INDEX
一人の人間を演じるために、社会のムードは見つめていたい
─オダギリさんが用意された設計図≒脚本は、独特のテンポ感と心地よい笑いが根底にあります。ゆるやかなお笑いは、現場の波長が合っていないと難しいように感じますが、いかがでしたか?
池松:現場の雰囲気をチューニングするために出演者たちで協力し合うというのはもちろんあるんですが、オダギリさんが指揮者として圧倒的なこだわりを持ってシーンの空気を導いてくれるので、それに対して俳優たちは答えていく、ということをドラマの時から続けてきたように思います。

─オダギリさんの指揮に応じていたら、あのようなグルーヴが出来上がったということですね。
池松:そうですね。自由で滑稽、洒落た愛嬌があって、このユニークな物語をみんなで笑って楽しみながら、そのことを喜びながら加担していくような感じです。本作にとって、独特のユーモアは何よりの強みとなっています。混沌とした世界にラジカルな力をもたらし、混沌や停滞を笑いという抵抗で包み込むような意思を感じさせます。オダギリさんの指揮のもと、皆がこのグルーブを作りだすための努力を持ち寄った結果だと思います。
─物語の冒頭、一平は自らを「正義感が強い」と表現しています。正義という言葉は、立場や状況によって揺らぐものでもありますが、池松さんにとって「正義」とはどのようなものだと感じていらっしゃいますか?
池松:難しい質問ですね。色んな正義がありますよね。身近な正義には関心がありますが、そうではない声高の正義みたいなものには、昔から疑いを持ち続けているかもしれません。
日本が第二次世界大戦に踏み出したあの頃からなのか、大多数の中で擦り切れるほど使われてきた正義という言葉は、ほぼほぼ正しく使われていないのではないかと思います。時の政府や、権力者にとって不都合なものを隠すための正義なのかなと。現代においてもそうですが、正義という建前で行われることに、良いイメージがほとんどありません。正義とは結果であって、前提では決してないのではないかと思います。男性優位で進めてきたこの社会で、正義というものを盾に様々なものを犠牲にしてきてしまったのではないでしょうか。

池松:正義って物語において美談として語られやすい側面がありますから、物語に関わる人間として、そこにはきちんと疑いを持って、本質を探し続けていたいなと思います。
─時代や環境によって、「何が正しいのか」という価値観は揺れ動きやすいものだと思います。そんな中でも、池松さんご自身は揺るぎない信念をお持ちのように感じられます。多忙な日々を送られている中でも、社会に向けたまなざしを忘れずにいるために、意識していることはありますか?
池松:語れるほど意識できているわけでも、努力を積めているわけでもないんです。でも映画を生み出し、物語を届けるという仕事に携わる中で、時代や社会のムードを見つめることはとても重要なことだと思っています。現代ではビジネス的観点で社会を見つめることが重要視されますが、根本的には、それでは人々の物語を語ることはできないと思います。何が正しいのかわからない、神なきところで物語を創造し、役という一人の人間を作り上げることは、崇高さと危険性をはらんでいると思います。
今は情報が氾濫していて、情報を追うのにもものすごい時間と労力、ストレスがかかってきますが、本質をとらえるためにも、そうした作業はなるべく生活と切り離さないようにしています。まだまだ勉強が足りないなと痛感するばかりですが。
─俳優仲間や、ご友人などとは社会問題のお話などはされるんですか?
池松:ごく限られた人のみとは話をします。ですがこうした取材の時が一番話していると思います。話題としてふられることが多いので。俳優仲間たちとの間では、社会的な話はなかなか出てきません。関心は比較的低いほうかなというのが実感です。

池松:俳優仲間に限らず、話したい気持ちはあります。今世界ってこうなっているよね、この問題にはこういった面があるよね、と話し合っていくのが本来の社会のあり方だと思うので。でも社会的な対話をする環境や文化が、この国には根本的に根付いていないと思いますし、むしろ封じられ、極力避けられてきた感覚もあります。
─では、もっと今後は話していきたい?
池松:はい。環境や人のせいにしたまま変わらないのはよくないので、周りの人とあらゆることを対話しながら、身近なところから改善し、映画の中でも社会との対話を大切にしていきたいと思っています。

『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』

2025年9月26日(金)全国公開
脚本・監督・編集・出演:オダギリジョー
出演:池松壮亮、麻生久美子、本田翼、岡山天音、永瀬正敏、佐藤浩市、深津絵里ほか
配給:エイベックス・フイルムレーベルズ
© 2025「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」製作委員会
公式サイト