世界を震撼させたポン・ジュノによる『パラサイト 半地下の家族』から数年。同じく韓国を代表する映画監督パク・チャヌクが新作『しあわせな選択』で突きつけたのは、中流家庭すら一瞬で飲み込む格差社会の更なる深化だ。
突如として解雇されたエリート技術者が、再就職のために選んだ手段は、ライバル候補者の殺害。イ・ビョンホンを主人公マンス役に据え、ドナルド・E・ウェストレイクの小説『斧』を映画化した本作は、資本主義という巨大なシステムに最適化されていく人間の悲喜劇を、皮肉たっぷりのユーモアとともに描き出す。本作について、ライターの長内那由多がポン・ジュノの最新作『ミッキー17』との対比も交えながらレビューする。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
『パラサイト 半地下の家族』への返歌。中流家庭にも格差社会の過酷さを突きつける!
「おぉ……秋よ、来い」。
『しあわせな選択』は主人公マンス(イ・ビョンホン)が人生の全てを叶えたと実感する場面から始まる。製紙メーカー勤続25年の「パルプマン」。生家を買い取ってリフォームしたマイホーム。美しい妻イ・ミリ(ソン・イェジン)と2人の子どもたち。庭を愛犬が駆け回り、大黒柱の特権たるバーベキューに興じる――。

ところが彼は突如として解雇を言い渡される。会社がアメリカの資本家に買収されたのだ。組合を結成して声を枯らすも、耳を傾ける者はまばら。3カ月が経ち、失業保険が打ち切られると家族の生活もこれまで通りとはいかなくなる。妻は習い事をやめ、Netflixすら解約せざるを得ない。失業とは多くの者にとって自尊心を傷つけられる瞬間である。さらに13カ月が経ってもマンスの再就職は叶わず、慣れないアルバイト生活にプライドは傷つく。目指すは同業他社の管理職。あのポストをいったい何人が狙っているのだ? マンスは「仕方がない」と自分に言い聞かせる。再就職のためには、競争相手を殺すしかない。
劇中、マンスが何度も口にする「仕方がない」とは本作の原題『어쩔 수가 없다』(英題=No Other Choice)を意味する。パク・チャヌクがドナルド・E・ウェストレイクの小説『斧』を脚色した本作は、韓国映画を頂点たらしめた『パラサイト 半地下の家族』(2019年 / ポン・ジュノ)への一種の返歌のように始まる。半地下暮らしの家族が這い上がれないように、過酷な格差社会はマンスら中流も一瞬で突き落とす。マンスは自分よりも能力の高い候補者を見つけ出すと、彼らを1人ずつ殺そうとする。
INDEX
イ・ビョンホンが中年男性の悲哀・滑稽さを表現。主人公マンスの人間味
ユーモアと暴力、優美と過剰を混在させたチャヌクの演出は今回、笑いもふんだんに織り込まれる。マンスを演じるのはイ・ビョンホン。鍛え上げられた肉体と隙のない容姿がハリウッドではアクション俳優として消費されるに留まったが、ここでは珍しく中年男性の悲哀を等身大で演じ、観客の共感を誘う。労働者の権利を謳うマンスを、同僚たちは「人間味がある」と評する。趣味は庭いじり。手入れが行き届かず枯れた植物を見るだけで心を痛めるような男だ。殺しのターゲットを誘い出す謳い文句は「機械の歯車ではなく、家族を求めます」。無意識ゆえか、願望が滲む。

しかし、排除すべき競争者たちもまたAI化によって路頭に放り出された憐れむべき失業者である。自尊心を失い、酒に溺れ、家族に対して心を閉ざしている。社会システムは最適化した労働者だけを拾い上げるべく、下層に転げ落ちた者たちを殺し合うよう仕向ける。私たちは本来、互いに手を取り合うべき存在ではないのか? 銃を向けても憎しみなど湧くわけもなく、マンスはむしろシンパシーを覚え、影響すら受けている。筆者の頭をかすめたのはApple TVのドラマシリーズ『セヴェランス』。「会社と私生活の人格を分離する(=severance)」というダークなユーモアのSF設定は、対立する2つの人格から社会は分割統治されているのだと風刺していた。
