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1970年代らしさを表現する、あえて低下させた音質と精巧なスコア
こうした志向は、音声の扱いにおいても同様だ。本連載を受け持つ筆者としては、やはりそちらの方になおさら深く感心させられた。
本作のオリジナルスコアを担当したマーク・オートンは、映画情報サイト「Flickering Myth」のインタビューに答え、次のように述べている。
「私が映像を見る前から、彼(引用者注:アレクサンダー・ペイン監督)は、私が住んでいるオレゴン州ポートランドの、このとても雑然としたスタジオで1週間を過ごした。1970年の音楽について長い時間話し合ったんだ。なぜなら彼は、この作品を、1970年を舞台にした映画として観てもらうだけにとどまらず、実際に1970年に制作された映画のように観客に感じてほしかったからだ。つまり、1970年当時のように、モノラルの劇場で映画を見たとき、光学式のサウンドトラックが聴こえてくる体験を再現するために、彼は音楽面でのサウンドに制限をかけたんだ。現代のドルビーアトモスやその美学とは正反対だね」
https://www.flickeringmyth.com/exclusive-interview-composer-mark-orton-on-the-holdovers/ より
耳ざとい観客ならすぐに気付くであろうが、この映画のサウンドトラックは、現代の一般的な作品と比べてると、かなりローファイに聴こえる。まるで、1970年代作品のフィルム上映に接した時のような感覚にさせられるのだ。『Filmmaker Magazine』の記事「The “Film Look” and How The Holdovers Achieved It」によると、当時の「アカデミーモノスタンダード」規格に似せるため、8khzという低いサンプリングレートでロールオフ処理されているのだという。その効果はめざましく、ローファイな音声ゆえにかえって真正性を纏うという、現代のメディア環境ならではの逆説的な現象がもたらされている。

そうした技術面の探求と同時に、当然、選曲面でも「1970年代風」のイメージが徹底されている。劇中で使用される既存楽曲をいくつか書き出してみよう。
The Chambers Brothers“The Time Has Come Today”、Shocking Blue“Venus”、ラビ・シフレ“Crying, Laughing, Loving, Lying”、The Allman Brothers Band“In Memory of Elizabeth Reed”、トニー・オーランド&Dawn“Knock Three Times”、キャット・スティーヴンス“The Wind”等々。他にも、クリスマスシーズンを舞台にした映画らしく、The Swingle Singersやハーブ・アルパート&The Tijuana Brass、アンディ・ウィリアムス等によるクリスマス曲のイージーリスニングバージョンがふんだんに使われている。また、一部でインディーフォークシンガーのダミアン・ジュラードや、インディーロックバンドのKhruangbinといった現代のアーティストの曲が使われているが、ヴィンテージ志向のサウンドで高く評価されている両者だけあって、映画のムードにぴったりとハマっている。
同様の傾向はオートン作のオリジナルスコアにも顕著に現れている。上述の通り、オートンはペイン監督と制作前に長時間の論議を交わしたというが、その中では、キャロル・キングの名作『つづれおり』(1971年)を聴き込むなど、1970年代初頭の具体的な作品を交えた研究も行われたのだという。当時のロック〜ポップスのファンは、その成果が如実に反映されていることすぐに察知するだろう。特に、フォークロック風の“Candlepin Bowling”の「それっぽさ」は、かなりのもので、私自身、クレジットを確認するまで、1970年代のアーティストによる既存曲だと信じ込んでいたくらいだ。