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アカデミー賞作品賞『アノーラ』レビュー 賛否のラストをあなたはどう解釈する?

2025.3.27

#MOVIE

『ANORA』はシンデレラストーリーなのか 

ユニバーサルピクチャー日本版公式HPは、『ANORA』を「身分違いの恋という古典的なシンデレラストーリーを21世紀風にリアルに描き直した」と紹介している。本作の賞レースの快進撃は、遡ること2024年の第77回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したことから始まる。審査員長を務めたグレタ・ガーウィグはインディペンデント映画からハリウッドのメジャー作品まで幅広く手掛け、常に女性像を現代的に、能動的にアップデートしてきた人物だ。彼女が発した高い評価は『ANORA』のアミュレットの役割を果たしただろう。とはいえ、彼女が評価の理由として挙げたのは、『ANORA』の展開が、「エルンスト・ルビッチやハワード・ホークスのようなクラシックな映画の構造を思い起こさせた」点だった。

グレタが注目したのは、常識にとらわれない登場人物が矢継ぎ早にテンポのよい洒落た会話を繰り出し、さらに、ジェットコースターに乗ったように、次々と予測のつかないことに主人公が巻き込まれるスクリューボールコメディとしての構図についてだった。この分野で思い浮かぶのは、ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』(1940年)のロザリンド・ラッセルが演じる敏腕記者や、『教授と美女』のお堅い学者と出会うナイトクラブの歌姫だろう。また、ルビッチの『極楽特急』は富豪の未亡人に取り入り財産を狙う男の話だったが、『ANORA』では役割の性別が転換して展開していく。 

1940年代のハリウッドで人気を博したスクリューボールコメディのヒロインは頭の回転が速く、男性と対等に渡り合い、危険に飛び込む好奇心や自立心、冒険心を持っている。これらの要素は『ANORA』でマイキー・マディソンが演じる主人公に色濃く反映されているといえるだろう。とはいえ、当時は、アメリカ映画製作配給業者協会が1934年から実施していたヘイズコード(映画内の非道徳的表現を自主規制する規則)の時代だった。そのため、性的な描写はご法度で、『ANORA』はその点では大胆に逸脱している。 

ストーリーは、ニューヨークのナイトクラブでストリップダンサーとして働くアノーラが、ロシア語が少し話せることを理由に、ロシアの富豪の若者の相手に指名されることから始まる。彼に気に入られたアノーラは「契約恋人」として1週間、彼の豪邸で夢のような豪勢な消費生活に突入する。

アノーラ(マイキー・マディソン)

この展開を、簡単に「恋」と形容するのは腑に落ちない。マイキー・マディソンが演じるアノーラというキャラクターには、常に醒めた姿勢や視線が見え隠れする。顧客に夢のような愉楽の時間を提供し、表面上は従順なようで、与えられた制限時間の中でいかに彼らに金払いを良くさせるか、財布のひもを緩めるだけのサービスを即座に提案できるかを瞬時に判断する、ドライで頭の切れる女性としてアノーラは造形されている。

これまでショーン・ベイカーが描いてきた、不器用で賢い生き方ができないセックスワーカーとは違い、アノーラは店のトップダンサーであり、次なるステップを虎視眈々と狙う25歳の女性だ。そこに現れたのがマーク・エイデルシュテイン演じる御曹司、イヴァンである。「イヴァン(イワン)」という名前は、ロシアの民謡や、トルストイの「イワンのばか」など、金に無頓着で、純朴で愚直な男として描かれることが多く、今作では両親の膨大な財産を無頓着に湯水のように使っていく。

イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)

アノーラとイヴァンの関係は、一貫してイヴァンが彼女との時間を買うことで成り立っていて、金銭的なやり取りで結ばれたもの。自身の売りどころを分かっているアノーラはイヴァンの気が変わらないようにうまく立ち回り、豪華な宝飾品や毛皮のコートを手に入れ、ロシアへの帰国に不安を覚える彼に自分と結婚して、アメリカ籍を得る提案をする。即座にその案に乗ったイヴァンはラスベガスの教会で衝動的な結婚に至る。高揚感に包まれた2人の結婚当日の狂騒の夜は本作のピークであり、その後、彼らはとんでもないすれ違いを繰り広げることとなる。 

この映画では、イヴァンは表面的には享楽に溺れるバカな若者に見えるが、彼の両親は新興財閥、オリガルヒに属する一族であることは本人の口から最初に紹介される。ロシアのウクライナ侵攻以降、海外で暮らしていたオリガルヒが次々と謎の死を遂げていることを知っている観客からすると、イヴァンの今この瞬間のみの快楽に興じる姿は、ある種の時限爆弾を抱えて生きている人物でもあることが一目瞭然で、仮初めの結婚であろうと、おそらく彼が生涯で唯一度だけ、自分で決断し、誰の意志も介入することのない行動に出たことが見て取れる。ただのバカではない切なさをにじませるのは演者と演出の妙である。 

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