近年のCorneliusのアンビエント的楽曲を収めた作品集『Ethereal Essence』。そのリリースのアナウンスに触れた際、意外な驚きがあった。
アンビエントポップを意識したアルバム『夢中夢 -Dream In Dream』(2023年)や、『AMBIENT KYOTO 2023』への参加、あるいは近年のアンビエントリバイバルの背景を考えれば自然な成り行きとも思えるけれど、Corneliusはアンビエントに対して慎重な距離感を保っていたようにも感じていた。
本稿では、Cornelius=小山田圭吾がどのようにアンビエントミュージックに親しみ、その音楽性に取り込んできたかについて話を訊いている。そしてそれは同時に、ミニマルミュージックを通過した独自のサウンドデザインの美学を紐解くことにもつながっている。インタビューは旧知の間柄で、『STUDIO VOICE』の元編集長・松村正人を聞き手に迎えて実施。共通の友人である中原昌也の話をひとしきりし終えたところで、取材は和やかにはじまった。
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1969年東京都生まれ。1989年、フリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後、1993年、Corneliusとして活動開始。2023年6月、7thオリジナルアルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』を発表。同年10月より開催された『AMBIENT KYOTO 2023』に参加し、カセット作品『Selected Ambient Works 00-23』をリリースした。2024年に活動30周年を迎え、6月26日に近年発表してきたアンビエント色の強い作品を中心に再構築した作品集『Ethereal Essence』を発表。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広く活動中。
これまでCorneliusは、どのようにアンビエントを意識してきたのか?
―Corneliusとしてアンビエント的な楽曲を制作するようになったきっかけを振り返ると、どういったところだったのでしょうか。
小山田:企業CMだったり、商業施設の音楽、『デザインあ』みたいなテレビ関連の音楽、ウェブ系の広告とかでアンビエント的な曲を作ることが多かったんですよね。そういう機会では映像とか、視覚情報があるので音楽でそこまで説明する必要がないし、本当に背景の音楽として作っていました。
―『AMBIENT KYOTO 2023』で販売された小山田さんのカセット作品『Selected Ambient Works 00-23』に入っているのは『POINT』(2001年)以降の楽曲ですが、『POINT』以前 / 以降といった意識はご自分のなかでも明確にありますか?
小山田:そうですね。『POINT』以降は基本のスタイルをその時々で変えていく、みたいな感じになりました。
―そこから少しずつ変遷していきますよね。『POINT』と『SENSUOUS』(2006年)も違うし、『Mellow Waves』(2017年)も全然違う。その変化というのは、その都度作っているときの気持ちの変化ということですよね。
小山田:時代だったり、自分の状況だったり。
―そのなかでアンビエント的な響き、ミニマルな感覚というのは、パラメータとしてどれくらい意識されてきたのでしょうか?
小山田:常にうっすら入っている感じはありますね。
―アンビエントミュージックにおけるCorneliusのあり方として、何か意識されることはありますか?
小山田:何ですかね……「静閑」とか、あとは音の響き、サウンドのテクスチャーが重要というか。アンビエントって旋律やリズムよりも、テクスチャーが前に出てくる音楽だという気はします。今回、自分のアンビエント的な楽曲をまとめたとはいえ、元がポップスの人間なので、どうしてもポップス的な構造になってるなと作ってみて感じますけどね。
―そんなに「アンビエントミュージックを作っている」という自己認識はあまりない?
小山田:純粋なアンビエントミュージックではないとは思いますね。

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小山田圭吾と環境音楽、アンビエントハウス、ニューエイジリバイバル
―これまではアンビエントをどういうものだと認識していました?
小山田:まずはブライアン・イーノですよね。
―『Ambient 1: Music for Airports』(1978年)、原点ですね。最初に耳にされたのはいつですか。
小山田:イーノの『Ambient 1: Music for Airports』を聴いたのは20代半ばぐらいだったんですけど。
―今回の『Ethereal Essence』では、いわゆる「環境音楽」を意識されたんですか?
小山田:吉村弘さんは『Kankyō Ongaku』で知って聴いていました。
―『Kankyō Ongaku』は、タイトルこそ日本語ですが、選曲のセンスには海外の視点を感じますよね。
小山田:かもしれないですね。中高校生ぐらいのときにPenguin Cafe Orchestraとかは聴いてて、その当時から「環境音楽」って言われてましたよね?
ー言われていました、はい(※)。
小山田:それこそセゾングループのイメージとか、あとは無印良品の細野(晴臣)さんの『花に水』もそう。1980年代ってエリック・サティとかちょっと流行ってたし、あと六本木WAVEの1階のワールドとアンビエントみたいなコーナーがあったり、そういうイメージですね。
※1986年に出版された『波の記譜法 環境音楽とはなにか』(時事通信社)のなかで、編著者のひとりの田中直子は、環境音楽という言葉が1960年代後半から音楽心理学の領域で使われはじめていたことを指摘している(P.336参照)。『Kankyō Ongaku』でも取り上げられた音楽家、芦川聡は自らが提唱した「波の記譜法」をエリック・サティの「家具の音楽」、ブライアン・イーノの「アンビエントシリーズ」の延長上にあるとし、そのコンセプトを「私がしようとしていること全体は、大きな意味での「音のデザイン」といえる。「音のデザイン」とは、人間と音・音楽の関係を重視した環境をつくることだ」(P.24より引用)と説明している
―その当時はミニマルミュージックも聴いていました?
小山田:いや、聴いてなかったです。だけど当時のニューウェーブでも「Les Disques Du Crépuscule」とか、ちょっとミニマルミュージックに近いものが入ってたし、そういうものは聴いてました。「Obscure Records」(※)の流れでマイケル・ナイマンとか、あとはウィム・メルテンとか。The Durutti Columnとかも当時はアンビエントとは言わなかったけど、いまだったら近い雰囲気も全然感じる。
※ブライアン・イーノが主宰したレーベル。ブライアン・イーノ『Discreet Music』(1975年)、デヴィッド・トゥープ、マックス・イーストリー『New and Rediscovered Musical Instruments』(1975年)をはじめ、ギャヴィン・ブライアーズ、マイケル・ナイマン、Penguin Cafe Orchestra、ハロルド・バッドらの作品をリリースした
―そのような聴取体験が小山田さんのアンビエント観を培ったんですね。
小山田:中高生のときは、リアルタイムか少し前ぐらいのニューウェーブとかパンクが好きだったんですけど、Cocteau Twinsがハロルド・バッドと一緒にやったものを聴いたり、そのときにすでにアンビエント的なものに影響を受けてたと思います。
でもやっぱ中高生のころは刺激が強めのものを求めていたから、まったり家でアンビエント聴こうかなって感じにはならなくて。1990年代にあったアンビエントブームはThe OrbとかThe KLFとかクラブミュージック系が中心でしたけど、ジュリー・クルーズとか『Twin Peaks』っぽい感じというか、冷たくて、リバーブが効いてて空間が広がっているドリームポップっぽいものも、当時アンビエントとシンクロしてた感じもします。
―小山田さんのカセットのタイトルの元になったAphex Twinの『Selected Ambient Works 85–92』は1992年リリースですけど、最初に聴いたとき80年代との差異を感じませんでした?
小山田:ビートも入ってますしね。あの当時はハウスの影響も強くてレイヴ文化があって、The KLFの『Chill Out』(1990年)みたいな「朝まで踊ってチルアウト」みたいな1990年代のアンビエントリバイバルと、1980年代の環境音楽は全然違ったところにありましたよね。1980年代はもうちょっとほんわかしてる、というか。
―いま分析されたような感覚が当時からありました?
小山田:そこはやっぱり時間が経ったからかな。そのころ、ほかのものもいろいろ聴いてたから。
―アンビエントも環境音楽的な80年代のテイストと、90年代のAphex TwinやThe Orbなどが代表するクラブカルチャーに親和的なあり方、2000年代以降もまた全然違いますし、変遷があります。いま流行っているアンビエントはちょっとニューエイジっぽい感覚もあるじゃないですか。
小山田:ニューエイジっぽいのって今回のリバイバル以降ありになった感じがします。ちょっと胡散臭いイメージが先行してた部分もあったけど、風向きが変わりましたよね。
そもそもアンビエント的なものとスピリチュアルは切り離せないところもあるし、そこに便乗したものがたくさん出てきて嫌気がさしたところも当時はあったと思う。ただそこにも時代に耐えうる作品はあって、若い人や海外の人が純粋に音に反応してありになったところはあるんじゃないですかね。
―海外目線、若者目線で教えられるっていう。
小山田:そうそう。教えられたって感じ(笑)。Laraajiとか当時から存在は知ってたけど、今の耳で当時の発掘音源を聴くとめちゃくちゃいい、みたいな発見がたくさんありました。
―音の好み、耳の感じも変わっていっているんですね。
小山田:うん。おじさんもおじさんなりに変わってるんですよ(笑)。
