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どんな境遇にいる子どもも操られる可能性がある
ーノヴァクが受け持つクラスの中で、彼女の考えを信じてのめり込んでいく生徒もいれば、疑問を抱き、途中で授業を受けるのをやめる生徒もいます。2つのグループの間には、どのような違いがあったと思われますか?
ジェシカ:操られることに対して抗うことができる人もいれば、できない人もいる。その理由はとても重層的なものなので、簡潔に答えるのは難しいですね。
ただ、もしかしたら大切なのは「知識」なのかなと思っています。知識があればあるほど、ある概念に対して、それを信頼してもいいのか、間違っているのかをより自分の尺度で決められるし、すぐに乗っ取られるようなことはないと思うので。あと、「今自分が操られているんだ」と自覚できることも大事だと思います。

ーノヴァクの教えにのめり込むようになる生徒たちの親子関係についても丁寧に描かれていた印象がありましたが、どういう意図があったのでしょうか?
ジェシカ:万華鏡じゃないですが、さまざまな親子関係を見せたかった、という意図がありました。この映画では、シングルマザーの男の子や、家族が海外で暮らしていて、休日も1人で過ごしている男の子、裕福な家庭で母親も同じように摂食障害がある女の子、なんでもやらせてくれるリベラルな親を持つ女の子などが出てきます。

ジェシカ:色々な家族を見せることで、「こういう家庭に生まれた子どもだから簡単に操られてしまうんだ」というふうに見せることを避けて、どんな境遇にいる子どもも操られる可能性があると示したかったのです。例えば、裕福な家庭と、生活に困っているシングルマザーの家庭というように、経済状況が異なる家庭が登場しますが、どちらの子どももノヴァクに操られていきます。
それに、シングルマザーであるベン(サミュエル・D・アンダーソン)の母親なんて、子どもへの愛に溢れていますよね。ベンのことを本当に考えていて、ノヴァクの教えに従って子どもがだんだんと食事を摂らなくなるという事態の異常さもしっかり理解している。それでもベンの考えが過激化していくことを止めることができません。なので、親のせいではないということも伝えられればと思っているし、他者の考え方を操るということがしばしば起きてしまうのは、社会的な部分が関係しているということも見せたいと思っていました。

ー海外メディアのインタビューで、監督は「親がこんなに働かないといけない社会のシステムに問題を感じる」とおっしゃっていました。シングルマザーとしてベンを育てる母親のキャラクターには、そういった考えが重ねられているように思います。
ジェシカ:今の世の中は、誰もがたくさん働かないといけないですよね。では、働く間誰が子どもたちの面倒を見るのかという問題は、いまだにどの社会も解決できていないのではないかと思います。西洋では、一昔前までは半日だけ働いて、午後から子育てをするようなケースが多かったんですが、不況の煽りで、女性もフルタイムで働くことが望まれています。ですが、誰が育児をするのかについての議論は出てこないんです。それがすごく変だと感じます。
今の社会では、成功や、効率、どれくらい儲けられるかみたいなことばかりが語られているけれど、公立の学校に行っていれば先生たちが無料で子どもたちの面倒を見てくれるわけですよね。しかし、その教師たちに対して、私たちは感謝の意を全然伝えられていないのではないかということも感じます。

ーベンの母親は、生徒の親たちの中で最初に校長先生にノヴァクの教育方針がおかしいのではないかと話をしに行きます。しかし、経済的に弱い立場であるために、ノヴァクを信じる校長先生からは軽くあしらわれたような印象がありました。学費が高い寄宿学校に存在する、経済的な格差が見え隠れしているようにも思いました。
ジェシカ:まさにそうですよね。彼女が最初に真実に気がつき正しい主張をしているのに、誰も耳を傾けようとしません。校長先生や他の親たちは、彼女が貧しいが故にその言葉を信じないわけですが、これはある種、この作品の皮肉でもあります。
