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パレスチナ拠点のアーティストによる「抵抗」のインスタレーション作品

音楽や映像、文章、インスタレーションやパフォーマンスなど、さまざまな表現で精力的に作品を発表している、バゼル・アッバスとルアン・アブ゠ラーメは、共にパレスチナを拠点に活動するアーティストコレクティブだ。
愛知芸術文化センター 8Fに展示されている映像インスタレーション『忘却が唇を奪わぬよう:私たちを震わせる響きだけが』は、過去10年にわたって継続するプロジェクトの作品だ。インターネット上に投稿された動画を収集した映像のサンプリング。さらに、今、消し去られ続ける危機にあるパレスチナの風景を新たに撮影し、本芸術祭のために再構成したものだ。
薄暗く奥行きのある展示室では、パレスチナの分離壁を彷彿とさせる巨大な壁面や、床に置かれたコンクリートのオブジェクト、スチールパネルに、さまざまな場で歌い踊る人々の姿が断続的に映し出されていく。一つひとつの踊りやステップ、詩に込められているのは、剥奪や強制移住など、そこに暮らしてきた人々を抹消しようとするものへの「抵抗」だ。

会場でインタビューに応じてくれたバゼルは作品について、「その抵抗への敬意を示したものであり、それが本作の核だ」と語る。また、作品を通して描いたのは「パレスチナをはじめとする地域の人々だけではなく、世界中で、意図せず移動を余儀なくされてしまった人たち、人間の抵抗、コミュニティにおける抵抗、そしてレジリエンスである」とも話してくれた。
今日本に暮らす私たちは、明日をも知れない命の危機が迫っている状況ではないかもしれない。戦禍の人々の深刻さや切実さと意味合いは異なるが、例えば、日々の自由を制限されていたり、移動がままならなかったり、社会やコミュニティから疎外されて孤立したり、孤独に過ごしていたりする人々が、日々対峙している現実とも、どこかしら重なるように思える。
そうバゼルに投げかけると、「パレスチナの状態は、世界中の人間が共鳴できるものでしょう。私たちにとってこれはまさに『人間の条件』であり、非常にシンプルなことです。また、ケアをする、配慮をする、そうした行動が、コミュニティを作り出すのです」とも答えてくれた。

本芸術祭では、西欧諸国による植民地支配の歴史、資本主義や帝国主義の歴史を扱った作品がいくつも観られる。アートワールドの中心も長らくアメリカを含む西欧諸国に置かれ、バゼル自身もロンドンやニューヨークで学んできたが、「これまでは、こちらから向こうへ一方的に対応しなければいけない、と、どこか条件付けられていたように思います。しかし今後は変えていくことが大切」と述べた。
そして日本の観客にむけ、「この芸術祭への招待を受けたとき、もちろん行きます、と、すぐにお返事しました。日本はアジアの東に位置していますが、パレスチナはアジアの西にあります。今後も自分の作品をお見せしていきたいですし、関係性を構築し、互いの歴史を学びあい、共に進んでいくことが大切だと考えています」と語ってくれた。
パフォーミングアーツプログラムのキュレーションを担当した中村茜は、特に本作を「今この芸術祭で一人でも多くの観客に観てほしい」と話していた。日本で日々報道されているパレスチナの姿を見ると、戦場のイメージしか持てないかもしれない。しかし、私たちと同じように暮らし、創作活動を続けているアーティストもいる。そんな当たり前のことを、本作からほんの少しでも感じてもらえたら、と思う。なお、映像や音楽に重なる英語とアラビア文字のテキストは、展示室に日本語訳の資料が置かれている。ぜひじっくりと目を通してほしい。