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ではノーラン監督は何を描こうとしたのか? ヒントは『TENET テネット』に
たしかにノーランが言うようにオッペンハイマーは広島、長崎の惨禍を直接目にしてはいなかったし、のちに1960年に来日した際にも広島、長崎を訪れることはなかったという(註13)。
だが、彼は原子爆弾の直接的な被害者である日本の研究者と積極的に交流している。仮に物語のなかでオッペンハイマーに「反核」的なメッセージや核開発に対する自省を述べさせたいのであれば、実際に面識のある湯川や朝永ら日本人研究者を登場させ、たとえそれが架空のものであったとしても、彼らとオッペンハイマーが原爆投下について議論するシーンを盛り込むなど、やりようはあるのだ。

率直に言って、私はクリストファー・ノーランという監督が、現実の社会に対する変革を求めるような、いわゆる「社会派」的な関心からオッペンハイマーという人物を映画の題材に選んだと思わない。
むしろ、この映画で描かれるロスアラモスや原爆投下後の世界は、それ自体が『インセプション』(2010年)における夢の世界や、『TENET テネット』(2020年)で描かれる時間遡行のような、現実から分岐した、いかにもノーラン的なマルチバース、映画的「虚構世界」であるように感じられる。
じつは2020年に公開された『TENET テネット』には、本作の構想を暗示させるような象徴的な台詞が存在していた。
物語の終盤、主人公の問いに答えてある人物が語る「マンハッタン計画を知ってる? 世界初の原爆実験でオッペンハイマー博士は核分裂の連鎖反応(チェインリアクション)が世界を飲み込むことを恐れた」という発言がそれだ(※)。
※編注:「第三次世界大戦を止める」というミッションが課せられた人物が主人公の『TENET テネット』と『オッペンハイマー』の関連性について、監督はNHKの取材に「『テネット』を作った後、私は、現実世界における核の脅威の意味や、あのような形で世界に解き放されたことについて考えました」と回答している(外部サイトを開く)