大変だ。2026年4月まで開催される『攻殻機動隊展』がすごいことになっている。初日に先駆けて開かれたメディア向け内覧会に参加してきたところ、面白いところが多すぎた。このレポートは長くなってしまいそうだ。
世界中にカルト的なファンを持ち、数えきれないほどのクリエイターに影響を与え続けている『攻殻機動隊』シリーズ。本展は史上初となる、その歴代アニメ作品を横断する網羅的な展覧会である。
士郎正宗が原作漫画を発表してから37年、初アニメ化作品である押井守監督『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)公開から30年(と、少し)。ついでに言うなら作中で公安9課が結成されるのは2029年なので、現実世界が作品世界に追いつくまではあと3年だ。そんな今・2026年に、改めて『攻殻機動隊』という「神作」を見つめ直す意義は大きい。それはおのずと、自分たちの生きる現代社会や、自分自身の魂の在処について考えることにもなるはずだ。
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ARグラスで擬似電脳化を体験
何よりまずお伝えしたいのは、本展の来場時にはぜひとも「電脳VISION」を体験すべし、という点だ。「電脳VISION」とはARグラスを使った展示解説機能で、従来の展覧会で言うところの音声ガイド機……が、「攻殻み」たっぷりにアップデートされたもの。別途料金(1,500〜1,700円)が必要にはなるが、この「擬似電脳化」体験が与えてくれる興奮を思えば、スルーしてしまうのはあまりに惜しい。


ARグラスはメガネの上からも着用可能だが、できればコンタクトレンズの方がおすすめとのこと。両サイドのセンサーを隠してしまうと反応が悪くなるため、長髪の人や少佐ヘア(前下がりボブ)の人は髪をまとめられるようにしておくといいかも。
スマホ的な専用端末機の入ったサコッシュとARグラスを受け取ったら、展示室内のマーカーをスキャンしてガイドを楽しんでいく。視界がどんなに素敵なことになるか写真でお伝えできず非常にもどかしいが、とにかくタチコマ(ガイドしてくれる作中の人気キャラクター)が可愛すぎる! さらに、会場内の解説のある展示物だけが光って見えたり、視線を動かすだけでガイドが始まったりと、サイバー感たっぷりで胸が躍る。タチコマによる解説そのものも、なかなか突っ込んだ発言があって満足度が高かった。
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シリーズ全作品を網羅した情報の海へ
展示は大きく3つのパートに分かれている。ギャラリーAを丸ごと使ったデジタルインスタレーションと、ギャラリーBでのアニメ制作資料の展示、そしてその合間に点在する現代アート作品の展示である。まずはギャラリーAのインスタレーションから観ていこう。

TOKYO NODEの巨大な半球スクリーンいっぱいに漂う、データの粒たち。これらは「攻殻機動隊」シリーズ全アニメ作品の、全てのシーンの断片である。

会場内に設置されたコントロール装置を操り、来場者は自分の観たい情報にアクセスすることができる。お気に入りのシーンを観られるのも嬉しいが、闇鍋のような情報の海へザブザブと潜っていく、その感覚自体が何より面白い。まさにこの場所が、作品世界に出てくる「電脳空間」そのものになっているのだ。
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1600点を超える貴重なアニメ制作資料①「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」

一転して、ギャラリーBはシンプルな展示台が並んだアナログかつストイックな空間。ここでは、歴代アニメ作品ごとの膨大な制作資料を観ることができる。設定資料、背景美術、絵コンテ、原画、セル画……厳選されているとはいえ、それでも展示総数は1600点を超えるという。

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のエリアより。もはや説明不要とも思われる、少佐が夜の闇に消えていく冒頭シーン! 細かい揺れや消し跡の残る鉛筆のラインは、描いた人の手の動きを生々しく伝えてくれる。これぞ、原画と直に対面するから味わえる醍醐味である。

絵の美しさだけでなく、書き込まれた指示やコメントにも注目だ。「人形使い」の表情に関する「重要!」と書かれた資料では、顔の各パーツについての5行にわたる細かい指示のあとに「判ってるよね?」とのコメントが書き込まれていて笑ってしまった。作画陣への信頼なのか圧なのかは判別できないけれど、創作現場に満ちる人間らしいエネルギーを感じた一枚である。
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貴重なアニメ制作資料②「攻殻機動隊SAC」

もう1エリアご紹介しよう。「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」のエリアは、TV放映時のエピソードごとに展示がまとめられているため、観たいシーンを探しやすくてありがたい。それにしても、同じ漫画を原作に持ちながら、これほど多様なアニメ作品が生み出されていることに改めて驚きである。歴代監督それぞれの解釈や表現を同じ会場で横並びに観賞できる本展は、つくづく貴重な機会だと思う。

物語のクライマックスでのタチコマ。仲間を守るため奮闘する彼らの想いが線の一本一本に込められているようで、心が揺さぶられる。こういう絵を見ると、どう考えてもここには描き手のゴースト(魂)が宿っているとしか思えない。必見である。
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放映前の新作シリーズ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』の制作資料も初公開
全ての作品について触れられないのが残念だが、会場には他にも『イノセンス』『攻殻機動隊 S.A.C 2nd GIG』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』『攻殻機動隊ARISE』『攻殻機動隊 新劇場版』『攻殻機動隊 SAC_2045』それぞれのエリアがある。さらに驚くべきことに……。

2026年7月放映予定(展覧会会期中は未公開!)の新作『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』(制作:サイエンスSARU)の制作資料まで展示されている! 放映前の作品の資料が先駆けて公開されるのはとても珍しいことなのだそう。全アニメ作品を網羅する、というこの展覧会の強い意志を感じさせる展示なのでぜひ注目を。

ARゴーグルを使ったガイド「電脳VISION」の締めくくりでは、シリーズを象徴する「ネットは広大だわ」のセリフとともに、夜の街にダイブしていく主人公の名シーンがAR技術で再現される。取材時も十分胸が熱くなった演出だが、これは夜に見たら更に鳥肌ものになりそうだ。TOKYO NODE(45階)の窓は日没後にはロールスクリーンが上がり、展示の背景にリアルな東京の夜景が広がるからだ。詳細は展覧会公式HPで参照いただきたいが、基本的に月 / 金以外は21時までやっているようなので、敢えて夜間を狙って会場を訪れるのもおすすめである。
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空山基作・草薙素子をモデルにした「未来の身体」
さて、通常のアニメ原画展ならここで鑑賞レポートが終わるところだが、本展にはもうひとつの大きな展示の柱がある。『攻殻機動隊』の世界にインスパイアされた、作品愛あふれるアーティストたちによるコラボレーションアートの展示である。

中でもとりわけ存在感を放っているのは、現代美術家・空山基(そらやまはじめ)による世界初公開の新作彫像『Sexy Robot_The Ghost in the Shell type1』だ。本作は「未来の身体」をコンセプトとして、「攻殻機動隊」の主人公・草薙素子をモデルに制作されたものだという。
空山基は1970年代からロボットの女性像を描き、人体と機械の境界や美学を追求してきた作家だ(ちなみに、Aerosmithのアルバムジャケットやロボット犬・AIBOのデザインでも知られる)。『攻殻機動隊』原作者の士郎正宗とは往復書簡を送り合うほどの親交があったそうで、2026年公開の新作アニメでもタイトルロゴのデザインで制作に携わっている。

アルミニウムやABS樹脂、銀鏡塗装などを用いて生み出されたつややかな身体は、とにかく眩しい。強い反射光を纏った金属の肌は、確かにそこにいるのに決して触れられないような、不思議な感覚を呼び起こす。未知ゆえの神々しさがある一方で、理想的なカーブを描く肢体は言い逃れようなくエロチックでもあり……神像をいやらしい目で見てしまったような気まずい気分になるが、作家は昔のインタビューで「おそれ多い人はセクシー」だと語っているから、この感情はまさに作家の思惑通りなのかもしれない。
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『攻殻機動隊』リスペクトの現代アートが凄い!

他にも、コラボレーションアートはギャラリーBのあちこちに点在している。例えば「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」のエリアには、『笑い男になる鏡“Laughing Man Mirror”』という面白い作品がある。作中に登場したサイバーテロ事件・通称「笑い男事件」のように、カメラに映った鑑賞者たちの顔がリアルタイムでマスキングされるというものだ。これで、私もあなたも笑い男。作品世界が現実をハッキングしてきたかのような感覚に、不謹慎かもしれないがワクワクしてしまう。

個人的に本展で最も興奮したのが、「AI監視社会のカモフラージュ」というアパレル作品である。この衝撃的なTシャツは……なんと身につけることで、監視カメラの画像認識AIから「人間として認識されづらくなる」機能を持っている。デザインプリントに、機械学習への対抗手段であるAdversarial Patchという手法を使っているのだという。

会場では実際に監視カメラ&モニターの前でTシャツを身体に当てて、その効果を確認することができる。筆者は人間みが強い(?)のか人間として認識されてしまって悔しかったが、撮影に協力してくれたスタッフさんは画像認識AIから見事に姿をくらましていた。『攻殻機動隊』の十八番である光学迷彩をイメージした画像エフェクトも相まって、感動に震えた瞬間だった。
最後にもう一点、『EGO in the Shell』にも触れておきたい。本作では作家自身のリアルな思い出の画像(写真)と、生成AIによって造られた「サイボーグ女性として生きる一生」の思い出画像とが重ね合わさり、結婚式のプロフィールムービーのような、あるいは走馬灯のような映像を形づくっている。

眺めているうちに、どこからが造られた記憶でどこまでが本当の記憶なのか、不気味なほど境界は曖昧になっていく。もしかしたら、こうだったかもしれない、そう言われてみればそんなような気もする。人間の記憶は上書きを繰り返して都合よく保存されていくものだからこそ、ぞっとする。例えば自分の写真で同様の映像が製作されたとしたら、自分は生身の人間であると自信をもって断言できるだろうか? そう考えると、全く自信が持てない。これは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の主人公の不安に通ずるテーマと言えるのではないだろうか。