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NEWS EVENT SPECIAL SERIES
オカヤイヅミの「うちで飲みませんか?」

村田沙耶香と語る、自作の読まれ方。作家は、海外受容や身内の目に何を思う?

2024.12.4

#BOOK

漫画家オカヤイヅミさんが、ゲストを自宅に招いて飲み語らう連載「うちで飲みませんか?」。第7回は『コンビニ人間』『殺人出産』『信仰』などで知られる小説家・ 村田沙耶香さんにお越しいただきました。

よく会うけれど、サシ飲みは今回がはじめてというお二人。村田さんが最近まで半年間滞在していたスイスでの暮らしぶりから、書き手にとっての親との関係の難しさまで、いろいろな話題が飛び出した雑談の模様をお届けします。

当日振る舞われた「スペアリブのお雑煮」のレシピもお見逃しなく!(レシピは記事の最後にあります)

「人としゃべることで自分の体を認識する」

オカヤ:お久しぶりです。お会いするのはいつぶりでしたっけ? 村田さんがスイスに滞在しているあいだのInstagram、サバイバル感があるなと思って見てました。

*村田さんは今年、ライターインレジデンスでチューリッヒに半年間滞在していました。

村田:直接お会いできたのは久しぶりに感じます! スイスは、そんなに長期の滞在をするのは初めてで、自分にとってすごく大切な経験になりましたが、英語もドイツ語もわからないので大変でした。レジデンスにはいろいろな形式があって、前に1か月行っていたアメリカのレジデンスは、作家が10人くらい集まって滞在していたんですが、今回のスイスは私1人だけだったんです。図書館でトークイベントを1回するのと、スイスの雑誌にエッセイを1本書くという宿題がある以外は、自分の創作に集中してください、というタイプのレジデンスで、今までにない体験でした。

村田沙耶香(むらた さやか)
2003年「授乳」で群像新人文学賞、2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。他の著書に『マウス』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』など多数。2025年3月に最新刊『世界99』を刊行予定。

オカヤ:ぜんぜん知り合いもいないんですか?

村田:以前イベントでお世話になった翻訳家さんと再会するまでは、誰もいなかったです。スイスで気づいたのですが、私は人としゃべる時間を大切にしていたんだなあ、と。人と会わないと、心の中に生まれた言葉が外に出ないままずっと自分の身体の中を回転している感じで、苦しくなってきてしまいます。

オカヤ:会話がないとつらいですよね。私は一人暮らしが大好きだし、たぶん孤独に強い方ではあると思うんですけど、人としゃべることで自分の体を認識するようなところはあります。

村田:わかる気がします。

オカヤ:生活面もぜんぜんケアしてくれないんですか? インスタで「洗濯ができない!」って書いてましたよね。

村田:滞在していたのは普通のアパートメントだったのですが、地下に洗濯できるお部屋があって、使える日が週に1回と決まっていたんです。特別なカードがないと電気も通らないのですが、到着したときに紛失してしまっていて……。

オカヤ:たいへんだ。○号室の人は何曜日、みたいな感じなんですね。

村田:そうです。お部屋によって決まっていて、その日を逃すと1週間洗濯できないんです。翌週の水曜日に用事があったりするともう無理なので、いつも水曜日はお洗濯に集中していました。

この日のメニューは、柿とクリームチーズのマリネ、春菊・白木耳・ピーナツ和え、焼き蕪とラム、スペアリブのお雑煮。スペアリブのお雑煮 のレシピは記事の最後に!

作品が海外で読まれるということ

オカヤ:村田さんはもう、日本より海外での方が多く読まれているぐらいですよね。

村田:たぶんそんなことはないと思います(笑)。街の本屋さんで自分の本を発見するともちろんうれしいですが、基本的には「誰だろうこの人?」という感じだと思います。読んでくれている稀有な方がいるのだなあ、と実感がわくのは、海外でイベントをやって読者さんが来てくれて、サインしてるときくらいですね。あと、(自著を訳してくれた)翻訳家さんはだいたいその国にお住まいで、現地に行かないと会えないことが多いので、会えてお話できるのはとてもとても嬉しいです。

オカヤ:こないだ友達の漫画家が外国の漫画フェアに参加したら、漫画がアートの一環として位置付けられていて驚いたと話してました。漫画の場合はそういうふうに、国によってわりと位置付けが変わる感じがありますけど、文学はわりと世界共通じゃないですか?

村田:どうなのかな……。国によって違うと思いますが、文学を扱う出版社さんは文学だけを扱っていて、日本のように幅広く出版していないというお話をよく聞く気がします。漫画とは出版社さんが違うのかもしれませんね。よくわかってなくてすみません。

オカヤ:なるほど。

村田:ミステリーを扱う出版社さんや、ファンタジーを扱う出版社さんなど、いろいろあるとお聞きしたのですが、どの国でもそうなのかちゃんとわかっていないです。 

オカヤ:国によって受け取られ方も違ったりするんですか?

村田:少し前にトリノのブックフェアに参加したんですが、イタリアでは今、日本文学といえば「猫が出てきて、喫茶店が出てくる、ほっこりした話」というイメージがあって、表紙に猫がある本がたくさんあるんですよ、と書店さんを案内していただいました。現地の新聞の方からインタビューで「いま、つらいニュースが多い世の中で、あたたかみや癒しを求めて日本文学を手に取る人が多い中、村田さんが真逆のものを書くのには理由があるのでしょうか?」って質問されて、とてもびっくりしました。でもなんとなくうれしかったです(笑)。

オカヤ:そんな!

うまく怒れない二人

村田:私、英語で書評をしていただいいても、単語が難しくて読むことができないんです。ほかの言語ならなおさらで。英語が得意な編集者さんが翻訳して読んでくださって、「一見褒められているような感じだけど、もしかしたらやんわりと批判されているかもしれません」とおっしゃっていて面白かったです。

オカヤ:京都の人みたいな書評ですね(笑)。そういう、嫌味の度合いとかも、言語や文化によって違うだろうから、知らないとわからないですよね。大袈裟に褒める人たちなのかもしれない、とか。

村田:たしかに。書いている評論家さんや記者さんがどのような方なのかもわからないですしね。文脈が全くわからない。厳しいことを書いているようでも、その人にしては褒めている方かもしれないのですが、ちょっとそこまで把握するのは難しいです。

オカヤ:そうだよね。どういうのが好きな人なのかもわからないもんね。あと、私の場合は、ぼんやりしていて、人の悪意になかなか気づかないんですよ。

村田:前にそのお話をした気がします! 私も、1年くらい経ってから、あれは怒ることだった、と気がついたりします。私はそもそも怒りをうまく抱けなくて。みんながやってるような怒り方が自分の中に存在していないんです。

オカヤ:なるほど。

村田:なんらかの事情で怒りを表明しなくてはいけないときは、『今日から俺は‼︎』の三橋さんを参考にしています。説明が難しいのですが、中学生くらいのとき、大きな怒りではなくて日常の怒りが描かれている作品が珍しいように思っていて、三橋さんをお手本にし始めたのかな。

オカヤ:といっても、別に蹴ったりするわけじゃないですよね……? 声に出して「チッ」とか言うんですか?

村田:いえ。「あの、すいません……」の声の出し方を、幽霊のような声ではなく、私の中にかろうじている三橋さんを呼び出して相手の方に伝えるという感じでしょうか……。

オカヤ:ちゃんとコミュニケーションしようとしていてえらいなと思いました。私はわりと、シャッターを全部下ろすみたいに「無」になっちゃうので。あ、友達から感想をもらうのとかは、どうですか?

村田:どうでしょうか、少なくともこちらから求めることはないです。元々あまり小説を読まない友達が、無理に読んでくれると、申し訳ないし、大変そうというか、無理しないでいいよ、と思います。本と人間の出会いとして、あまり健全ではないように感じてしまいます。

オカヤ:なるほど。漫画の場合は、ふつうの人は漫画と言われるとまず『少年ジャンプ』みたいなものを想像するから、まずそこでズレが起きやすい気はしますね。親戚が子どもに読ませようとしたりとか……。

書き手にとっての、親という存在の難しさ

村田:オカヤさんのご家族は、オカヤさんの漫画を読んでますか?

オカヤ:隠すのも変かと思って、「出たよ」とかは言いますね。家族に読まれるのって複雑ですよね。

村田:私の家族は、基本、読まずに応援する、というスタイルなのだと思います。

オカヤ:ああ、それは一番いいですね!

村田:うん、一番助かります。あ、でも一度、父の郷里をモデルにした架空の田舎が出てくる小説を書いたことがあって、それは読んでくれたみたいなんですが、最後みんなで人肉を食べる話だから「嬉しいけど、最後はなあ」と複雑そうでした(笑)。

オカヤ:あはは。

村田:そういえば、家族が崩壊する小説を書いたときに、父が職場の人に頼まれたらしく、私のサインの横に自分も連名でサインしていたことがありました。「でもこれ、家族が崩壊する話だよ……?」って一応伝えたのですが。あの本が世界のどこかにあると思うとちょっと怖いですね。

オカヤ:こないだ出した漫画は、母から「厳しい話だね」と言われました。私はだいたい漫画の中で母に厳しいので、ショックを受けたのかなと思ってるんですけど。

村田:私は、デビュー作で母親という存在を書いたとき、自分の母のことではなく、自分が将来こういう人間になるかもしれないという恐怖がどこかにあった気がするんです。自分ではまったくコントロールしていないのですが、後から読んでそう思いました。だから、筆が容赦ない動きになったのかな。

オカヤ:母って難しいですよね。母と自分を切り離すのも難しいし、母が私を切り離すのもなかなか難しい。親離れじゃないけど、切り離す作業として描いている、みたいな部分もある気がするな。フィクションを作る人は全員そうかもしれないですね。

村田:昨日までゲラをやっていた小説でも、改めて読み返すといろいろなシーンがしんどかったです。主人公の母親も、友人も、みんな苦しそうでした。

オカヤ:感情を描くのって、疲れますよね。私も、たまに起伏のあるくだりを描いたあとは、しばらく「あー……」みたいになります。自分がふだん感情を出し慣れてないからそうなるのかな。

村田:「怒り」って、自分の感覚ではほぼ存在しない感情で、変形しているのでかなり難しいです。そもそもあまり感情がない気もしますが、でも、よくわからないタイミングで感動することは最近むしろ増えた気がします。

オカヤ:わかります。

村田:先日、レキシのライブに誘っていただいて、お客さんがみんな稲穂を振っているのを見て、すごく感動して泣いてしまって。一緒に行った友人から「なんで泣いてるの!?」と笑われました。

オカヤ:わかります。みんなが同じ方向を向いてることに感動することはありますよね。合唱とか。それはそれでどうかな、と思う面もあるけど。

村田:その日1日仕事をして疲れたり、いろいろ嫌なことがあったかもしれないけど、でもいま稲穂を振って、みんな楽しそうに笑っている、ということに感動したんじゃないかと思います。

運動が苦手な村田さんが、体育で輝いた日

オカヤ:歳をとるといろいろ変わりますよね。私は最近、いよいよ運動をしないと死ぬなという気がしてきて、嫌じゃない運動を探したいと思ってるんですよ。

村田:私も命の危機を感じて、今はジムに通って、ほとんどリハビリのようなことをしています。運動は苦手なのですが、トレーナーさんが悩みをわかってくださって、「腰痛防止になります」「将来転倒しなくなります」と言ってくださるので、がんばることができます。

オカヤ:腰痛予防と言われると、やらなきゃ! ってなりますね。私は本当に運動神経がなくて、コンプレックスなんです。体育でいい思い出、ひとつもないもんな。

村田:私も運動はとてつもなく苦手なんですが、一度だけ人生の輝きみたいなことがあって忘れられずにいます。小学校のとき、ほんの数回だけ相撲の授業があって。

オカヤ:あったかもしれない。千代の富士が人気だった頃ですよね。

村田:子供たちは相撲に対して「裸に廻し」のイメージが強いからか、「ちょっと恥ずかしい」という雰囲気があったと思います。みんな笑っていて、あまり真剣にやっていない中、先生が「腰を低く」と言っていたので、その通りに腰を低くひたすら押すようにしていたら、私、押し出しだけでトーナメント戦を勝ち抜いてしまったんです。

オカヤ:おお、すごい。

村田:それで、女子を勝ち抜いてしまったので、優勝候補の一番身体が大きい大島田くん(仮名)vs村田という組み合わせになって。たぶん誰も覚えていないのですが、自分にとっては一生に一度、体育で活躍した経験なので奇妙に鮮明に覚えているんです。大島田くんがまったく手抜きをせず、私を5秒くらいで倒してくれたことにも感動しました。

オカヤ:真剣に戦ってくれたんですね。

村田:はい。人間性を感じました。同窓会で大島田くんに話しましたが、大島田くんは一切覚えてなかったです。

オカヤ:大島田くんはいつも勝ってるから。

村田:「ごめん、ちょっと覚えてないかもしれない……」みたいな感じで、今もすごくいい人でした。そういう「誰かにしかない記憶」というのも、すごく面白いですよね。

オカヤ:いい思い出だなあ。大島田くんは村田さんの本、読んでるかな? 

書籍情報

村田沙耶香
『世界99』(上・下巻)
2025年3月5日刊行
集英社

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