毎日膨大な曲がリリースされ、大手・中小を問わず新しいグループがデビューするK-POPの世界。そのすべてを網羅できる人などまず存在しないだろう。けれどそんな怒涛の状況においても、「押さえておくべき出来事」はリスナーたちの間で自然と共通の話題となっていくものだ。無謀な試みかもしれないが、本稿では直近の興味深いリリースを取り上げ、時評という形でK-POPの現在地に迫りたい。
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HYBEの新グループTUIDEのデビュー
夏の終わりに大きく注目されたのが、HYBE傘下の新レーベルであるABD所属のガールズグループ・TUIDEのデビューだ。
7人編成のグループで、韓国以外にアメリカ、イギリス、そして日本出身のメンバーが所属している。ちなみにSEOYEON (ソヨン)は絶大な人気を誇るTWICEのジヒョの実妹だ。統括プロデューサーはハン・ソンス。SEVENTEENなど人気グループが所属する韓国の事務所、PLEDISエンターテインメント(※)の創設者である。
※2020年にBig Hit(現:HYBE)によって買収されため、現在はHYBE傘下。現在のPLEDISに女性アーティストはいないが、過去にはソン・ダムビ、AFTERSCHOOL、ORANGE CARAMEL(AFTERSCHOOLのサブユニット)、PRISTINなどを輩出。また、ハン・ソンスのプロデューサーとしての仕事にはIZ*ONEやfromis_9なども含む。
ABDは、7月20日にTUIDEの公式SNSを開設してから情報を順次公開し、8月7日にはプレデビュー曲“GRLS”のパフォーマンスビデオを公開した。
2000年代のUKチャートから届いたようなソリッドな2ステップの上で、ミニマルでクリーンなコーデで揃えたメンバーたちが歌い踊る。サウンド面でもビジュアル面でもスタイリッシュな引き算のセンスが光るそのビデオは、シーンに大きなインパクトを与えた。そして、その高品質なトラックの秘密は、8月18日にデビューミニアルバムのハイライトメドレーが公開されると同時に明らかになる。なんと、TUIDEのデビューは2010年代に韓国ヒップホップシーンで頭角を現したプロデューサーデュオGroovyRoomがプロデュースしているというのだ。
そして満を持して8月24日にTUIDEは1stミニアルバム『TUNE&PLAY』でデビュー。タイトル曲(※)“SUN KISS”のビデオも同時に公開された。
※K-POPにおける「タイトル曲」とは必ずしもアルバムの表題曲という意味ではなく、アルバムのなかで最も力を入れてプロモーションされる、アルバムの主役となる曲のことを指す。音楽番組などでも基本的にはこの曲が披露される。
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まるでMONDO GROSSO? ブラジリアンハウス風の“SUN KISS”
驚くべきはその曲調だ。ボサノバ的なスキャットによるボーカルリフと、ダンサブルなハウスビート。その上に乗るのはメンバーが囁くように歌う、リラックスしたスムースなメロディー。ベースこそ現代的で重めな仕上がりになっているが、それ以外はまるで2000年代初頭に日本や欧州で流行ったブラジリアンハウス / ラテンハウスのようだ(※)。公開直後からSNSでMONDO GROSSOやJazzanova、U.F.O.(United Future Organization)などのクラブジャズ / ラテンハウス周りのアーティストを連想する人が続出したのも、無理のないことだろう。
※そもそもこの曲のサンプリング元がイタリアのSovienteによる2001年のブラジリアンハウス曲“Copacabana (Escape From Rio) (Copacabana Dream Mix)”である。
さらに収録曲“Echo”ではジャネット・ジャクソンの2001年曲“All For You”のメロディーを引用し、アップテンポなハウスを披露。“Flip-Flop Girl”ではなんとGファンク的なシンセを取り入れながらも、チャーミングなポップスへと着地する。玄人好みな過去のサウンドを、絶妙な角度から再解釈する手腕には、多くの音楽好きが唸らされた。
とはいえ、Y2Kなサウンドを取り入れること自体は、K-POPに限らず現代のポップスではありふれた手法だ。TUIDEの新味はそこにはない。それはむしろ、作品が醸し出すナチュラルで心地よい「ムード」を重視した、精緻なバランス感覚にこそ見いだせる。トラックの完成度はどこまでも高いのに、力みすぎずさらりと聞き流せる。パフォーマンスもメンバーの自然なグルーヴを重視しており、レイドバックした仕上がりだ。
“SUN KISS”の映像に異様なほど引きの画が多く、画面の彩度が抑制的で、そのうえ顔に影が落ちるシーンまである事実は見逃せない。ここでの目的は、表情の作り込みや肉体の躍動感を前面に出すことにはない。それは、ゆったりとした空気感を醸成する「風景の一部」として、TUIDEのメンバーを捉えることなのだ。
ヒップホップ、R&B、ハウスなどの蓄積を、考え抜かれたアートワークとともに、ひとつの洗練された「ムード」へと統合する。アイドル個人の存在感から一歩引き、世界観や空気感そのものを、的確なエディトリアル感覚でパッケージングする。それこそが「Tune the Tide」というグループ名――「流れを調整する」が意味するところなのだろう。
「TUIDE」というプロジェクトの完成度の高さは圧倒的だ。ただここまで周到に設計された成果物をみると、多少ローカルなアクを残しつつも聴き手を圧倒する勢いが感じられた、一昔前のK-POPとの違いを感じずにはいられない。
実際、欧米市場への受容がここ数年で急速に進んだのに従い、「K-POPらしさ」が失われていると違和感を表明するリスナーも増えてきた。そしてそれについての発言が、思わぬ形でアイドル側からなされることになる。
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議論を巻き起こしたSEVENTEENバーノンの発言
8月16日、米『ハリウッドリポーター』が、業界を代表する人気グループ、SEVENTEENのバーノンにインタビューした。グループのメンバー・THE 8とのコンビ「V8」としてリリースした、同名ミニアルバムについて質問するためだ。
トップアイドルの彼が、現代のK-POPについて発言した内容(6:24〜)は、多くのリスナーの間で激しい議論を巻き起こした。
(デビューしてからの業界のトレンドやサウンドの変化について聞かれて)K-POPは「K-POP」というより、どんどんアメリカのポップスに近づいている気がします。みんなもよくそんな話をしていて。だから、自分が小学生だった頃の、Wonder GirlsやBIGBANG、2NE1がいた、2000年代や2010年代前半に戻りたくなるんです。
それっていうのも、K-POPのプロデューサーたちが常にアメリカのサウンドを取り入れて、自分たちのスタイルに落とし込もうとしてきたからだと思うんです。ただ、いまやそれがちょっと上手くなりすぎてしまったのかなと。それこそK-POPと(アメリカの)ポップスの区別がつかないレベルで。まあ、区別しようと思えばできますけど、その差は本当にどんどん縮まってきていますよね。
(上記YouTubeより、筆者訳)
この発言はファンによって切り抜かれて拡散され、中には500万以上のインプレッションを獲得したものさえあった。その拡散のスピード自体が、バーノンの感覚を共有するリスナーが、いかに多かったかを反映している。
HYBEの創業者でありBTSのプロデューサー、パン・シヒョクは、2023年に「K-POP」から「K」を切り離す必要がある、という発言を行った(※)。この見解は誤解を招くことが多かったが、K-POPのアイデンティティを否定し、欧米に同化すべきだと主張しているわけではない。それはコアファンへの依存や地域的制限といった、既存のビジネスモデルが抱える成長の限界への危機感に基づいたものだ。
※이선희(イ・ソニ), 정주원(チョン・ジュウォン). “[단독] 방시혁 “K팝에서 K를 떼야 산다…이대로면 성장 한계 명확””([独占] バン・シヒョク「K‐POPからKを外してこそ生き残れる…このままでは成長の限界が明らか」). 매일경제신문(毎日経済新聞). 2023.
https://www.mk.co.kr/news/culture/10868702
K-POPの制作ノウハウやシステムを「グローバルな普遍的価値」として再定義し、欧米をはじめとする、より広大な市場へとアプローチする。ここまで巨大化した産業にとっては、自然な戦略的目標転換だ。
その後、HYBEがGeffen Records(米国)と制作した現地化グループKATSEYEは異例のグローバルヒットを収め、K-POPの育成・プロデュース手法が欧米で通用することが立証された。さらに欧米のアニメスタジオが韓国のTHE BLACK LABELと協業した英語のNetflix作品『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は世界的なブームとなり、その主題歌“Golden”はK-POP関連楽曲として初となるグラミー賞を受賞。K-POPという「概念」そのものが、コンテンツとして欧米のメインストリームへ受け入れられるに至った。これらの事例は、パン・シヒョクの正しさを強く裏付けたといえる。
BLACKPINKとBTSの大成功以降、K-POPはキャズムを超え、言語や国籍を超えてグローバル市場へ訴求しうる、ポップカルチャーの普遍的文法へと進化を遂げつつある。この流れを、そうまとめることはできるのかもしれない。だがそのような勝利の裏で、なぜこれほど多くのリスナーがいまのK-POPは「K-POPらしくない」と感じているのだろう。
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「K-POPらしい / らしくない」論争の背景にあるもの
ひとつの理由としては、欧米のトレンドやリスナーの視線を、もはや無視できなくなったことが挙げられる。
作曲に欧米の作家が参加していても、違いを生むのは集まった楽曲からどれを選び、どういった歌詞を載せ、どのようなプロダクトへパッケージングするのかという点だ。それは制作会社やプロデューサーの裁量に委ねられている。彼らが国際化する市場のニーズに応えようとするなら、リスナー層や欧米チャートの動向から、影響を受けずにはいられない。欧米がアジアに並ぶK-POPの重要市場になったいまでは、K-POPにも欧米のポップシーン、つまり「グローバル」ポップのトレンドへの同調圧力が、これまでとは比べ物にならない強さでかかってくる。
「K-POP」から「K」を切り離す。この言葉が、時代の変化とともに文字通りの現象になりつつあるのではないか。長年このジャンルを追ってきたリスナーからそうした懸念が出てくるのは、自然な流れだろう。
そしてこれがさらに加速すればどうなるのか。韓国のアイドル批評ウェブメディア『Idology』上でのクィビ(퀴비)氏の論考(※)が指摘するように、それは「韓国の事務所が手がけている」点に注目する理由の弱体化である。
※퀴비(クィビ). “2026 아이돌팝 세대론 : 4세대에서 5세대까지 ③” (2026年アイドルポップ世代論:第4世代から第5世代まで③). IDOLOGY. 2026.
https://idology.kr/18936
K-POPの制作メソッドやノウハウが真に国境を超えた普遍的なものならば、その担い手が韓国企業である必然性は失われる。韓国がシステムの「発祥地」であり続けたとしても、より大きなスケールでそれを上手く運用するプレイヤーが現れれば、主役がそちらへ取って代わられる可能性も否定はできない。実際フィリピンのBINIのように、K-POPの方法論を採用したアイドルグループのデビューは、東南アジアを中心にここ数年で増加している。
もちろん業界側もただ手をこまねいているだけではなく、次々と新たな実験を行っている。その代表格がCORTISだ。
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ストリートカルチャーとアイドルのミスマッチにあえて挑んだCORTIS
2026年7月18日、HYBE傘下レーベルの新人グループCORTISの、初の単独ツアー『PUT YOUR PHONE DOWN』が仁川インスパイアアリーナでスタートした。
2025年8月にデビューしたCORTISは、ここ数年のK-POPの新人のなかでも、最も大きなインパクトをシーンに与えたといえるだろう。
プレイボーイ・カーティ、トラヴィス・スコット、Fakeminkなどからの影響を感じさせるトラック。等身大の韓国の若者のリアルな実感が込められたリリック。ラフで遊び心のある、ストリートテイスト満載のビデオや振り付け。それらすべてにメンバーたちが意見を出し、作詞作曲もする。全方位の自主制作を貫く本格的ヒップホップグループだ。
ここまであらゆる側面における「メンバーの関与」を前提にしているのは、やはり前述のクィビ氏の論考で指摘されているように、それがグループの「オリジナリティー」を証明する手段だからだろう。
世界中にK-POP的システムが広がったとしても、模倣不可能な「個」の創造力を提示できれば、飽和する市場のなかで万が一にも埋没することはない。強い「個」の存在が前提となるヒップホップが召喚されたのも、必然的な帰結といえる。
むろん自主制作アイドルはこれまでも存在したが、それがライバルとの差別化を図るための大きな強みであった時代から、K-POPシステムそのもののコモディティー化からグループの固有性を守るための防壁へと変化しているのは、時代の要請と無縁ではないはずだ。
SoundCloudやBandcampに作品を投稿する、アンダーグラウンドな若い男性「クルー」が、なぜか大手事務所からデビューしたような異様な構図。CORTISはまさに、このアイドルシーンとストリートカルチャーのミスマッチを、「代替不可能な固有性」へ転換することを狙っていたのだ。
CORTISは結果的に多くのリスナーの関心を引きつけ、凄まじい人気を獲得した。その勢いといえば、2ndミニアルバム『GREENGREEN』の発売初週の売上が231万枚を記録したほどだ。