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『旧約聖書』に登場する「憐れみ」という言葉から作品を考察
さて、ランティモスは俳優たちにさえ、作品のテーマや設定については特に説明をせず、解釈も本人たちに任せているという。あまたのインタビューでも、テーマについてはゆるりと口を閉ざし、周辺のどうとでも取れるエピソードなどを披露し、お茶を濁す。そもそも彼の映画は、登場人物を取り巻く設定や、生活空間の書き込みは膨大ながら、登場人物の感情表現は抑制的で、だからこそ見る側の属性や、年齢、ジェンダーなどで数万の解釈が生まれ落ち、ランティモスはSNSで観客の自由な解釈を拾って読むのを楽しみにしているという。
ならば、日本の配給会社があえてタイトルにつけた「憐れみ」という言葉から拡大解釈をしてみたい。
憐れみという言葉は、『旧約聖書』においては何度も出てくる言葉であり、それは神の教えに欠かせぬものである。特に、エジプトで400年にわたって奴隷とされていたヘブライ人(イスラエル民族)をモーセが地中海のカナンまで脱出させる過程での出来事を綴った「出エジプト記」には、神に選ばれし者と選ばれない者を分かつものとして、「憐れみ」が記される。
神によってイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から導き出し、約束の地への歩みの先頭に立っているモーセに対し、神は「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、慈しもうと思う者を慈しむ」と述べる。これは、モーセが神との契約に基づく掟である十戒を授けられるためにシナイ山に登っている間に、麓にいたイスラエルの民が、金の子牛を造って目に見える偶像を求め、祭りをし、拝んだこと(※)に対して出てきた言葉で、人が過ちを犯したとしても、自由な恵みと憐れみによって愛することを選ぶ、と解釈できる。
※当時、イスラエルの民にとって神以外を偶像崇拝することは神との契約に反する重大な罪だった。
翻って、今作の主従関係の上に立つ者には、従う者に対して憐れみはあるのか。私たちが日々、直面する権威勾配の関係性の中にも憐れみと愛はあるのか。ランティモスの登場人物は自らを縛る主従関係を意識した瞬間、まるで厄落としのように奇妙な踊りを始めるが、ラスト近く、エマ・ストーンが見せるこの踊りに憐れみを受ける資格はあるのか。今作はシュールな寓話に見えて、笑っているうちに根源的な問いかけをのど元に突きつけるのだ。
映画『憐れみの3章』(原題:KINDS OF KINDNESS)
【日本公開】9月27日(金)
【監督】ヨルゴス・ランティモス 『哀れなるものたち』『女王陛下のお気に入り』『ロブスター』
【脚本】ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリップ
【出演】エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、 ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファー
【配給】ウォルト・ディズニー・ジャパン
【コピーライト】©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
【ストーリー】
自分の人生を取り戻そうと格闘する、選択肢を奪われた男、海難事故で失踪した妻が、帰還後別人になっていた夫、卓越した宗教指導者になるべく運命付けられた特別な人物を懸命に探す女……という3つの奇想天外な物語。
■公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movies/kindsofkindness
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