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A24『シビル・ウォー』レビュー 劇場で「体験」する戦争の圧倒的な恐怖

2024.10.8

#MOVIE

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が10月4日(金)より劇場公開中だ。『ムーンライト』『関心領域』などアカデミー賞受賞作品を世に送り出す製作会社A24史上、最大の予算が投じられた本作は、2週にわたり全米1位の興行成績を記録するなど大ヒットを遂げている。

映画の舞台は、連邦政府から19の州が離脱したという近未来のアメリカ。国内で大規模な分断が進み、カリフォルニア州とテキサス州が同盟した西部勢力と政府軍による内戦が勃発していた。戦場カメラマンのリーをはじめとする4人のジャーナリストチームは、ニューヨークから約1300km、戦場と化した道を走り、大統領がホワイトハウスに立てこもる首都・ワシントンDCへと向かう。

設定だけを聞くと荒唐無稽に思われるかもしれないが、実際に観ればこそ「起こりうる未来を予見している」要素は多い。何より、小難しさはない「体感型」の作品であることも、強く推しておきたい。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

予備知識なしで体感できる内戦の恐怖

タイトルの「シビル・ウォー(Civil War)」は「内戦」の意味。「もしもアメリカで新たに内戦が起きたらどうなるのか?」という、一種の「IF」を描く戦争映画だ。

その触れ込みから予備知識が必要だと思う方もいるかもしれないが、心配は不要。あらすじは「4人のジャーナリスたちが大統領への単独取材のためにワシントンD.C.へと向かう」とシンプルで、暴力的または不条理な状況でのサスペンスが展開する、わかりやすい内容なのだから。アーティスティックな印象も強いA24の作品の中では、比較的観る人を選ばない内容だろう。

大統領が立てこもるホワイトハウスへと向かう4人のジャーナリストたち

注意点をあげるとすれば、「銃砲による戦闘と市民に対する暴力の描写がみられる」という理由でPG12指定がされていることだ。露悪的な残酷描写はごく少ないが、テレビのニュース映像で観ているかのような「銃で撃たれた人間がただ倒れる」淡白さがむしろリアルに思えるし、鼓膜をつんざくような銃撃の「音」もまた恐ろしいので、ある程度の覚悟は必要だろう。

昨今の大作映画が2時間超え、あるいはそれ以上の上映時間になりがちな中で、109分というタイトな尺に収まっているのも美点だ。ロードムービーという「型」のあるジャンルらしさとエンタメ性を貫きながら、悪夢的な描写にはいっさいの遠慮ナシ、というのは同じくアレックス・ガーランド監督が手がけたSF映画『アナイアレイション -全滅領域-』(2018年)や、脚本を執筆したゾンビ映画『28日後…』(2002年)にも通じている。

撮影現場でのアレックス・ガーランド監督

総じて、「映画館で観るべき映画」であることは間違いない。スケール感のある画、その場にいるかのようなカメラワーク、そして「逃れられない状況」の恐ろしさなどは、他の観客と一緒にスクリーンの前にいてこそ、真の体感があるはずだ。

「現代の戦争のイメージをアメリカ本土で過激に転用した」(ガーランド監督)

本作の設定は「連邦政府から19の州が離脱し、テキサス・カリフォルニアの同盟からなる西部勢力と、政府軍による激しい武力衝突が各地で起きている」というもの。その最中で大統領は「我々は歴史的勝利に近づいている」と主張するのだが、実際には西部勢力はワシントンD.C.から200kmの地点まで進攻しており、政府軍は敗色濃厚となっている。

この「表向きに政府が話していることよりも事態は深刻(あるいは完全にウソ)」というのは、戦争に限らず我々が現実で向き合い続けている事柄だ。さらに、4人のジャーナリストたちは、自身たちの命までも危険にさらして、事態の過酷さを身を持って知ることになる。

そうした様から、現実でのウクライナ侵略やガザ地区侵攻を連想する人も少なくはないだろう。実際にアレックス・ガーランド監督は「ダークなスリルと扇動性は、空爆や民間人への攻撃や巻き添え被害といった、現代の戦争のイメージをアメリカ本土で過激に転用したことで生まれた」とプレス向け資料で語っている。

また、アメリカの内戦といえば1861年の南北戦争を思い起こす人も多いだろうが、ガーランド監督は現代の内戦はそれとはまったく違う「すべてが崩壊して粉々に分裂すること」であると言う。また、予期せぬ悲劇や大惨事の後には「想像力の欠如」というフレーズがよく使われることも指摘している。

劇中で起こる出来事は、「こんなことが起きるわけがない」と思ったとしても、それもまた想像力の欠如なのではないか、こんなふうに今までの世界は簡単に崩壊してしまうのではないか、などと単純な思考だけには終わらせてくれない。それは、ガーランドの指摘通りの現実があるからなのかもしれない。

中でももっとも恐ろしいのは、ジェシー・プレモンスが演じる差別主義者が、文字通りに「選別」をするシーンだ。その内戦の狂気の中にある、おぞましい「空気」を感じられることも、本作の大きな意義だろう。

ジャーナリズムの精神と表裏一体の非人道さ

本作は戦場カメラマンの動向を追うことで、ジャーナリズムの重要性を訴えながらも、そこには現実を冷徹に切り取る非人道さの視点も確実に込められている。

世界の残酷さを写真あるいは文章で伝えることは重要であるし、実際に劇中の4人のジャーナリストはそれぞれの正義感と使命を持っており、そこは否定してはいない。だが、目の前の恐ろしい事態、それこそ人間が無惨に命を落とす最中でもシャッターを切る様は、やはり不謹慎かつ冷徹に見える場面もある。

それ以上に恐ろしいのは、終盤で起こるとある事態だ。詳細は秘密にしておくが、それまでに信念と精神が蝕まれ続けたベテラン戦場カメラマンと、彼女とは対照的に死線を越え成長を遂げた若手カメラマン、それぞれの「変化」の先にあった結末を、決して忘れることはできないだろう。

決して絵空事ではない未来。本作は戦争の悲惨さを再確認させる

本作が全米で大ヒットした背景には、2024年11月5日に大統領選挙を控えた国民の不安と恐怖を刺激したためという分析もある。

その不安と恐怖の根拠は多い。2021年に起きた、不正選挙だとして落選を認めないドナルド・トランプが支持者を煽動した連邦議会襲撃事件も、内戦といえる凄惨さを極めていた。トランプ政権時代の権威主義的な体制の記憶や、MAGA(Make America Great Again)運動の高まりも大きく関係しているだろう。

映画の内容が大いに物議を醸していること、バイデン大統領・ハリス副大統領も鑑賞を希望していることも、やはり本作がフィクションでありながらも、決して絵空事ではないという証拠だろう。

それをロードムービーというジャンルのエンタメとして提示することに不謹慎さを感じる方もいるかもしれないが、劇中の最悪の出来事の連続から、戦争がいかに間違っているか、人間の心をいかに壊してしまうのかを指し示す、明確な反戦映画になっていることは伝わるはずだ。

劇中で描かれる思想信条の分断はここ日本でも他人事ではないし、アメリカでの政治動向により関心を抱くきっかけにもなるだろう。まずは、やはり映画館のスクリーンでこそ体感してほしい。

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

2024年10月4日 (金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
監督/脚本:アレックス・ガーランド
キャスト:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:CIVIL WAR|2024年|アメリカ映画|
公式HP:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/  
公式X:@civilwar_jp
(C)2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

<ストーリー>
「お前は、どの種類のアメリカ人だ?」映画の舞台は、連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていくー

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