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ジャーヴィス・コッカーによる劇中歌とエンディング曲にも注目
既存楽曲の使用に加えて、劇中で演奏される書き下ろし曲もあり、それらもやはり面白い効果をあげている。アンダーソンのかねてからの友人であるジャーヴィス・コッカーが、同じく旧知のセウ・ジョルジとともに流しのウェスタンバンドのメンバーとして出演し、演奏を披露しているのだ(この演奏もやはりスキッフル風なのが面白い)。
また、エンドロール(後半)には、ジャーヴィス自身の歌う曲“You Can’t Wake Up If You Don’t Fall Asleep”が流れる。ジョニー・キャッシュやレナード・コーエンを思わせるダークでゴシカルな同曲の歌詞は以下の通りだ(拙訳)。
眠らなければ 目覚められない
恋をして着地することはできない
種を蒔かなければ バラの香りはしない
眠らなければ 目覚めもしない出番を逃し続ければ 入場することもできない
選び方を学ばなければ 勝者は選べない
深く掘らなければ 宝は見つからない
眠らなければ 目覚められない思い出に残るようなことは決してない
探している真実は決して見つからない
眠っている間はけれど 眠らなければ 目覚められない
だから夢に生きてくれ 本当に深く
“You Can’t Wake Up If You Don’t Fall Asleep”
お金を数える人もいる 羊を数える人もいる
眠らなければ 目覚めもしない
眠りにつかなければ
この「眠らなければ目覚められない」(“You can’t wake up if you don’t fall asleep”)という言葉は、作中にも印象的なセリフとして登場する(※字幕では「起きたいなら眠れ」)。舞台「アステロイド・シティ」の稽古に際して、登場人物たちが揃って唱えるのだ。
眠って見るものが「夢」であるとすれば、まさしくこのセリフ / 曲には、「夢」という虚構と戯れる時間 / 体験を経ることによってはじめてなにがしかの光(希望?現実?)を目にすることができる、というメッセージが込められていると考えるべきではないだろうか。つまりここでアンダーソンは、現実への「目覚め」とは、逆説的に「虚構」を通じてしか成し得ないものなのだ、と言っているのではないか?

夢を見るような、「夢見がいい映画」
ずばり、この映画のテーマは「虚構と夢による悲しみからの再生」ではないか。というか、これまでアンダーソンは、ずっとそのことをテーマにしてきたような気もする。
劇中劇=「アステロイド・シティ」の方がロケーションを元にした「リアル」な映像で、その劇を作り上げるメタ物語のほうが、書き割りやステージを伴った「演劇的」なビジュアルを伴っているという転倒。さらには、それらを俯瞰するテレビ番組を我々観客が視聴しているという入り組んだ設定。加えて、俳優たちが、役を演じる俳優たちを演じているという入れ子状のありよう。こうした幾重にも重ね合わせられた虚構の装置によって、各登場人物の実存が逆説的に浮かび上がってくるというアクロバティックな構造が、ここにはある。
あまりに入り組んだ構造ゆえ、かえってすんなりと(場合によってはぼんやりと)その美しい映像(と音楽)に身を委ねざるをえなくなるというアンダーソンによる妙技は、我々を知らず知らずのうちに虚構と夢へと誘い、終劇の瞬間には、それまで瞑っていた目をゆっくりと開かせるように、再び現実へと対峙させてくれる。

「夢見がいい」という言葉は、よく夢を見るという意味の他にも、良い夢を見て気分が晴れ晴れとする、というニュアンスも含んでいるのだった。『アステロイド・シティ』は、まさしく「夢見がいい」映画だ。エンドロールの終盤、曲の最後にジャーヴィスが小さな声で「Wake Up」と呟くのを聞いて、私は大きく伸びをし、妙にすっきりとした気持ちで劇場を後にしたのだった。
映画情報

『アステロイド・シティ』
2023年9月1日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開
監督・脚本:ウェス・アンダーソン
原案:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ
出演:ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ ほか
配給:パルコ ユニバーサル映画
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