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21世紀のコーネリアスとアンビエント。人生も半ばを過ぎて語る、YMOの3人に思うこと

2024.6.28

#MUSIC

近年のCorneliusのアンビエント的楽曲を収めた作品集『Ethereal Essence』。そのリリースのアナウンスに触れた際、意外な驚きがあった。

アンビエントポップを意識したアルバム『夢中夢 -Dream In Dream』(2023年)や、『AMBIENT KYOTO 2023』への参加、あるいは近年のアンビエントリバイバルの背景を考えれば自然な成り行きとも思えるけれど、Corneliusはアンビエントに対して慎重な距離感を保っていたようにも感じていた。

本稿では、Cornelius=小山田圭吾がどのようにアンビエントミュージックに親しみ、その音楽性に取り込んできたかについて話を訊いている。そしてそれは同時に、ミニマルミュージックを通過した独自のサウンドデザインの美学を紐解くことにもつながっている。インタビューは旧知の間柄で、『STUDIO VOICE』の元編集長・松村正人を聞き手に迎えて実施。共通の友人である中原昌也の話をひとしきりし終えたところで、取材は和やかにはじまった。

Cornelius(コーネリアス)
1969年東京都生まれ。1989年、フリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後、1993年、Corneliusとして活動開始。2023年6月、7thオリジナルアルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』を発表。同年10月より開催された『AMBIENT KYOTO 2023』に参加し、カセット作品『Selected Ambient Works 00-23』をリリースした。2024年に活動30周年を迎え、6月26日に近年発表してきたアンビエント色の強い作品を中心に再構築した作品集『Ethereal Essence』を発表。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広く活動中。
Cornelius『Ethereal Essence』収録曲

これまでCorneliusは、どのようにアンビエントを意識してきたのか?

―Corneliusとしてアンビエント的な楽曲を制作するようになったきっかけを振り返ると、どういったところだったのでしょうか。

小山田:企業CMだったり、商業施設の音楽、『デザインあ』みたいなテレビ関連の音楽、ウェブ系の広告とかでアンビエント的な曲を作ることが多かったんですよね。そういう機会では映像とか、視覚情報があるので音楽でそこまで説明する必要がないし、本当に背景の音楽として作っていました。

―『AMBIENT KYOTO 2023』で販売された小山田さんのカセット作品『Selected Ambient Works 00-23』に入っているのは『POINT』(2001年)以降の楽曲ですが、『POINT』以前 / 以降といった意識はご自分のなかでも明確にありますか?

小山田:そうですね。『POINT』以降は基本のスタイルをその時々で変えていく、みたいな感じになりました。

Cornelius『Selected Ambient Works 00-23』収録曲。オリジナルアルバムとしては『POINT』に収録

―そこから少しずつ変遷していきますよね。『POINT』と『SENSUOUS』(2006年)も違うし、『Mellow Waves』(2017年)も全然違う。その変化というのは、その都度作っているときの気持ちの変化ということですよね。

小山田:時代だったり、自分の状況だったり。

―そのなかでアンビエント的な響き、ミニマルな感覚というのは、パラメータとしてどれくらい意識されてきたのでしょうか?

小山田:常にうっすら入っている感じはありますね。

―アンビエントミュージックにおけるCorneliusのあり方として、何か意識されることはありますか?

小山田:何ですかね……「静閑」とか、あとは音の響き、サウンドのテクスチャーが重要というか。アンビエントって旋律やリズムよりも、テクスチャーが前に出てくる音楽だという気はします。今回、自分のアンビエント的な楽曲をまとめたとはいえ、元がポップスの人間なので、どうしてもポップス的な構造になってるなと作ってみて感じますけどね。

―そんなに「アンビエントミュージックを作っている」という自己認識はあまりない?

小山田:純粋なアンビエントミュージックではないとは思いますね。

Cornelius『Ethereal Essence』を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

小山田圭吾と環境音楽、アンビエントハウス、ニューエイジリバイバル

―これまではアンビエントをどういうものだと認識していました?

小山田:まずはブライアン・イーノですよね。

―『Ambient 1: Music for Airports』(1978年)、原点ですね。最初に耳にされたのはいつですか。

小山田:イーノの『Ambient 1: Music for Airports』を聴いたのは20代半ばぐらいだったんですけど。

―今回の『Ethereal Essence』では、いわゆる「環境音楽」を意識されたんですか?

小山田:吉村弘さんは『Kankyō Ongaku』で知って聴いていました。

ブライアン・イーノ『Ambient 1: Music for Airports』収録曲

『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』(2019年)に収録された吉村弘の楽曲、オリジナルアルバムとしては吉村弘『Music for Nine Post Cards』(1982年)に収録

―『Kankyō Ongaku』は、タイトルこそ日本語ですが、選曲のセンスには海外の視点を感じますよね。

小山田:かもしれないですね。中高校生ぐらいのときにPenguin Cafe Orchestraとかは聴いてて、その当時から「環境音楽」って言われてましたよね?

ー言われていました、はい(※)

小山田:それこそセゾングループのイメージとか、あとは無印良品の細野(晴臣)さんの『花に水』もそう。1980年代ってエリック・サティとかちょっと流行ってたし、あと六本木WAVEの1階のワールドとアンビエントみたいなコーナーがあったり、そういうイメージですね。

※1986年に出版された『波の記譜法 環境音楽とはなにか』(時事通信社)のなかで、編著者のひとりの田中直子は、環境音楽という言葉が1960年代後半から音楽心理学の領域で使われはじめていたことを指摘している(P.336参照)。『Kankyō Ongaku』でも取り上げられた音楽家、芦川聡は自らが提唱した「波の記譜法」をエリック・サティの「家具の音楽」、ブライアン・イーノの「アンビエントシリーズ」の延長上にあるとし、そのコンセプトを「私がしようとしていること全体は、大きな意味での「音のデザイン」といえる。「音のデザイン」とは、人間と音・音楽の関係を重視した環境をつくることだ」(P.24より引用)と説明している

無印良品店内BGMとして制作され、カセットブックとして発表された細野晴臣『花に水』(1984年)収録曲。2020年にはVampire Weekendの楽曲でサンプリングされ、話題となった

―その当時はミニマルミュージックも聴いていました?

小山田:いや、聴いてなかったです。だけど当時のニューウェーブでも「Les Disques Du Crépuscule」とか、ちょっとミニマルミュージックに近いものが入ってたし、そういうものは聴いてました。「Obscure Records」(※)の流れでマイケル・ナイマンとか、あとはウィム・メルテンとか。The Durutti Columnとかも当時はアンビエントとは言わなかったけど、いまだったら近い雰囲気も全然感じる。

※ブライアン・イーノが主宰したレーベル。ブライアン・イーノ『Discreet Music』(1975年)、デヴィッド・トゥープ、マックス・イーストリー『New and Rediscovered Musical Instruments』(1975年)をはじめ、ギャヴィン・ブライアーズ、マイケル・ナイマン、Penguin Cafe Orchestra、ハロルド・バッドらの作品をリリースした

ベルギーの音楽レーベル「Les Disques Du Crépuscule」が手がけたコンピレーションアルバム『From Brussels With Love』(1980年)に収録されたThe Durutti Columnの楽曲。なお、『波の記譜法 環境音楽とはなにか』でもThe Durutti Columnおよび「Les Disques Du Crépuscule」のリリースは環境音楽の潮流のひとつとして指摘されている

―そのような聴取体験が小山田さんのアンビエント観を培ったんですね。

小山田:中高生のときは、リアルタイムか少し前ぐらいのニューウェーブとかパンクが好きだったんですけど、Cocteau Twinsがハロルド・バッドと一緒にやったものを聴いたり、そのときにすでにアンビエント的なものに影響を受けてたと思います。

でもやっぱ中高生のころは刺激が強めのものを求めていたから、まったり家でアンビエント聴こうかなって感じにはならなくて。1990年代にあったアンビエントブームはThe OrbとかThe KLFとかクラブミュージック系が中心でしたけど、ジュリー・クルーズとか『Twin Peaks』っぽい感じというか、冷たくて、リバーブが効いてて空間が広がっているドリームポップっぽいものも、当時アンビエントとシンクロしてた感じもします。

Cocteau Twins & Harold Budd『The Moon and the Melodies』(1986年)収録曲

1990年から1991年にかけて放送されたデイヴィッド・リンチが監督、脚本を手がけたドラマ『Twin Peaks』に起用されたジュリー・クルーズの楽曲。オリジナルアルバムとしては『Floating into the Night』(1989年)に収録

―小山田さんのカセットのタイトルの元になったAphex Twinの『Selected Ambient Works 85–92』は1992年リリースですけど、最初に聴いたとき80年代との差異を感じませんでした?

小山田:ビートも入ってますしね。あの当時はハウスの影響も強くてレイヴ文化があって、The KLFの『Chill Out』(1990年)みたいな「朝まで踊ってチルアウト」みたいな1990年代のアンビエントリバイバルと、1980年代の環境音楽は全然違ったところにありましたよね。1980年代はもうちょっとほんわかしてる、というか。

―いま分析されたような感覚が当時からありました?

小山田:そこはやっぱり時間が経ったからかな。そのころ、ほかのものもいろいろ聴いてたから。

The Orb『The Orb’s Adventures Beyond the Ultraworld』(1991年)収録曲

―アンビエントも環境音楽的な80年代のテイストと、90年代のAphex TwinやThe Orbなどが代表するクラブカルチャーに親和的なあり方、2000年代以降もまた全然違いますし、変遷があります。いま流行っているアンビエントはちょっとニューエイジっぽい感覚もあるじゃないですか。

小山田:ニューエイジっぽいのって今回のリバイバル以降ありになった感じがします。ちょっと胡散臭いイメージが先行してた部分もあったけど、風向きが変わりましたよね。

そもそもアンビエント的なものとスピリチュアルは切り離せないところもあるし、そこに便乗したものがたくさん出てきて嫌気がさしたところも当時はあったと思う。ただそこにも時代に耐えうる作品はあって、若い人や海外の人が純粋に音に反応してありになったところはあるんじゃないですかね。

―海外目線、若者目線で教えられるっていう。

小山田:そうそう。教えられたって感じ(笑)。Laraajiとか当時から存在は知ってたけど、今の耳で当時の発掘音源を聴くとめちゃくちゃいい、みたいな発見がたくさんありました。

―音の好み、耳の感じも変わっていっているんですね。

小山田:うん。おじさんもおじさんなりに変わってるんですよ(笑)。

Laraaji『Vision Songs Vol. 1』(1984年)収録曲、同アルバムは1984年にリイシューされた

すべての転換点となった『POINT』

―Aphex Twinの『Selected Ambient Works 85–92』は当時、愛聴されていました?

小山田:1994年に出たやつ(『Selected Ambient Works Volume II』)と両方聴いてましたけど、一番聴いてたのは『FANTASMA』(1997年)を作った1995、96年ごろだったかな。“i”って曲があって、すごいふわーっとしてて宇宙空間に漂ってる感じですごく好きでした。

―『FANTASMA』は情報をつめこんだ作品ですよね。それを作りながら、こういった音楽をプライベートでは聴いていた?

小山田:そうですね。そこから『POINT』にかけてぐらいに、ミニマルミュージックとかアンビエントに初めてどっぷりとハマって聴きました。

https://www.youtube.com/watch?v=rHRVvyzMBI4
Aphex Twin『Selected Ambient Works 85–92』収録曲

―この話は何度かしましたが、情報のキャパシティを見極めなければならなかったということでしょうか。

小山田:それもありました。『FANTASMA』の頃、1990年代後半はレコード産業のピークみたいに言われていたころで、すごく情報過多で、カオス状態っていうか。個人的にも激動で、『FANTASMA』から海外でツアーをやるようになって、生活環境もガラっと変わって。

それがちょうど2000年前後で、偶然なのか導きなのかわかんないけど、30代になり、結婚して子どもが生まれて、自分のライフサイクル的にもいろいろあったんですよね。そういうことがあってミニマルな方向に向かったタイミングでした。

―サンプリングカルチャーのように何かを引用したり、あるいは膨大な音楽を聴いてそれに対して何かを作る、という可能性が表面張力ギリギリまで来ていることは、頭だけじゃなくて、身体的にも感じていたところなんですかね?

小山田:身体的にもそうだし、『FANTASMA』ってレコードからいろんな音楽をサンプリングしたり編集して作ったんだけど、海外で出すときにクリアランス問題にぶち当たって。この手法、面白いけど、今後続けていくのは面倒くさいなって気持ちも結構あったんです。

https://www.youtube.com/watch?v=z5_xL8webEA
Cornelius『FANTASMA』収録曲

―権利関係でも曲がり角に来ていた、と。でも音楽の作り方としてはそれ以前と変わるわけじゃないですか。そこで壁にぶち当たることはなかったんですか?

小山田:そんなになかったかな。新たな発見のほうが面白かった。『FANTASMA』のころは結構でかい外スタジオを借りて1日30万円とか払ってやってましたけど、いま考えると怖すぎですよね(笑)。

でもあのあたりで、もうこういうやり方で先は見えないなって思ったのは覚えています。ちょうどそのころコンピューターを使ったレコーディングが簡易的なスタジオでもほぼできるようになって、そっちに移行しました。それは自分の性にも合ってたんだと思います。

―それ以降、録音の確認が画面上でもできるようになるわけですよね。

小山田:オーディオとかMIDI(※)のデータを画像として見れて、「この音をここにズラそう」ってことができたのはめちゃくちゃ大きかったです。ポストプロダクション的な面でも、だいぶ自分の音楽の作り方が変わって独自な感じでできるようになっていきました。

※MIDI(Musical Instruments Digital Interface)とは、1983年に制定された電子楽器の演奏データをデジタルに転送するための規格のこと。シンセサイザーやリズムマシン、および音源ソフトなどといった「音源」を鳴らすためのコントロールデータを指して、MIDIトラック、MIDIファイルなどとも呼ばれる——横川理彦『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』(2021年、ビー・エヌ・エヌ)参照

https://www.youtube.com/watch?v=KZvgeMRGPcw
Cornelius『POINT』収録曲

―制作のプロセスはどんなふうに変わったんでしょうか。

小山田:『POINT』以降は何となく音を出して、その音に対してどうアプローチしていくか、みたいな作曲になっていきましたね。構成やメロディーを考えて録音するんじゃなくて、コード感とか楽器の種類とかから小さな塊を作って、それをその場の思いつきでどんどん発展させていく、みたいな作り方。基本は時間軸を操りながらモチーフを発展させるやり方ですね。

―ある種、生成的な作り方ですね。時間軸を操りながら、というのは具体的にどういうこと指すものですか?

小山田:たとえば、テープだとはじまりから終わりに向かって一方向にしか時間が流れないじゃないですか。でもコンピューターだと、こっちを直して、こっちとこっちをくっつけてみたいに時間軸を自由に行き来できる。録音もやり直せますしね。作業的に最初に決めるのはテンポなんだけど、あとから変えることは全然ある。

―ということは、即興的な側面もあるんですね?

小山田:昔はほぼなかったんですけど、いまは即興の要素がすごくあります。テレビとか広告とかの音楽は、お題はあってもどういう曲にするかは決まってないこともあるし、その日スタジオに行ってから考えるみたいなことは結構多いです。自分のアルバムでは「こういう感じがいいな」ってイメージがあるんですけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=uFwxY_l3MIw
Cornelius 『夢中夢 -Dream In Dream-』収録曲。同曲は『Selected Ambient Works 00-23』にも収録されている

「変態は古びない」——Corneliusのサウンドが真に独自である理由

―それこそスタジオでの生バンドの演奏、あるいはサンプリングして作る音楽の音響感覚と、DAW的なもので作る音響感覚の差異は感じませんでした?

小山田:それはすごく感じました。音楽をステレオで鳴らすにあたって、リズム、コード、メロディー、音色みたいな音の要素にプラスして「空間の配置」っていう新たなパラメータを意識しながら作るようになりました。

マイクやアンプを使わないDAW的な作り方だと空気の音は入らないので、より音の定位がはっきりするんです。でも一方でデジタルなものばっかりだと小さくまとまるというか、空間がすごく小さくなる感じがあって。そのデジタルな感じとの対比で、ちょっと空気が入るアコースティック楽器や人間の声を入れたくなる感覚はありました。

―ほかに制作上でどんな変化がありましたか?

小山田:近い周波数帯の音を同時発音すると打ち消しあうので、画面でチェックしながら、なるべく同じタイミングで音を出さない、出すんだったら低域と高域を分けるとか、そういうことですね。それはドローンみたいにずっと鳴ってる音に対してもそうで。

音の配置とか、周波数とかを被らないようにすることで、定位がよりはっきりするんですよ。そうやって「音を質量として感じられる」みたいな、音自体を感じられるように作っているところはありますね。

https://www.youtube.com/watch?v=8wmKGfJQzeY
Cornelius『Selected Ambient Works 00-23』収録曲、初出は「Waxploitation Records」のコンピレーションアルバム『Waxploitation Presents Causes 1』(2007年)

―そこは『POINT』以降のCornelius的な楽曲のルールであり、特徴のひとつですよね。ほかにも禁止事項が小山田さんなかにありそうです。

小山田:あります。でもあまりにもそれが足かせになっちゃうときは外すんですけど(笑)。

―小山田さんの場合、機械の機能やテクノロジーは利用できるものは利用して構わないというスタンスですよね。そういうことは美学として避ける人も多い気がしますが、小山田さんはまったくなさそうな気がします。

小山田:どっちかって言うとないですね。でもさすがにAIは怖いです。まあ、使うけど(笑)。

―AIについては、もう付き合い方の話になってきていますよね。

小山田:そうですね。これから何年先にAIに支配されるようになるかわからないけど、それまではAIと付き合ってかなきゃいけない時代がしばらく続くと思うので。こっちが主導権を握れる時代もまだ続くだろうし、AI的なものと並走していく時代はもうすでに訪れていますよね。

https://www.youtube.com/watch?v=6PiUWeY5ft0
Cornelius『Ethereal Essence』収録曲

―『POINT』のころって、たとえばポストロック、音響派、エレクトロニカのようなサブジャンルがいろいろありましたが、そのあたりは意識されていました?

小山田:特にエレクトロニカをやろう、ポストロックやろうって意識はあんまりなくて。エレクトロニカはすごい聴いてたけど、グリッチ音みたいなジャンルの記名性が強い音色は意識的に自分の作品には入れないようにしていました。

―発想として、ジャンルとか形式の話ではないわけですね。

小山田:とはいえ、何かしらには寄っているとは思うんですけどね。坂本慎太郎くんが昔、「変態は古びない」って言ってて。

―至言だと思います。

小山田:やっぱり独自性が強いものほど時代を超越するみたいなことはあるなと。時代のイメージが強くありすぎると、その時代特有のものとしてしか受け取られないというか。たとえばNEU!って、本当にずっとNEU!な感じするじゃないですか。

―はい(笑)。

小山田:NEU!って、すべてがNEU!な感じの手法であり、あり方であり、記号性であるし、いまでもひょっとしたらちょっと新しく見えるところがある。ああいうものって強いですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=zndpi8tNZyQ
NEU!『NEU!』(1972年)収録曲

セゾンカルチャー、サウンドデザイン、ASMRとヒューゴ・ズッカレリ

―この前お話したとき、『Ethereal Essence』は細野晴臣さんの『COINCIDENTAL MUSIC』(1985年)みたいなものだっていうことをおっしゃったじゃないですか。そうやっていろんな発注仕事が新たな自分の音の作り方を開いてくれる側面があると思うんですよね。

小山田:そうですね。そういうものはオーダーに対してどういうアプローチができるかって、普段あんま開けない引き出しを開けるきっかけになるので、自分としても「こういうこともできるんだな」「こういうの面白いな」って発見のきっかけになる。自分の作品は自分でお題を考えなきゃいけないんで、誰か考えてくれる人いたら考えてほしいんですけど(笑)。

https://www.youtube.com/watch?v=mgGa8m_ERMg
細野晴臣が手がけたCM音源を収録したアルバム『COINCIDENTAL MUSIC』収録曲。同曲はPARCOのCM曲

―2曲目の“Sketch For Spring”は渋谷PARCOのオープニング記念BGMで、これはカセットにも入っていますけれども、どういうオーダーがあったんですか?

小山田:少し前に、PARCOの館内でかかるBGMの選曲をやってて、春夏秋冬で選曲して季節ごとに1曲ずつ作ったんです。この曲は春になると、僕が選曲したいろんなアーティストの曲に混じって、何時間かに1回かかります。このときは閉館音楽とか時報も作って。

―具体的にセゾンカルチャーに関わっているわけですね。

小山田:いまのPARCOのスタッフたちもセゾンカルチャーで育ってるから、セゾンスピリッツを大事にしたい気持ちがあって。「渋谷最後のカルチャーの牙城」みたいな思いで宇川(直宏)くんを呼んでDOMMUNEをやったり、そういう心意気がすごくある人たちがいるんですよ。僕もセゾンっ子だったんで、この仕事はすごく光栄でした。

https://www.youtube.com/watch?v=YNk0ErmtctQ
Cornelius『Ethereal Essence』収録曲

―この曲はむしろ小山田さんに近いフィールドの話でしたね。『デザインあ』もそうですが、こういうメディア横断的な広がり方は「21世紀のCornelius」を考える重要なポイントですよね。「デザインと音楽」、サウンドデザインという話になると、Corneliusの名前は一等最初に出てきますが、ご本人的にはどのような認識ですか?

小山田:たしかに言われるんだけど、サウンドデザインってみんなやってることだと思うんですよ。

―ここでいうサウンドデザインは、音の響きやテクスチャーをメロディや和声と同程度に重視するということだと思います。

小山田:そこもみんな考えてることだと思うんですけどね。でももしかすると、「空間と時間軸のなかに音を配置していくもの」として音楽を認識している人は少ないのかもしれないです。歌詞やメロディーももちろん考えますけど、僕の場合、楽曲をかたちにするにあたって、必ずそこを重視しています。

https://www.youtube.com/watch?v=z_y4im86GhE
Cornelius『Ethereal Essence』収録曲

―話は変わりますが、「ホロフォニクサウンド」って覚えています? 私が学生のころ、たしか学研の『ムー』だったと思うんですが、表4か中面かに広告が載っていて、「ホロフォニクサウンド」を謳っているカセットテープを通販したことがあるんですよ。

小山田:ヒューゴ・ズッカレリさんでしたっけ? 六本木WAVEの1階の視聴機で聴きましたよ。髪の毛を切ったり、ドライヤーかけたりとかって音がすごいリアルに入ってて、ちょっと錯覚する感じのやつですよね。『ムー』でも売ってたんだ(笑)。

でもあれ、どうやってあそこまでリアルに録れるのか、手法は明かしてないらしいんですよ。ヒューゴ・ズッカレリさんはすごい人で、マイケル・ジャクソンとか、ルー・リードとか、Pink Flyoldともやってるし、Psychic TVの『テンプルの豫言』(1982年作の『Force the Hand of Chance』)にも音が入ってて。

―妙に詳しいですね。

小山田:当時めっちゃ調べたんです(笑)。中原(昌也)くんと一緒に買いに行きましたよ。その影響で『FANTASMA』はダミーヘッドとかバイノーラル録音(※)を使ったりしてます。

※バイノーラル録音とは、「ダミーヘッド(マネキンの頭)や人の両耳内に無指向性(全方位の音を同等に拾う)のマイクロフォンを取り付けて録音するステレオ録音の方法」のこと——柳沢英輔『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』(2022年、フィルムアート社)P.19より引用

https://www.youtube.com/watch?v=L5xwwpNwQ70
Cornelius『FANTASMA』収録曲

―あれは衝撃でした。「音楽じゃない音響」の面白さを10代で教えてもらったというか。

小山田:そういう体験でしたね。

―あれって、いまで言うASMR的なものだと思うんですよ。

小山田:現実音の響きの気持ちよさみたいなところでは、完全にその流れですよね。

―“Forbidden Apple”はASMR的なものを意識していますよね?

小山田:してます。だからヒューゴ・ズッカレリさんも入ってます(笑)。リンゴをかじる音ってなんであんな気持ちいいんだろうって思いますね。

―リンゴをかじる音は、すごく記号的だけど音響的な複雑さがありますよね。あの音はライブラリ音源ですか?

小山田:そうですね。

https://www.youtube.com/watch?v=lYIiIRXYRXE
Cornelius『Ethereal Essence』収録曲

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