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リアノン・ギデンズとは誰か ビヨンセ受賞作で注目のバンジョー奏者の足跡を振り返る

2025.2.25

#MUSIC

「音楽は多文化の混淆だ」という信念

このように、ギデンズの作品群の根底には、黒人女性が置かれてきた歴史や文化を問い直すという命題がある。しかし彼女は、決してアメリカ音楽のルーツが、アフリカの黒人やアフリカ系アメリカ人だけのものであると強調しない。むしろ彼女は、ブラックミュージックと括られてしまう音楽が持つ多様なルーツや、それ以外の音楽も多文化をルーツにしていることを伝えようとしている。音楽はアイデアを広める媒介であり、人と人とを繋げるものであり、同じ体験を共有するものであることを祝おうとしている。だからこそ、ギデンズの作品は、日本のリスナーにとっても、自分ごととして捉えにくい背景から創作されているにも関わらず、どこか親しみやすく、美しく響くのだろう。あるいは、彼女の歌声に含まれる悲しみ、喜び、悔しさが、言葉を超えて伝わるのだろう。

音楽はさまざまな文化の混淆だという彼女の信念が色濃く現れているのが、トゥリッシとの共作第1弾『There Is No Other』(2019年)だ。ジョー・ヘンリー (Joe Henry)をプロデューサーに迎え、オペラ、アパラチアのブルーグラス、ゴスペル、イタリアの伝統音楽などのスタイルが混在した音楽を収録している。アルバムのタイトルの「Other」は、自分たちとは異なる他者を指している。つまり、ある音楽を演奏する、愛好するにあたって、その音楽を所有できない「他者」は存在しない、というわけだ。白人の音楽と言われてきたカントリーやその前身のストリングバンドミュージック、都市部(アーバン)と結びつけられてきたブラックミュージックのどちらにおいても、ある意味他者化されてきた、カントリーサイド出身の黒人女性であるギデンズらしいタイトルだ。このアルバムは、「他者」を作り出すという「他者化」を非難する作品である、とギデンズは明言する(※)。

“There Is No Other,” Rhiannon Giddens Official Website 
ギデンズは「The New Yorker」のインタビューで、自分の音楽は白人リスナーをターゲットとして売り込まれており、黒人をターゲットとするメディアではあまり紹介されないと語っている。実際、ハーレムのアポロシアターは、Our Native Daughtersのコンサートの開催を見送ったそうだ。ギデンズは自分自身が十分に黒人ではないと感じる時があると言う。
John Jeremiah Sullivan, “Rhiannon Giddens And What Folk Music Means,” The New Yorker

トゥリッシとの2作目となるアルバム『They’re Calling Me Home』(2021年)でも、ギデンズの同様の信念を聴くことができる。コロナ禍に作られたこのアルバムでは、全人類が共通して、死の危険と家庭の大切さを日常的に感じざるを得ないことをテーマに、女性ブルーグラス奏者の先駆者でもあるアリス・ジェラード(Alice Gerrard)作のタイトル曲、トラディショナルなアメリカ民謡、イタリアの子守唄、16世紀から17世紀に活躍したイタリアの作曲家クラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi)の“かくも甘い苦悩が(Si Dolce è’l Tormento)”など様々な曲が録音されている。ミンストレルバンジョー、フレームドラム、アコーディオンを中心に、ヴィオラやチェロバンジョー、ピアノ、ギター、バグパイプ、フルートなどの楽器を用い、ギデンズとトゥリッシにしか作り出せない音楽が展開される。

2023年にリリースされたソロアルバム『You’re The One』は、ギデンズの作品の中でも最も聴きやすいポップな仕上がりだが、ここにも彼女の多文化への信念が貫かれている。例えば、ロック、カントリー、アメリカーナとジャンルを跨いで活躍するジェイソン・イズベル(Jason Isbell)とのデュエット曲“Yet To Be”は、奴隷制時代の南部のプランテーションから逃げ出した黒人女性と大西洋を渡って来たアイリッシュの白人男性とのアメリカでの出会いをカジュアルに歌ったラブソングだ。2人は、女性は掃除婦、男性はバーテンダーとして働いていたバーで知り合う。どちらも労働者階級だ。歌詞では、彼女たちの出会いが「人間らしい心がぶつかり合う、素晴らしい出来事だった(it was a divine collision of human hearts)」と表現される。やがて2人の間に生まれた子供が、「アメリカに生きる家族」という新たな門出を3人にもたらす。労働者階級の異人種の恋愛を描いたラブソングは少ない。子供を産んで一緒に育てるストーリーが描かれることはさらに稀だ。ギデンズはこの曲を通じて、アメリカの多文化社会は、様々な地域からの移民だけではなく、様々な階層での様々な人種の出会いによって、複雑につくられていることを示唆しているようだ。

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