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その選曲が、映画をつくる

「私は何のために作られたの?」と問うているのは、映画『バービー』それ自体かもしれない

2023.8.8

#MOVIE

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

ほとばしる「生」こそが、記号ゲームの空虚を撃つ!

同場面と同曲になぜそこまで心惹かれたのか、そして、(他の「ユーモラス」なシーンとは異なり)なぜその印象が鑑賞後にじわじわと自分の心の中に広がっていくように思われたのか。それはおそらく、この曲で歌われている内容が、「社会派」大作エンタメ映画の作り手が、それ特有のジレンマに直面したときにおける作家的逡巡を生々しく写し取っているように思えたからだ。

「何のために作られたの?」の主語は、アイリッシュであり、バービーであり、おそらくこの映画自体でもあり得るのだ。グレタ・ガーウィグは、プレスリリース掲載のインタビューで、「聴いたときに思わず涙が流れたバラード曲」について話しているが、それはほぼ間違いなくこの曲のことだろう。このシーンおよびこの曲には、様々な情報や意匠を記号的に扱うことが賭け金となる内閉的なコミュニケーション空間の空虚を撃つ、直接的な「生」と密着した感情のほとばしりが刻まれているように思えてならない。それは、アイリッシュとロビーとガーウィグが、各人のクリエイティビティを通じて電撃的に交歓した、本当の意味での作家性が刻まれた、稀有な瞬間だったのだ。

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

やっぱり私は、記号ゲームの「考察」や「解釈」に執心するよりもむしろ、こういう瞬間を求めて映画を観続けているのだと思う。そしてまた、映画におけるポップミュージックにもまた、そういう瞬間へと身を挺する役割を期待しているのだと思う。スペクタクルへの吸収力を無効化するような圧倒的な「社会派」大作映画はありうるのだろうか。私の問いは、はじめから矛盾をはらみ、成立の難しい命題なのかもしれない。けれど、少なくとも、そこに生じるジレンマや軋轢のほとばしりを、決して記号的ではない「それそのもの」の瞬間として捉えるのは諦めたくないのだ。

映画情報

『バービー』
2023年8月11日(金)から全国ロードショー
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング
配給:ワーナー・ブラザース映画
https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/

追記

多くの読者がご存知の通り、7月末にかけて、「原爆の父」として知られるロバート・オッペンハイマーを題材とする同時期公開の映画『オッペンハイマー』と本作『バービー』のヴィジュアルをかけ合わせる#Barbenheimerなるネットミームが発生し、大きな問題に発展するという出来事があった。ファンによって投稿された「原爆のキノコ雲」や爆発による熱風を模したコラージュに、アメリカ本国の『バービー』の公式アカウントがそれを肯定するようなツイートをし、主に日本国内のユーザーからの反発を招き、大炎上したのだ(7月31日、ワーナーブラザースジャパン合同会社は本件に関する謝罪文を発表したが、そこには、アメリカ本社へ強く抗議する旨が記されていた)。

この騒動は、おそらくはSNS運用担当の無配慮と無知によるものだと推察するが、それにしても、前評判から「進歩的」な内容で話題となっている大作映画のプロモーションとしては、あまりにもお粗末に過ぎないだろうか。日本およびアジア(と自国の関係)やその歴史への無配慮、無知、無関心、偏見という、主流アメリカエンタメ産業とアメリカ一般社会に長く巣食う問題を改めてあぶり出してしまった一件と言えるだろうし、当然、日本のユーザーには、こうした状況に対して厳粛に抗議する権利がある。

加えて、(制作サイドと特定の宣伝販促スタッフが思想的なスタンスを必ずしも完全には共有しえないという事情を考慮したとしても)本稿に関連して言えば、大作映画とそれに伴うマーケティングというのは、それが仮に「進歩的」な雰囲気を装っていようとも、つまるところ結局は、巨大資本による「社会派風タグ」の恣意的なセルフラベリング行為に過ぎないのではないかという誹りを受けるのも当然だろう。

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