INDEX
すべての転換点となった『POINT』
―Aphex Twinの『Selected Ambient Works 85–92』は当時、愛聴されていました?
小山田:1994年に出たやつ(『Selected Ambient Works Volume II』)と両方聴いてましたけど、一番聴いてたのは『FANTASMA』(1997年)を作った1995、96年ごろだったかな。“i”って曲があって、すごいふわーっとしてて宇宙空間に漂ってる感じですごく好きでした。
―『FANTASMA』は情報をつめこんだ作品ですよね。それを作りながら、こういった音楽をプライベートでは聴いていた?
小山田:そうですね。そこから『POINT』にかけてぐらいに、ミニマルミュージックとかアンビエントに初めてどっぷりとハマって聴きました。
―この話は何度かしましたが、情報のキャパシティを見極めなければならなかったということでしょうか。
小山田:それもありました。『FANTASMA』の頃、1990年代後半はレコード産業のピークみたいに言われていたころで、すごく情報過多で、カオス状態っていうか。個人的にも激動で、『FANTASMA』から海外でツアーをやるようになって、生活環境もガラっと変わって。
それがちょうど2000年前後で、偶然なのか導きなのかわかんないけど、30代になり、結婚して子どもが生まれて、自分のライフサイクル的にもいろいろあったんですよね。そういうことがあってミニマルな方向に向かったタイミングでした。
―サンプリングカルチャーのように何かを引用したり、あるいは膨大な音楽を聴いてそれに対して何かを作る、という可能性が表面張力ギリギリまで来ていることは、頭だけじゃなくて、身体的にも感じていたところなんですかね?
小山田:身体的にもそうだし、『FANTASMA』ってレコードからいろんな音楽をサンプリングしたり編集して作ったんだけど、海外で出すときにクリアランス問題にぶち当たって。この手法、面白いけど、今後続けていくのは面倒くさいなって気持ちも結構あったんです。
―権利関係でも曲がり角に来ていた、と。でも音楽の作り方としてはそれ以前と変わるわけじゃないですか。そこで壁にぶち当たることはなかったんですか?
小山田:そんなになかったかな。新たな発見のほうが面白かった。『FANTASMA』のころは結構でかい外スタジオを借りて1日30万円とか払ってやってましたけど、いま考えると怖すぎですよね(笑)。
でもあのあたりで、もうこういうやり方で先は見えないなって思ったのは覚えています。ちょうどそのころコンピューターを使ったレコーディングが簡易的なスタジオでもほぼできるようになって、そっちに移行しました。それは自分の性にも合ってたんだと思います。
―それ以降、録音の確認が画面上でもできるようになるわけですよね。
小山田:オーディオとかMIDI(※)のデータを画像として見れて、「この音をここにズラそう」ってことができたのはめちゃくちゃ大きかったです。ポストプロダクション的な面でも、だいぶ自分の音楽の作り方が変わって独自な感じでできるようになっていきました。
※MIDI(Musical Instruments Digital Interface)とは、1983年に制定された電子楽器の演奏データをデジタルに転送するための規格のこと。シンセサイザーやリズムマシン、および音源ソフトなどといった「音源」を鳴らすためのコントロールデータを指して、MIDIトラック、MIDIファイルなどとも呼ばれる——横川理彦『サウンドプロダクション入門 DAWの基礎と実践』(2021年、ビー・エヌ・エヌ)参照
―制作のプロセスはどんなふうに変わったんでしょうか。
小山田:『POINT』以降は何となく音を出して、その音に対してどうアプローチしていくか、みたいな作曲になっていきましたね。構成やメロディーを考えて録音するんじゃなくて、コード感とか楽器の種類とかから小さな塊を作って、それをその場の思いつきでどんどん発展させていく、みたいな作り方。基本は時間軸を操りながらモチーフを発展させるやり方ですね。
―ある種、生成的な作り方ですね。時間軸を操りながら、というのは具体的にどういうこと指すものですか?
小山田:たとえば、テープだとはじまりから終わりに向かって一方向にしか時間が流れないじゃないですか。でもコンピューターだと、こっちを直して、こっちとこっちをくっつけてみたいに時間軸を自由に行き来できる。録音もやり直せますしね。作業的に最初に決めるのはテンポなんだけど、あとから変えることは全然ある。
―ということは、即興的な側面もあるんですね?
小山田:昔はほぼなかったんですけど、いまは即興の要素がすごくあります。テレビとか広告とかの音楽は、お題はあってもどういう曲にするかは決まってないこともあるし、その日スタジオに行ってから考えるみたいなことは結構多いです。自分のアルバムでは「こういう感じがいいな」ってイメージがあるんですけどね。
