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アメリカの様々な階級、浮かび上がる主従関係
唯一、3章ともに同じ名前、同じ人物として登場するのがヨルゴス・ステファナコス(Yorgos Stefanakos)演じるR.M.F.という中年男性で、彼は第1章「R.M.F.の死」、第2章「R.M.F.は飛ぶ」、第3章「R.M.F.サンドウィッチを食べる」と、各章のタイトルに掲げられるメインキャラクターとなっている。ヨルゴスの本業は役者ではなく、普段はギリシャで行政書士として働く人物で、劇中の出番は少なく、セリフもない。
例えば第1章では、上司レイモンド(ウィレム・デフォー)から、何もかも指示を受けることで豊かな暮らしを得ているロバート(ジェシー・プレモンス)が「車で、死に至るほどの衝撃で衝突するべき相手」として指定されるのがR.M.F.である。それまで、どんな理不尽なこともすべて受け入れてきたロバートがさすがに良心の呵責を得て、その指示にやんわりとした拒絶を表したところ、即座に所有するすべてのものを失ってしまう。
第2章では、海洋調査中に行方不明となった学者、リズ(エマ・ストーン)をヘリコプターで助けに行く男性がR.M.F.であり、文字通りリズの命の恩人になるのだが、リズの夫で、警察官のダニエル(ジェシー・プレモンズ)は妻が以前とは違う人物ではないかと疑惑を深め、ある日、とんでもない要求を妻に突きつける。
そして第3章のR.M.F.は、カルト教団の教祖オミ(ウィレム・デフォー)から、死者を蘇らせる力を持つ女性探しを命じられたエミリー(エマ・ストーン)とアンドリュー(ジェシー・プレモンズ)の前に、死体安置所に収められた死体として登場する。
このようにR.M.F.は、本人の知らないうちに、ほかの登場人物の人生を大きく変えてしまうフックとして機能する。ランティモスの映画には、強制的な主従関係を主題とした作品が多く、人のコントロール、マニピュレート(遠隔操作)、支配の受容というテーマが常に入り込む。今作では特に、第1章のロバートや、第3章のエミリーのような、自身の出自では一生かかっても手に入れられないであろう上級階級の豊かさを、ボスの指令に従うことで代替として得る人物の悲哀が強調される。
各章短い時間ながら、アメリカの階級の様々な様相が描かれることで、身の丈以上のエッセンスを得ようとする人の懸命さが、ある人にとっては醜く映るかもしれないし、多くの人にとっては自分自身にもある富への執着を思い起こさせるかもしれない。
エマ・ストーンにフォーカスしてみると『女王陛下のお気に入り』と『哀れなるものたち』にあった、どんなに非業な状況でも自分自身で選択する女性像からはかけ離れており、むしろ、わが身を削って、理不尽な要求をするりと受容する、受け身の女性像を演じ、見る側にざわざわとした不快感を残す。なんという共犯関係か。