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相容れない他者が一緒に暮らす難しさ。チャオから学ぶ「歩み寄り」の方法
ーチャオはパワフルな反面、ステファンのために料理を勉強したり、人間社会のしきたりを覚えようと努力します。ある意味で、今時珍しいくらい古風な「尽くすタイプのヒロイン」ですよね。
山田:確かに。おそらく、ステファンを喜ばせるためというか、「人間界でいい妻とされるのはこういう人だろう、自分もそうならなきゃ!」という気持ちからだと思うんです。私はここまですべてを人に捧げることができるかはわからないですけど、それぐらい愛情を持てる相手がいるということは尊敬できますよね。

―鈴鹿さんは、チャオのようなタイプはどう思いますか?
鈴鹿:現実では、僕はチャオの勢いでいきなり好意を伝えられたら警戒するかもしれない(笑)。でもチャオみたいに、お互いの生活の重なる部分を少しずつ増やしていくように行動してくれるなら、自分勝手じゃないと思えるのかなと。
たとえば食事って、生活の中でも大事なものじゃないですか。チャオは電気ウナギをそのまま食べるのが好きですが、人間は無理なので、ステファンは食べられない。そこでチャオが歩み寄る。あまりに相手に合わせて自己犠牲になっちゃうのも良くないですが、譲歩するのは「この人と生きたい」というメッセージでもあるし、素敵だなと思います。

ーこの作品には、「人間と人魚」という相容れない他者がどうやって一緒に生きていくのか、というテーマが通底していると思います。先ほど鈴鹿さんがおっしゃった「お互いの生活の重なる部分を増やしていく」というのは、一つの答えになっている気がします。
鈴鹿:同じ人間でも、生まれた場所が違ったら文化や考え方も違うだろうし、重なる部分が多いわけではないと思うんです。お互いを理解するには、同一になるよりも、平等でいることが大切なんじゃないかなと。違いを理解し合うことがこれから大事になると思います。
ー異なる部分があるからこそ認め合うというか。
鈴鹿:そうですね。お互い譲れないこともあるでしょうし。
山田:相手を知ろうとしたり、自分のことを話したりして歩み寄ろうとする努力がないと、何もはじまらないと思いますね。ステファンもチャオを最初から拒絶してたら、何もはじまらなかったと思う。同じ環境で同じものを食べて育ったとしても違う人間になるので、他人を自分と同じ考えにはできないということを大前提にしないといけないなと思います。難しいですけどね。
鈴鹿:そういう意味で、この映画はいいお手本になりますね。「他者を理解する、人を見つめるってどういうことなんだろう」というテーマが含まれていると思います。
