野木亜紀子×大泉洋というタッグで、情報解禁後すぐに話題となったドラマ『ちょっとだけエスパー』。
映画『アイアムアヒーロー』(2016年)以来の組み合わせをオリジナル脚本で実現した本作は、ジャパニーズヒーロードラマであり、SFラブロマンスでもあるテレビ朝日×野木脚本にふさわしい作品となった。
大泉洋のほか、宮﨑あおい、岡田将生、ディーン・フジオカ、北村匠海など豪華俳優陣の共演も贅沢な本作について、ドラマ映画ライターの古澤椋子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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『アンナチュラル』野木亜紀子×『おっさんずラブ』貴島彩理の初タッグ作

2018年に一世を風靡したドラマ『アンナチュラル』(TBS)と『おっさんずラブ』(テレビ朝日)。共に、2025年の今でも根強いファンがおり、『アンナチュラル』は、『MIU404』(TBS系)、映画『ラストマイル』と同一世界線の作品が制作され、『おっさんずラブ』も『おっさんずラブ-in the sky-』『おっさんずラブ-リターンズ-』と続編が制作されてきた。
そんなドラマファンからの熱視線を集める『アンナチュラル』の脚本家・野木亜紀子と『おっさんずラブ』のプロデューサー・貴島彩理による初タッグで生まれた「SFラブロマンス」が、『ちょっとだけエスパー』だ。そして、主演は大泉洋。この3者の組み合わせが解禁された時点で胸を躍らせた人も多いだろう。
『ちょっとだけエスパー』は、そんなドラマ好きからの大きな期待に応え、3者の強みを一つも損なうことなく、魅力がうまく掛け算されたドラマになっている。既に第5話まで放送されたものの、物語の展開はまだ予想がつかない。夢のタッグ作は、私たちをどこまで連れて行ってくれるのだろうか。
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「社会的なこと×個人的なこと」をエンタメとして描く野木亜紀子節

野木脚本の魅力といえば、社会派クライムサスペンスと答える人が多いだろう。『アンナチュラル』から映画『ラストマイル』まで続くシリーズ、投稿されたデマをきっかけに女性記者がフェイクニュースの真相を追う『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(NHK総合)、沖縄でのある性的暴行事件の真相を解き明かしていく『フェンス』(WOWOW)も、高いエンタメ性を持ちながら社会が抱える現実の問題の一端へ、視聴者の心を持っていく威力があった。
一方で野木は、社会から取り残されそうな小さな世界を描いてきた脚本家でもある。向田邦子賞受賞作である『獣になれない私たち』(日本テレビ系)では、身の周りの大小さまざまな圧力に飲み込まれそうになる女性がどうにか抗おうとする奮闘を描き、『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京)では不器用な中年兄弟がさまざまな人の人生に触れていく日常を描いた。連続ドラマでは前作にあたる『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)も、社会的なテーマを滲ませつつも、最終的には一人ひとりの人生にフォーカスする小さな物語の側面も持っていた。

『ちょっとだけエスパー』は、そんな野木にとって初めてのSF作品だ。主人公・文太(大泉洋)をはじめ、兆(岡田将生)が社長を務める謎の会社「ノナマーレ」で働く「ビットファイブ」のメンバーたちは、みんな、ちょっとだけ超能力を持っている。彼らにはさまざまなミッションが与えられるが、エスパーの力を使っても、万事解決とはならない。「SFラブロマンス」と銘打ちながらも、SF要素がドラマの主軸になっているわけではないのだ。
では、何が本作の主軸になっているかといえば、一人ひとりの人生だろう。会社の金を横領してクビになった後、金も家族もすべてを失い、自暴自棄になって生きてきた文太。家族の幸せを守るためにやくざ者を殺してしまい、離れて暮らす息子を静かに見守る桜介(ディーン・フジオカ)。警察犬係の警察官だったが、繁殖業者に虐待される犬を救おうとして暴走し、解雇された半蔵(宇野祥平)。恋人の横領を身代わりし10年服役した後、出所後はホームレスとして孤独に生きていた円寂(高畑淳子)。それぞれ立ち止まれなかった過去があり、その過去には後悔や葛藤がつきまとう。もちろん立ち止まれなかった彼らにも問題はあるが、貧乏くじを引かされていたり、誰かを守るためだったり、倫理感に抗えなかったりと、彼らだけが「悪」なわけではない。個人的な正義や慢心が、社会からは悪と判断されてしまっているだけという側面もあるだろう。
そして、社長である兆からの使令により偽の夫婦を演じることになった四季(宮崎あおい)と文太の関係からは、それまでの四季の人生が見えてくる。文太は四季の過去と、彼女が抱える亡き夫への愛情に触れたことで、思いもよらない感情に襲われ、どう振る舞うべきか葛藤する。交わるはずのなかった人生がぶつかり合うからこその化学反応だ。
出会うはずのなかった個人の人生が絡まり合うことで、社会が見えてくる。『ちょっとだけエスパー』を見ていると、野木の、社会を見ながら、しっかりと個人の人生を見つめることも忘れない視線のバランスに改めて感服させられる。
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「当て書き」で俳優とセリフの相乗効果を実感させてくれるドラマ

個人の人生を丹念に描くドラマにおいて、キャラクターが魅力的に映るかどうかはとても重要だ。本作の主要人物はすべて「当て書き」(先にキャスティングが決まっていて、演じる俳優に合わせて脚本を書くこと)だそうだが、だからだろうか。主要キャラクターたちの誰もが、『ちょっとだけエスパー』の世界で生き生きと動いているように見える。
第1話で大泉洋演じる文太が、ノナマーレの面接で、就職氷河期時代の就職活動とサラリーマン時代の働き方の厳しさを説いた場面からは、文太が抱える社会へのわだかまりの大きさが感じられた。また、宮﨑あおい演じる四季が文太に見せるコロコロと変化する無邪気な表情、愛情深い声色、拗ねたようなセリフ回しからは、亡き夫への惜しみない愛が伝わってくる。普段は明るく破天荒に振る舞っているディーン・フジオカ演じる桜介が、息子・紫苑(新原泰佑)を前にした時だけ見せる切なげな表情からは失った家族への後悔が伺える。俳優それぞれが、役柄の人生を背負い、寄り添って演じているからこそ伝わってくるものがある。
また、キャラクターの特徴を端々に感じさせるセリフも秀逸だ。長めに語らせる文太のセリフは、大泉がバラエティ番組などで見せる姿にマッチしており、四季のあざとくも感じられる可愛らしいセリフは、宮崎あおいの持つナチュラルさと融合することで唯一無二のチャーミングさを叶えている。俳優とセリフの相乗効果を実感させてくれるドラマでもあるのだ。
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受け身芝居とセリフ回し、「THE大泉洋」といえるキャラクター

魅力的なキャラクターだらけの中でも際立って魅力的なのは、文太だ。第1話の冒頭で、急にエスパーとなり世界を救えと言われてからの戸惑い。人に触るだけで心の声が分かるようになったことで、社会の暗い面にも触れてしまい落ちこむ姿。目の前の予測不能な事態に振り回されながら、素直に反応して喜んだり、悲しんだりする文太は、「THE SFドラマ主人公」といえる。
近年、大泉が演じてきた役柄は、ドラマ『元彼の遺言状』の篠田敬太郎 / 田中守や映画『かくかくしかじか』の日高健三など物語を動かしていく役柄や、『ラストマン-全盲の捜査官-』のような冷静な役柄が多かった。しかし本来、大泉は、本作の文太のような振り回される主人公としての受け身の芝居も得意な俳優だ。
状況を受け止めて、一つひとつに反応することで、文太というキャラクターを立ち上がらせつつも、セリフを聞かせるシーンでは説得力を持って語る。文太はファンが待ちに待った「THE大泉洋」といえるキャラクターだ。