独創的で派手なドレスと、大仰なメイクを纏った男性=クイーンがスポットライトを浴びる。そんなドラァグカルチャーが、今ますます注目を集めている。
元々クィアたちが自己の解放として地下で始めたこの文化を、アートフォームとしてショービジネスまで押し上げたのが、ドラァグのゴッドマザー、ル・ポールという存在だ。2009年にアメリカで放送開始した『ル・ポールのドラァグレース』は、無名のドラァグクイーンが、歌やダンス、衣装制作、演技など様々な課題に取り組みながら、次世代のドラァグスーパースターを目指すオーディション番組。これまで合計11回エミー賞を受賞している。
日本ではNetflixで配信され、クイーンたちの魅力的な人間性、クィアとして生きる苦悩や、それを乗り越えてきたパワーが多くの人の共感を呼び、宇多田ヒカルなどの著名人も番組のファンを公言している。
そして、ドラァグカルチャーの波はここ、東京へ。2023年からは、日本で初めての大規模ドラァグショー『OPULENCE』が開催されている。同イベントでは、先述の『ル・ポールのドラァグレース』優勝者など、世界を股にかけるクイーンの来日や、東京のドラァグシーンで活躍するクイーンたちが一挙に集い、文字通り「オピュランス」な夜を提供する。
今回、5回目の開催となる『OPULENCE』当日の舞台裏やクイーンたちに迫ることができた。クイーンたちのファビュラスで勇気が出る言葉とともに、『OPULENCE』の夜を辿る。
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日本初の大規模ドラァグショー『OPULENCE』
10月25日(金)。ネオンの存在感が徐々に強まる夕刻、東京・新宿の歌舞伎町タワーの前は、国際色豊かな老若男女が集まっている。お目当てはこれから始まるドラァグショー『OPULENCE』だ。
2023年1月7日に東京・お台場のZepp DiverCityで始まった日本初の大規模ドラァグショー『OPULENCE』。第2回以降は東京・新宿の歌舞伎町タワーの地下にあるZepp Shinjukuに拠点を移し、今回で5回目の開催を迎え、初の大阪開催も決定するなどますます規模が拡大している。
第5回に来日したのは、ジェイダ・エッセンス・ホール、ニンフィア・ウィンド、プレシャス・ポーラ・ニコルという3人のクイーン。それぞれがワールドクラスのクイーンだが、とくにニンフィアは2024年に『ル・ポールのドラァグレース』で東アジア系初の優勝を果たした新星であり、今世界が注目するクイーンだ。
本番前には、プレミアチケットを買った観客を対象にした、来日クイーン3人のミートアンドグリートが行われた。関係者通路に「Queens coming through(クイーンたちのお通りよ)」という声が響く。デスクチェアに乗ったクイーンたちが、外で待つファンたちの元へ運ばれていく。椅子のキャスターがプレシャスの長いドレスの裾を噛みそうになっていた。ジェイダは手を振ってくれて、ニンフィアは、少し緊張しているようだった。
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「ドラァグはインスピレーションと希望を与えること」(ニンフィア)
東京に来るおよそ48時間前、ニンフィアにメールで軽いインタビューをすることができた。
ニンフィアはドラァグを「創造すること、自分の好きなことを追求すること、芸術的表現を通じて変化の柱となること、そして観客が自分自身に誇りを持てるようなインスピレーションを与える希望」と語った。「私はいつも、舞台でのパフォーマンスを通じて、自分の歴史やクィアネスを誇りを持って披露します」。
ニンフィアは中学生あたりで少女時代のコスプレを始め、徐々にドラァグカルチャーに魅せられていった。「自分が人生で何をしたいのかはわかりませんでしたが、美しい服を作ることに情熱があるのはわかっていました。ドラァグはファッションだけでなく、メイクやヘアなどを通して自分自身を表現するのに完璧なアートの形式だったんです」。
ニンフィアのドラァグを語る上で、「台湾」というキーワードは外せない。『ルポール』の優勝を決めた最後のリップシンクバトルで、ニンフィアが選んだ衣装はタピオカをモチーフにしたものだった。「タピオカティーは台湾の国民的ドリンクです、フィナーレでは台湾を強く感じさせる表現をしたいと思いました」。
「人は祖国との絆を断ち切ることはできません。台湾は私の心の一部として常に自分の中にあります」。優勝したステージ上で、ニンフィアは「台湾、この優勝はあなたへ」と呼びかけた。優勝後には祖国・台湾の総統府にて前台湾総統・蔡英文の前でパフォーマンスをすることになる。ニンフィアは、このパフォーマンスが人生で一番思い出に残っていると教えてくれた。
台湾といえば、東アジアで初めて同性婚を合法化した、クィアにとっての楽園だ。ニンフィアは「台湾の出身であることをとても誇りに感じています。台湾はすべてのジェンダーや性的マイノリティの平等性を改善することにおいて、地域をリードしています」と話す。
さらに、アジアの中でジェンダーマイノリティーの課題に遅れをとる日本に対し「自分自身でいることを恐れず、決して引き下がらないでください。それは難しいことですが、でも、コミュニティとして団結すれば変化を起こし続けることができます」とメッセージをくれた。
やりとりの間、ニンフィアは、台湾からニューヨーク、それからオーストラリアへ、まさに風のように世界を飛び回って、各地でショーを行っていたという。
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約1500人が見届けた、ドラァグの祭典、魔法の夜
そして、『OPULENCE』定刻の19時。会場にマドンナの”Like a prayer”が流れ、まずステージに登場したのは、東京のクイーンたちとダンサーたち。国籍もボディサイズもジェンダーもバラバラでありながら、それが大きなひとつのカオスとなって、会場を一気にフックする。
この日のMCはCODY。アヴリル・ラヴィーンの”Girlfriend”に乗せてジョークを飛ばした後、来日クイーン3名それぞれのソロパフォーマンスが始まる。
スタンディング席にひっそりと潜んでいたプレシャスにスポットライトが当たると、存在に気付いた観客たちの大きな歓声が上がった。”If I Were a Boy”から始まるビヨンセのメドレーのリップシンクは大いに盛り上がり、衣装の随所にある金色が、スポットライトの光を反射して、ゴージャスに輝いていた。
ニンフィアは真っ白なドレスで登場。ビヨンセの”halo”のリップシンクは神々しさすら感じた。その後、白いドレスを脱ぎ捨てるとトレードカラーの黄色いファビュラスな衣装が。長いファーを激しく揺らしながらのDoja Cat”DEMON”のパフォーマンスには圧倒的な力強さがあった。
最後に、日本にもファンが多いジェイダが登場すると、会場からはたくさんの「ジェイダコール」が巻き起こった。ジェイダは「聞こえているよ」というアピールをしていた。黒い露出の多いレザー調のドレスとサイケデリックな映像のコントラストが美しい。Doechiiの”Alter Ego”に合わせたパフォーマンスは、曲のリリックと同じくらいセクシーで挑発的だった。
東京ローカルのクイーンも圧巻だった。セラ・トニンは祝祭的な衣装で登場、神秘的なパフォーマンスを披露した。ヴェラ・ストロンジュはこの日のキーカラーを白に設定して、大きな布と持ち前のダンススキルが印象的なステージングを披露した。