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20年ぶりの来日公演、ダンスカンパニー Black Graceによる圧巻の『Paradise Rumour』
今回が日本初演となった『Paradise Rumour(パラダイス・ルーモア)』(公演終了)。200席に満たないコンパクトな愛知県芸術劇場小ホールで目の当たりにした彼らのパフォーマンスは、まさに圧巻の一言だった。
ダンスカンパニーBlack Graceによる本作は、『シャルジャ・ビエンナーレ』(2023年)のコミッション作品として、キュレーターのアル・カシミと、主宰するニール・イェレミアとの対話から生まれた。人々が太平洋の島々に抱く楽園(パラダイス)のイメージの裏にある、差別や偏見にさらされた移民コミュニティの歴史や、彼らが辿ってきた時間を、「希望と抵抗」「悲しみと受容」「抑圧と解放」「信仰と危機」を象徴するダンサーが、躍動感溢れる力強い動きで表現する。
オープニングで雲海のようなスモークに包まれると、瞬く間に物語の世界へ連れて行かれるような感覚を覚えた。壇上に横たわる男性の背中に、痛々しいほどいくつもの矢が刺さっていることに気づいて息をのむ。

ビートを刻む明るい音楽で場面が転換していっても、聞こえてくるナレーションでは、1800年代にやってきた英国の宣教師たちが、サモアの伝統宗教を破壊していった歴史や、1900年代半ばに起こった移民をめぐる歴史が語られ、パフォーマンスの一つひとつにさまざまな想像と感情がめぐっていった。


クライマックス、鬼気迫るダンサーらの姿と息遣い、静と動の対比に、今も終わっていないコロニアリズム(※)の歴史を、アジアの島国に暮らす現代の私たちはどう考えていくのか、切実に問われている感覚を覚えた。
※植民地主義。国境外の領域を植民地として獲得し支配する政策活動と、それを正当化して推し進める思考で、大航海時代から20世紀後半にかけて、ヨーロッパ、アジアの強国が特に盛んに行った。

Black Graceは、サモア系ニュージーランド人の振付家イェレミアが、1995年に設立。先住民のマオリなどにルーツを持つメンバーで構成され、オークランドを拠点にコンテンポラリーダンスの新たな可能性を切り拓き、国際的な注目を集めている。
彼らは作品を通して、抑圧的な男性性や植民地主義の暴力、失われた文化史など、苦難に満ちたテーマを取り扱ってきている。今回、20年ぶりの来日公演が実現し、この『Paradise Rumour』を目の前で体感できた経験は、非常に意義深かった。
余談だが、マオリといえば、ラグビー好きなら、ニュージーランド代表オールブラックスと、彼らが国際試合前に行うハカを連想するだろう。マオリの人々にとって非常に重要な伝統舞踊だが、そもそもなぜ行われるのか、どんな意味合いがあるのか、理解している人は多くないかもしれない。
しかし、なんとなくでも気になる瞬間があったなら、その理由や背景にあるストーリーを、ほんの少し踏み込んで調べてみてほしい。本芸術祭にも、ありとあらゆるところにそんな出会いのきっかけがあるだろう。思いがけない気づきから、点と点がつながり、一瞬にして世界が違って見えてくる。そんな劇的な体験ができるのも、芸術の魅力だと思うのだ。