INDEX
色濃く反映された1950年代アメリカのムード
こうしたメタ的かつファンタジックな構造に加え、舞台となっている1950時代の様々な時代的事象を綿密に取り込んでいく様にも、アンダーソンならではの手腕が発揮されている。本作の舞台となる1950年代のエンターテイメント業界では、テネシー・ウィリアムズやエリア・カザン、リー・ストラスバーグといった気鋭の劇作家 / 演出家 / 演技指導者たちが活躍し、アクターズスタジオの興隆を通じて、ジェームス・ディーンやマーロン・ブランド、更にはマリリン・モンローなど、多くの(既存のハリウッド俳優 / 女優像から逸脱した)スターが華々しく活躍していた。本作では、それら実在の人物たちの姿が各キャラクターに重ね合わせられており、脚本から美術、衣装に至るまで、細部に渡って同時代の美意識を反映した内容となっている。
他方、1950年代のアメリカは、そうした華々しい一面の裏側で大きな社会不安に揺れた時代でもあった。第二次大戦後からはじまったソ連との冷戦と核兵器開発競争の激化による終末論的なムードの浸透、さらには、急激な反共運動(赤狩り)による猜疑的 / 排外的空気の蔓延は、一種の社会病理とすらいえるファナティックな様相を呈していたのだった。

一見、(いつものアンダーソン調というべき)パステルカラーの楽天的な清潔さが覆う『アステロイド・シティ』にも、そうした不穏さがひたひたと打ち寄せている様が見て取れる。日常化している原爆実験のキノコ雲や、猜疑心に満ちた軍部による民間人拘束、さらには、楽天的で牧歌的な宇宙への憧憬に彩られた「スペースエイジ」の裏側に瀰漫していた(共産主義勢力からの侵攻という現実的脅威が仮託された)、宇宙人の襲来というモチーフに、そうしたムードの反映を見出すのは容易い。
アステロイド・シティのBGMは、カントリーミュージック
この、「一見すると明るく健全だが、その裏に荒涼とした不安感が巣食っている」という1950年代像は、「古き良き時代」や「アメリカの黄金時代」という輝かしい公式イメージの裏でしぶとく蠢き続け、これまでも、数多くのサブカルチャーの中で度々再演されてきたものだ。
本作において、ウェス・アンダーソンとランドール・ポスターは、こうしたアンビバレントなムードを、映像だけでなく音楽を通じて表現することに成功している。

彼らは、これまでの作品でも実際の撮影に入る前の段階で自分たちのイメージに合致する楽曲を探索してきたというが、その手法は本作の制作にあたっても踏襲されたようだ。今回彼らが「採集」したのは、主にカントリーミュージック、カウボーイソング、ヒルビリー、ブルーグラス等に分類される、1940年代から1950年代にかけて吹き込まれたヴィンテージな音楽だ。
サウンドトラックを聴けばすぐに分かる通り、これらの曲は、なんとも長閑で明るく、健全な響きを持っている(ように聴こえる)。ボブ・ウィルズ、ビル・モンロー、テックス・リッターらによる曲が閑散としたモーテルの拡声器(ラジオ?)から流れる様子は、いかにも平和で穏やかだ。
しかし……である。このアステロイド・シティのモデルの一つとなっているのが、あのマンハッタン計画の中心地として有名なロスアラモスであると気づく時、にわかに異なるニュアンスをもって響いてくるのだ。
