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その選曲が、映画をつくる

『マルセル 靴をはいた小さな貝』は「アンビエントの映画」だった

2023.6.29

#MOVIE

マルセルの「気付き」は、アンビエントの感覚そのもの

かつては小さな世界の中に暮らしていたマルセルは、映画の後半にかけて外の世界と触れ合うにつれ、それまでに見聞きしたことのなかった風景や音を自らの知覚を通じてじっくりと味わっていく。小さなマルセルにとって、そうした「気付き」こそが、世界との出会いに繋がっていくのだ。映画の終盤で、マルセルは次のように語る。

「ある日 窓の前に座っていたら ちょうど頭の上を風が吹き抜けたんだ そして風が美しい音を奏でた」

「貝がらの中で響いてる 僕を導いてくれる気がした 新しくて特別な場所へとね 全てとつながってると思えた だって 僕がいなきゃこの音は存在しない 全てバラバラだと思っていたけど――そこに立つと一つの大きな楽器になった」

「自分は一つのピースとしてポツンと存在するのではなく 世界の一部だとね そして 全てとつながる音を楽しむんだ」

アンビエントを愛するものであれば、このセリフにハッとしないはずはないだろう。自らの存在が世界へと開かれていく感覚を綴ったこのマルセルの言葉は、私達がアンビエントに身を浸している際に味わうあの感覚、つまり、身体と知覚が徐々に環境世界へと開かれ、それと循環するように環境が私達の身体を満たしていくありようをそのまま言語化してくれているようではないか。

© 2021 Marcel the Movie LLC. All Rights Reserved.

アンビエントは、その「馴染みの良さ」や「曖昧さ」ゆえに、これまでも膨大な数の映画に使用され、ときに消費されてきた。しかし本作のように、その音楽が持つ根源的な性質と溶け合う形で使用される例というのは決して多くない。

「小さな貝を主人公にしたモキュメンタリー」という、一見突飛な設定の本作だが、逆にいえばその特殊性がゆえに、通常の劇映画におけるアンビエントの使用から一歩も二歩も踏み込んだ領域に達し得ているのだと考えられる。アンビエントがしばしば自分自身の内面世界や外部世界との「出会い」やそれにともなう「驚き」を導くものであるとすれば、『マルセル 靴をはいた小さな貝』は、その触媒として実に優れた映画といえるだろう。

『マルセル 靴をはいた小さな貝』

2023年6月30日(金)、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開
監督:ディーン・フライシャー・キャンプ
脚本:ディーン・フライシャー・キャンプ、ジェニー・スレイト、ニック・パーレイ、エリザベス・ホルム
出演:ジェニー・スレイト(声)、イザベラ・ロッセリーニ(声)、ディーン・フライシャー・キャンプ
提供:アスミック・エース、TCエンタテインメント
配給:アスミック・エース
https://marcel-movie.asmik-ace.co.jp/

『吉村 弘 風景の音 音の風景』

2023年4月29日(土・祝)~2023年9月3日(日)
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(7月17日を除く)
料金:一般700円 20歳未満・学生550円 65歳以上350円 高校生100円 中学生以下と障害者手帳等をお持ちの方(および介助者原則1名)は無料
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2023-yoshimura-hiroshi

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