非常に見応えがあり、中でも関係者向けに作成されたと思われる、初日8ヶ月前時点の会議メモが面白い。「筋がわかりにくい場合は、ナレーターによる簡潔な説明を挟み、また、ブックレットなどによって補足する」と、この時点で大衆への伝わりやすさよりも作品自体の純度の高さを取ると宣言されているのである。メモはこう続く。「重要なのは、音とイメージによる総合的表現から言葉にならぬヴィジョンを感じ取らせることである」。まさに、この展覧会にも同じ意識が満ちていると感じた。

坂本が愛用していたピアノを展示

坂本龍一×岩井俊雄『Music Plays Images X Images Play Music』(1996-97 / 2024)

展覧会の最後を飾るのは、『Music Plays Images X Images Play Music』のアーカイブ特別展示である。元となっているのは、世界的メディアアートの祭典『アルスエレクトロニカ』(1997年)で披露され、インタラクティブアート部門でグランプリを受賞した坂本龍一(音楽)×岩井俊雄(映像)によるコラボレーションパフォーマンスだ。本展では、当時の坂本の演奏を記録したMIDIデータと、さらに演奏中の姿を撮影した映像を組み合わせることで、まるで坂本龍一が目の前で演奏をしているかのようなエモーショナルな再現空間を作り出している。展示されているピアノも、実際に坂本の愛用していたMIDIピアノだそうだ。

坂本龍一×岩井俊雄『Music Plays Images X Images Play Music』(1996-97/2024)

坂本の演奏したデータが瞬時に映像に変換され、スクリーンに光の筋となって反映される。単音から和音へとメロディが盛り上がっていくにつれて、無数の光の筋が長く伸び上がって、そのままこちらに向かって降り注いできそうだ。そこでハッと頭に浮かぶのは、展示序盤で見た雨の降る水盤のイメージである。身体の中に音の雨が降る。それが無数の波紋を作り、染みわたる。もしかしたらその時間のことを「聴く」というのかもしれない、と思った。最後の最後での、見事な伏線回収を感じる瞬間だった。

無口で熱いこの展覧会から、何を受け取るか

展示室エントランス

坂本龍一による日本では初の大規模な展覧会『坂本龍一|音を視る 時を聴く』は、東京都現代美術館にて2025年3月30日(日)まで開催される。音との新たな出会い方を体感し、時間を曲げたり伸ばしたりする不思議な感動のある展覧会だ。空気の冴えわたるこの寒い季節、自身の感覚を研ぎ澄まして「音」と向き合ってみてはいかがだろうか。

『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』

会期:2024年12月21日(土)– 2025年3月30日(日)
開館時間 10:00-18:00(展示室入場は閉館の 30 分前まで)
休館日:月曜日(1月13日、2月24日は開館)、12月28日–1月1日、1月14日、2月25日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ほか(東京都江東区三好 4-1-1)
観覧料:一般 2,400 円/大学生・専門学校生・65 歳以上 1,700 円/中高生 960 円
小学生以下無料
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日
協賛:カカクコム、デジタルガレージ、東邦レオ、NISSHA、ニューバランスジャパン、山田養蜂場
特別協力:KAB Inc.、KAB America Inc.、ダムタイプオフィス、エイベックス・エンタテインメント、ケィ・ガレージ、タケナカ、東邦レオ、ホットスタッフ・プロモーション、ユニクロ

協力:J-WAVE
助成:文化庁・令和6年度我が国アートのグローバル展開推進事業
機材特別協力:イースタンサウンドファクトリー
技術協力:ヘキサゴンジャパン
機材協力:アートウィズ、カラーキネティクス・ジャパン、ブリックス
ゲストキュレーター 難波祐子
お問合せ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会ウェブサイト https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/RS/

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