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何度も流れる同じ曲に込められた「仕掛け」
この“塀の上で”は、『スキンレスナイト』本編中で何度かリプライズされる。一度目が、前述した「参考試写」の後、ぼんやりと8mmの映像を眺める加山の元を、妻の千恵(八神康子)が訪れるシーンだ。興味を引かれるのが、先程の初試写の際にはハイファイな音質で(『スキンレスナイト』自体の「劇伴」であるかのように)使用されていた“塀の上で”が、8mmフィルム上映機の再生速度のヨレによるワウフラッターを伴って部屋に響いているという点だ。要するに、この「塀の上で」は、当時の加山自身の手によって8mmのサウンドフィルムに収録された「サウンドトラック」だったことがはっきりするのだ(ごくさりげないが、非常に効果的な音響編集だといえる)。
同シーンで加山は次のように言う。「こういうのってさ、昔の歌みたいなもんで、なんかのときにふっと思い出すんだよ」。

二度目のリプライズは、かつて加山が思いを寄せていた女性、神保依子(桂木文)の現在の住まいの前に借りたアパート(なんという危なさ、情けなさ!)の部屋で、買ってきたばかりのCDをかけるシーンだ。注目すべきは、ここで加山が聴いているのが、『センチメンタル通り』ではなく、はちみつぱいの再結成後にリリースされたライブアルバム『9th June 1988 はちみつぱい Live』(1989年)のCDだということだ。(いかにも1980年代末期的な)電子ピアノの音をバックに歌う鈴木慶一のボーカルが、10数年の時の移り変わりを物語っていると同時に、CDに耳を傾ける加山の10数年もまた、そこに重なり合っていく。
この再結成版はちみつぱいによる“塀の上で”は、少し後、同じくアパートでのシーンで再び流される。今度は、神保依子が子供と出かける様子をアパートの窓から加山が眺めているシーンだ。途中に挟まれる鈴木慶一のMCが効いている。曰く、「これで心おきなく解散できます。さよなら、ロックンロールおじさん、ロックンロールおばさん」(1974年11月のオリジナル版はちみつぱい解散コンサートにおける鈴木の最後の言葉は、「さよなら、ロックンロール少年、ロックンロール少女」だった)。
青春を諦めようとする気持ちと、諦められない気持ちの入り混じり。「再結成」への希望と、「再結成」という夢の儚さ。同じ曲のバージョン違いをこれほどまで巧みに使用した映画は稀だろう。
