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映画『落下の解剖学』を解説。社会的な地位のある女性が直面する不公正をどう描いたか

2024.2.22

#MOVIE

©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas

トリエ監督が、夫婦の息子ダニエル役に託した希望

本作は、そのタイトルの通り、ある人間の落下の原因を「解剖」する内容となっている。そして、腑分けしていくと、現代におけるジェンダーの問題が密接にかかわっていることが、裁判というフィルターを通すことで、詳細にわかってくる。つまり1人の人間の死が、この社会の姿をまざまざと映し出すのである。その点においても、本作の脚本は圧倒的に優れているといえる。

弁護士のヴァンサンが劇中で述べている通り、じつは本作は、「真実そのもの」は焦点とはならない。そもそも、裁判のなかで完全無欠な真実が再現されたことなど、有史以来なかったはずである。あくまで裁判は、法律や判例を基に、揃った材料のなかで「妥当とされる真実」を明らかにするものである。そして現実の裁判における判決が真に正しかったかどうかは、少なくとも当事者以外にわかる者はいないはずだ。だからこそ、判決に先入観や、歪んだものの見方が影響することは、なおさら避けなければならない。

左からサンドラ、ヴァンサン役(スワン・アルロー) / 『落下の解剖学』場面写真 ©Carole Bethuel

目の前の人間を、どれだけ先入観を取り払って、社会の規範やステレオタイプに当てはめずに判断することができるか、ということは、裁判に限らず、あらゆる場面で重要な姿勢である。ここもまた、本作を鑑賞する上で必要な視点だろう。

しかし、ここでおこなわれる、密かに男女の代理戦争となっている議論については、もしサンドラが勝っても、社会全体の不公平を解消してくれるはずはない。なぜなら、この裁判はあくまでサンドラの罪の有無、刑罰の重さを決めるものに過ぎないからだ。無罪になったとしても、バックラッシュは依然として勢いを保ち、社会にはびこる古い価値観が洗い流されるわけでもない。結局のところ立場の弱い側が、労力と時間を無意味に浪費することになるのである。

そんな不毛な闘いをも強いられる状況のなかで唯一の希望として描かれているのが、夫婦の息子ダニエルだ。彼は視覚障がいを持ちながらも、他の大人たちが持っているような偏見や価値観に大きく左右されず、しっかりと世界を「見る」力がある。両親をともに愛しながら、現状ある材料のなかで可能な限り妥当な真実へと、議論を導こうとする。サンドラに有利に運ぶにせよ、不利に運ぶにせよ、そういった「ものの見方」こそが、現在や、これからの未来に必要だと、本作『落下の解剖学』は示しているのではないか。

ダニエル役(ミロ・マシャド・グラネール) / 『落下の解剖学』場面写真 ©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas

『落下の解剖学』

2024年2月23日(金・祝)公開
上映時間:152分
配給:ギャガ
監督:
ジュスティーヌ・トリエ
脚本:
ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
出演:
ザンドラ・ヒュラー
スワン・アルロー
ミロ・マシャド・グラネール
アントワーヌ・レナルツ
https://gaga.ne.jp/anatomy/

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