INDEX
今は、言葉の持っている音の要素に注目している
―平田オリザさんからの影響はどんなものだったのでしょうか。
額田:オリザさんの本は藝大の図書館でほとんど全部読みました。すごく影響を受けて、卒業制作の『それからの街』は完全にオリザさんの本に書かれた戯曲のつくりかたを参考に書きましたね。
―どこに影響を受けましたか?
額田:オリザさんの演出って、台詞を言うタイミングを「0.5秒早く」とか「0.1秒遅く」とか、細かく指示するじゃないですか。それって音楽とほぼ一緒だと個人的に思っているんですよ。ピアノでもそうですけど、例えば、ちょっと悲しい曲を弾く時に、弾いている本人が悲しいかどうかよりも、タッチの強さとか、次の手にどれくらいの間合いで行くのかといったことで情緒が出てくると思っていて。
―オリザさんはわざと挑発的に言ったと思うんですけど、「俳優に内面は要らない」「俳優は演出家の駒である」といった発言を残しています。それと額田さんの「音の配列だけで人を感動させられないか」というヌトミック立ち上げの頃のコンセプトは、一脈通じていると思いませんか?
“音楽的な演出”による演劇を上演するために、この度、“ヌトミック”を結成しました!
“ヌ”は、私、ぬかたの“ヌ”です。それ以外の“トミック”は、音楽における“リトミック”から拝借しました。
“リトミック”とは、ただ演奏するだけでも曲を作るだけでもなく、ある人は音楽的センスを高めるために、ある人は音楽から得られる喜びを味わうために、またある人は音楽を通してコミュニケーションを楽しむために・・
そんな様々な目的のために集まり、学び、交流する音楽教育の方法です。
19世紀頃に誕生した音楽の考え方が、21世紀の演劇の姿にまるっと置き換えられる気がしてならず、この度、ヌトミック、と名付けました。
額田大志 ヌトミックWORKSHOP&AUDITION告知フライヤー裏面より
額田:確かに昔は音の配列で……っていうコンセプトはあったんですけど、最近は音より言葉なのかなと思っています。ここまで音を突き詰めてきたら、今度は言葉の持っている音以外の要素に注目するようになってきた。どんどん音にこだわっていくうちに、言葉自体に意味がなくなってしまうのがもったいないと思うようになったというか。じゃあその先になにがあるの? とも思ってしまう。セリフに意味がなくなった先のことは(サミュエル・)ベケットとかが既に実験してきたことでもあるし。今は言葉の意味とか語順とか、台詞のつくりかたによって、舞台上の景色を変化させていく、全然違うところに行けないかっていうタームにきている気がします。

―言葉への興味が、演劇というフォーマットを選んだ理由に繋がるのでしょうか。
額田:最近、言語表現がすごく好きだということに立ち戻りまして。昔は助詞だけの台詞で演劇を作ることもやっていたんですけど、その時、劇団員に「こういうことやるのって、めちゃめちゃ言語に関心あるだからだよね?」みたいなことを言われて。僕は言葉を切り刻んで台詞にしてしまうようなタイプだから、自分としては意外だったんですけど、でも確かに元々、フランツ・カフカとか、ヴァージニア・ウルフとか、昔の実験的な文学作品が好きだったので、そうかもしれないなと思いました。
今ってSNSで言葉自体はたくさんやり取りされているけれど、言葉の持つ表現の奥行きとか、言語表現にしっかり向き合って触れる機会はなかなかない時代だから、そういうものをゆっくり受け取ってもらえる作品にしたいなと思って。僕の最近の作品は台詞の量も多いし、どんどん話が変わっていくことが多いんですけど、演劇って、言ったことが「ある」ことになるじゃないですか。そういった言葉の持つ力とかイメージの拡張によって流れていく時間の儚さを真正面から受け取ってもらう作品にしたい。自分自身がそういう作品に影響を受けてきたのが理由としては大きいと思います。