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井上先斗『イッツ・ダ・ボム』書評 グラフィティ文化に対する格好のゲートウェイ小説

2024.10.21

#BOOK

魅力2:グラフィティライターの心情を豊かに表現

そして、本書を特別なものにしているのは、なんと言ってもその匿名性の高さから公の場で考えを語ることが稀なグラフィティライター自身の視点に立ち、これまでほとんど言語化されてこなかった心情を詩的に書いた後半部分にあるだろう。

職場のホームセンターからの帰宅時に、バックパックに入れてあるスプレー缶の中で転がる球の音が聞こえるかどうかをボムりに行く判断基準にするTEEL(テール)。呼吸するように「ただ書きたいから書いている」ことをもう十数年近く繰り返してきた、まさにグラフィティライターかくあるべきといった人物像、それがTEEL(テール)だ。

すでにスポットになっているところに自身のスローアップを重ねることはしなかった。書いても良いとお墨付きをもらっているところにボムをして何の意味があるのだ。かといって、グラフィティが今現在ないところであればどこでもいいというわけでもない。感性とタイミングが噛み合う、世界の空隙のような場所が確かにあって、それを見つけた瞬間に腕が勝手に走る。

井上先斗『イッツ・ダ・ボム』

また、実際にグラフィティを書いている様子を目の当たりにすると、身体性を強く要求されることに驚かされるのだが、それが見事な筆力によって臨場感を持って伝わってくるところも本書の読みどころだ。

TEELは案内板に向けてスプレーを噴射した。腕の振りは小さかったが、範囲は広い。不恰好なタグも、元々書かれていた地図や文字も塗りつぶす、たんこぶのように膨れたTから始まるTEELのスローアップが瞬く間に出来上がった。

井上先斗『イッツ・ダ・ボム』

元々、深夜でも車が絶えることはない通りだ。朝が近づいてきて、ますます車の通りが激しくなっている。TEELは深呼吸しながら、拍をとった。今、というタイミングで発進した。この車線からも、反対車線からも、車の振動がボードの車輪の回転までも消してしまいそうな勢いで響いてくる。波乗りでもする気分だった。気がつけば柱が射程距離にある。Tと書きつけて、横へ滑る。次の柱にE、更に次へE、最後、見事にLと書いたところで方向転換し、また車道を横断した。歩道の縁にスケートボードが引っ掛かって座礁する形になる。不恰好ながら受け身を取った後、掌に砂利が食い込むのを感じながら体を回し、戦果を見渡した。どうだ、と思った。

井上先斗『イッツ・ダ・ボム』

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