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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

古舘佑太郎×山口一郎トークイベント完全採録「本気を通り越して狂気の人間になれ」

2025.4.23

#BOOK

3月25日、東京・代官山 蔦屋書店にて、古舘佑太郎初の著書『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』(幻冬舎)刊行記念トークイベントが開催された。

スペシャルゲストは、長年交流のある先輩ミュージシャン・サカナクションの山口一郎。バンドTHE 2が解散し悶々としていた古舘に、突如「カトマンズに行け!」と命じた張本人である。

レアな対談だけあってチケットは完売御礼、会場もパンパンで立ち見席が出るほどの熱気ぶり。山口が繰り出す愛ある叱咤激励に、古舘も汗だくでタジタジに。北方謙三の人生相談や岡本太郎の強烈な言葉を彷彿とさせつつ、悩める人やくすぶっている人に届く言葉がきっとあるはずだ。

バンド解散の報告に行ったら……「カトマンズに行け!」

古舘:本日はお集まりいただきありがとうございます、古舘佑太郎です。今日はよろしくお願いします。

僕、一郎さんとはもう10年ぐらいの付き合いになるんですけど、これまでずっと一郎さんに呼んでもらって、会いに行く形ばかりだったんです。だから今回、自分のフィールドに迎え入れるのは初めてでして、かなり緊張して楽屋でも全然椅子に座れなかったんですよ。ようやくいま座れて、落ち着いた感じです(笑)。みなさん、温かく見守っていただけたら嬉しいです。

それではさっそくご紹介しましょう。今日のスペシャルゲスト、山口一郎さんです!

山口:みなさんこんばんは、サカナクションの山口一郎です。今日は集まってくださって、本当にありがとうございます。

古舘:さて今日は、僕にとって初の著書になります『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』の刊行記念イベントです。なので、一郎さんと色々お話させていただきたいなと思っています。人生でこういうことは初めてなので、まだちょっと手探り状態なんですが……。

古舘佑太郎(ふるたち ゆうたろう)
1991年4月5日生まれ。東京都出身。2008年、バンド「The SALOVERS」を結成し、ボーカル・ギターとして活動スタート。2015年3月、同バンドの無期限活動休止後、ソロ活動を開始。2017年3月、新たなバンド「2」を結成。2021年6月に活動休止し、2022年2月22日にバンド名を「THE 2」に改め再開。2024年2月22日に解散。俳優としては、2014年、映画『日々ロック』でデビュー。以降、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』、映画『ナラタージュ』、NHK大河ドラマ『光る君へ』などに出演。主演映画に『いちごの唄』『アイムクレイジー』などがある。

山口:でもみなさん、古くん(古舘)のこの本を読んで、平日のこの時間にわざわざ来てくださってるわけでしょ? だから、今日は古くんの話を聞きたいんだよ。古くん自身がこの本に込めた思いとか旅のこととか、色々話してあげたほうがいいよ。

山口一郎(やまぐち いちろう)
1980年9月8日生まれ。北海道小樽市出身。「サカナクション」として、2007年にメジャーデビュー。文学的な表現の歌詞と、幅広い楽曲のアプローチは新作をリリースするたびに注目が集まり、第64回NHK紅白歌合戦に出場、第39回日本アカデミー賞にて最優秀音楽賞をロックバンドで初めて受賞するなど、その活動は高く評価されている。2021年11月に行ったオンラインライブでは、2日間で5万人の視聴者を集めた。2024年4月から、およそ2年ぶりとなる15万人規模の全国アリーナツアー「SAKANAQUARIUM 2024 “turn”」を開催。大型野外フェスにはヘッドライナーで登場する他に、イベントとのコラボレーションを行うなど、現在の音楽シーンを牽引する存在として活躍している。2015年から音楽と様々なカルチャーが混ざり合うコンテンツを企画するプロジェクト「NF」をスタートさせ、2023年には作り手とコラボレーションし、製造背景にもフォーカスをあて発信するプロジェクト「yamaichi」を発足。同年3月には初の単著『ことば 僕自身の訓練のためのノート』、2024年に同シリーズ2作目を刊行するなど、多様な活動を行う。2025年2月、NHKアニメ『チ。 ―地球の運動について―』主題歌「怪獣」をリリース。現在、全国ホールツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」公演中。

古舘:いやいや、一郎さんとクロストークしたいなって。

山口:そもそも俺、色々言いたいことあるからさ!

古舘:マジっすか? 早いですね(笑)。

山口:まず、古くんがこの本を出すことになったきっかけ……俺が作ったようなもんだよね?

古舘:それは間違いないですね。

山口:この本の担当編集さんは、僕が病気になった時に取材をしてくれた方でね。

古舘:僕、それをこの作業を始めた後に知って、「あ、もう囲まれてるんだな」って感じました。

山口:それで俺、彼女に「古舘ってやつがいて、いま旅に出てて、インスタがすごいおもしろいから見てみてください」って言ってさ。「もしよかったら書籍化とかお願いできませんか? あいつの旅も報われると思うんで」って頼んだの。それでお前、本出したんだよ。

古舘:じゃあ僕、完全に一郎さんの手のひらで踊らされてたってことですね(笑)。

山口:それにさ、旅出る前は、その様子をインスタにあげないつもりだったじゃん?

古舘:はい。あげないつもりだったんです。

山口:で、俺言ったじゃん。「なんで旅するのに、それを自分のコンテンツにしないの?」って。そしたら、旅に出たらインスタにあげ始めて、色んな人たちと交流してたよね。

ベトナム統一鉄道で隣の席になった女性。マンゴースティックを分け合いながら、翻訳機を使って日本語とベトナム語で会話が盛り上がる。

古舘:旅が始まる前は、ほんとそれどころじゃなかったんですよ。なんでこんな目に遭ってるんだろうって、怒りのコントロールから始まってたというか。

今日、まず最初に一郎さんと話したいなと思ってたのが、「カトマンズに行け!」って言われたあの日のことなんです。一郎さん、覚えてますか? もう1年以上前だと思うんですけど。

山口:覚えてるよ。名古屋だったよね? 俺のソロライブの時。

古舘:そうです。バンドを解散するっていうことを伝えに行った日でした。

山口:俺、来るって聞いてたし、ピンときてた。あいつ、バンドやめるなって。「このままじゃいかんな」と思って、俺のマネージャーやスタイリスト、周りのみんなに「古舘を旅に行かせたほうがいいよね」って話してたのよ。だから、お前が楽屋に入ってきた瞬間に「要件は?」って言ったんだよ。

古舘:楽屋のドア開けたら、鏡越しに一郎さんと目が合って。ライブが終わってから言おうと思ってたのに、いきなり「要件は?」って(笑)。でもそれって、もう僕がなにを言うかわかったうえで、きっかけを作ってくれたってことですよね?

山口:うん、もうわかってたよ。ライブ直前に楽屋に入ってきてモジモジしてるやつがいたらさ、そう言うしかないでしょ(笑)。

古舘:それで僕も思わず「実はバンドを解散することになりまして……」って言ったら、即「カトマンズ行け!」でしたからね。あれって、事前に決まってたからあのスピード感だったんですね?

山口:そうそう。カトマンズに飛ばしたのは俺ってことになってるけど、実はチームサカナクション全体の総意だったから。「行かせたほうがいいよね」って。

古舘:いま、全部繋がりました。誰も止めてくれなかったんですよ。一郎さんがカトマンズの地図を出し始めた時、僕はもうパニック状態で。カトマンズの場所もわかってなかったし、てっきりオーストラリアにあると思ってたし(笑)。周りにいたスタッフさんたちも助け船を出してくれるのかと思ったら、みんな目をそらして……。なるほど、チームごとそういう感じだったんですね(笑)。

我々の仕事は代弁すること、通訳すること

山口:我々は冷静に、俯瞰で見てるわけですよ、「古舘」っていう人間を。でもお前はずっと主観で見てるから、自分がどんな人間かなんて都合よくしか捉えてないと思うよ。自分自身がわからないまま生きてたんだと思う。

古舘:いや、ほんとそうですね……。長いことずっと、自分がなんなのか全然わからなくて。

山口:古舘ってスポーツもできる、文章も書ける、演技もできる。しかもミュージシャンとしても才能あるわけよ。全部持ってるのに、「なんで?」って。なにが足りないんだろうって疑問だった。でも、だんだん付き合っていくうちにわかってきたわけよ。

古舘:もう10年ですもんね、僕ら。

山口:お前は器用すぎるんだよ。一回でも本気で熱くなったことあるか? って思うわけ。

古舘:確かにその熱はどんどん下がっていくばかりでしたね。

山口:勉強もできるし頭もいい。でも、なにか一つに対して、本気を通り越して狂気になった人間がこういう仕事についていくわけじゃん。だから失敗した時には見向きもされないし、成功した時には人とは違うものを生み出していってリスペクトしてもらえるっていう、リスキーな人生というかさ。そういう道を選んでるわけじゃない?

でも、お前はリスクを背負わないじゃん。常にのらりくらり、うまくいきそうだったらふわっと乗っかって、辛くなったらひょいっとかわして。そのかわし方も周りが納得してくれるような理屈つけてさ。お父さんが有名人だし、生活で苦しい思いしたこととかないだろう?

山口が古舘に喝! 刊行記念トークイベントのはずが、人生相談の様相に……!

古舘:う……(笑)。20代の時、自分の尺度の中ではきつかったんだと思うんですけど、いま振り返ると、一郎さんが言ってくれてた意味はわかります。当時は確かに、自分のすごく短い物差しでしか物事を測ってなかったなとは思いますね。

山口:我々の仕事は代弁すること、通訳することだと思う。いまを生きている人たちの気持ちや誰も言葉にできなかったことを代弁したり、その気持ちを通訳したり。それがお前にはできるはずなのに、そこまで深く入り込もうとしない。

古舘:それは本当に思いますね。一番大きかったのは、自信がどんどんなくなっていったことです。自分のことが好きだったはずなのに、いつの間にか嫌いになってた。自分の中には正解なんてひとつもなくて。一郎さんはミュージシャンとしても人としても先輩で、答えを持ってる。でも僕にはない。一郎さんに会いに名古屋に向かってる時、その強烈な劣等感がピークに達してた時でした。

だから一郎さんに「カトマンズに行け!」って言われた時、「僕には無理だ、行けるはずがない」って本気で思ったんですよ。実は、タイに3日間ぐらい滞在してすぐ帰ってこようって計画だったんです。一郎さんも「誰にも言わなくていい」って言ってくれてましたよね。

でも、いざ出発したらちゃんとばらされた(笑)。あれ、なんでですか? やっぱり見透かされてたんですかね? こいつは逃げるぞって。

山口:いやでも、行くには行ったから。そこからはもう、みんなにも知ってもらって、「自分の旅をちゃんとコンテンツにしろ」って思った。

古舘:そうですね、この本にも「なんでばらしたんだ」みたいなこと書きましたね。あれでもだいぶ削ったんですけど、本当の日記にはもっと愚痴っぽいこといっぱい書いてました。

異国の地でハグしてるような気持ちに

山口:俺が今日ここに来たのはさ、カトマンズから帰ってきたあとの古舘がどうなってるのか、それを知りたかったからなんだよ。

でもこうやって会って話した感じ、なんにも変わってねえなって思ってる(笑)。もちろん旅してる間の表情とかインスタの文章とか、本を読んでても、覚醒したのかなって、変わってきてる感覚はあったんだよ。俺らが到達できないような、旅の中でしか感じられないものを感じてきたのかもなって。

でもさ……旅から帰ってきましたって挨拶くらいはしろよ! これでも出資者なんだから! しかもきっちり使い込んでくるし(今回の旅費はすべて山口のポケットマネー)。

古舘:本当にそうなんですよね、きっちり使い込んでしまいまして。もちろん、高級ホテルに泊まったり贅沢三昧したりってことじゃないですよ。

山口:そんなことはわかってるよ(笑)。別にお金の使い方とかどうでもいいのよ。

古舘:挨拶に行かなかった理由は、ちゃんと自分の中ではあるんですよ。旅の前半、プノンペンの夜明けを見ながら、「なんで俺はこんなことしてんだ」って、すごくわがままな、自分勝手な怒りに染まっていたんです。しかも自分の人生を棚に上げて、「これは一郎さんのせいだ」って。

でも1ヶ月かけてカトマンズに着いた時、自分でもびっくりするくらい、インスタや本には書ききれないくらい、ものすごい感動があったんです。あの瞬間、自分の中で一郎さんとの距離がすごく縮まった感じがして。

10年の関係を振り返った時に、ずっと「お前は本当に他人行儀だ」「嘘ばっかついてる」って言われてたことが、ちょっとピンと来てなかったんですよね。

というのも僕、一郎さんの前では結構むき出しだと思ってたから。でもカトマンズで「確かに」って思ったんです。いままで劣等感を抱えた後輩キャラで、社会の「縦社会」みたいなフォーマットに当てはめて、根っこの部分で一郎さんと刺し違えてなかったんだってことに気づいて。そのときようやく、心の底から繋がった感覚がありました。異国の地でひとり踊るような気持ちで、一郎さんとハグしてるような気持ちになってました。

山口との約束の地、ネパール・カトマンズ! 辿り着いたら興奮がおさまらない!

山口:なんでそれをいま言うんだよ。帰ってきてすぐ言わなきゃダメじゃん(笑)!

古舘:わかってます。これは言えば言うほどヤバいやつになっちゃうんですけど……僕の中ではあの日(2024年3月30日頃)から、一郎さんとはどこにいても、離れていても、繋がってるって勝手に思ってたんです。一郎さんは僕の中にいるって。

山口:お前はほんとに……人たらしだよ(笑)。どんなに失敗しても、どんなにヤバいこと言っても、なぜか許されちゃう。それはもう才能だよ。ミュージシャンとしても、役者としても、作家としても、すごい優秀な才能なのよ。

古舘:オオカミ少年って、最後には本当のことを言うじゃないですか。僕もいままでは一郎さんに対して「オオカミ来たよ」って嘘ついてたかもしれないですけど、カトマンズの僕はマジだったんですよ。

ほんとに旅の間、ずっと考えてたんです。「一郎さんって、どんな人なんだろう?」って。僕の人生で、すごく特殊で特別な関係性の方なので。それで気づいたんですけど、一郎さんって、すべてが「逆」の人なんですよ。嬉しい時に僕を叱ってくれたり、僕がダメダメでもうどうしようもない時にめっちゃ褒めてくれたり。普通の先輩後輩の関係とは真逆。昔の浅草芸人の師弟関係の本を読むと、まさに僕と一郎さんの話だなって思うくらい。

山口:ほんと物書きの才能あるわ(笑)。

旅では人は変わらない

古舘:最近、一郎さんからSNSで「調子乗んなよ」っていうメッセージが来たんですよ(笑)。

山口:Xでさ、お前に「調子乗んなよ」ってリプ送ったの。そしたら「お前もな」って返信がめちゃめちゃ来たんだから(笑)。

古舘:僕もある日、Xでコメント見ようと思ったら、「これより先はセンシティブで攻撃的な内容が含まれます」って表示されてて。なんだろうと思ったら、一郎さんからの「調子乗んなよ」だった(笑)。たぶん、XのアルゴリズムやAIをもってしても、僕と一郎さんの特殊な関係は理解できないんだなって思いました。その真意は褒め言葉なんじゃないかって。

山口:褒め言葉じゃないよ(笑)。人生、良い時も悪い時もあるじゃん。古くんにもThe SALOVERS時代があって、すごくいい作品を作ってたよね。俺、“夏の夜”って曲を聴いた時、本当に嫉妬したもん。東京のローカルな若者の感情を、こんな風にうまく表現できるミュージシャンがいるんだって。で、こんな才能があるやつが東京にいて、僕と出会って、音楽っていう世界でどんなやつなのか見極めたくなったんだよね。

そしたら役者もできる。俺の親父はNHKの朝ドラをよく見るらしいんだけど、「古舘佑太郎っていうミュージシャンがいてさ、古舘伊知郎の息子だろ? あいつ、めちゃくちゃいい役者だぞ」って言うわけ(笑)。鈍感な親父でもわかるくらい、才能が溢れ出ちゃってるんだよ。

https://www.youtube.com/watch?v=qHMO4QAboDo

古舘:ありがとうございます。

山口:やっぱり良い時も悪い時もあってさ。お前、悪い時に懲りないよね。

古舘:懲りないっすね、確かに(笑)。

山口:いい時のことをずっと引きずってんのね。バンド解散して、どん底に落ちて、そこからどうするんだろうって時に、ちまちまアコースティックライブやってただろ? 新しい曲作るわけでもなく、それで忙しい忙しいって。音楽っていうのはさ、食いつなぐためにやり始めたらもうダメなの。食いつなぐために音楽やるんじゃないの。でもお前はそれをやり始めてたから、もうミュージシャンとして死ぬ一方だと思った。

だから、バンドを解散した時に、俺は旅に行けって言ったの。一回全部リセットして、そこからあとは這い上がるだけじゃん。本を出したほうがいいって思ったのも、絶対に才能あるし、いつか書籍としても作家としても絶対評価されると思ったから。出版社の方も売れないと思ってただろうけど、即重版もして、俺の本より売れてるじゃん(笑)!

古舘:そこはまだ、わかんないですけど(笑)。

山口:つまり、いまのお前は「いい時」なんだよ。だからこそ、これからどうするかを今日来てくれたみんなに知ってもらわないとさ。

古舘:旅を経てなにか変わったかっていうと、正直、変わってないんですよね。僕も旅に行く前は「変わりたい」って思ってたんですよ。だからガンジス川にも入ったし、色んなことに挑戦して、ちょっとトラベラーズハイみたいになってたんです。でも、帰国ギリギリのタイミングで気づいた。旅って別に変わらなくていいんだなっていう発見があったんですよ。

当時は自分のことがすごく嫌いになってたから、それを克服しなきゃ克服しなきゃって思いがすごい強かったんですけど……やっぱりなにをやってもどこへ行っても、どうしても変わらない部分があって。でもアジアをぐるっと回ってきた時に、「変わらなくていいんだ」って思えたんです。それを見つけた時に、自然と昔より自分のことが好きになれたんですよ。すごく自己肯定感が上がった感覚がありました。だから帰ってきて、まず自分がなにをしようと思った時に、「いったん流れに身を任せてみよう」と。

いままでの自分は、潔癖症だったりせっかちだったりで、常に道順を決めないと耐えられない人で。自分はこうあるべきとかこうしなきゃとかばっかり考えて、明日・あさって・しあさってとなるべく計画を立てて、それ通りにいかないとイライラしたり凹んだり、もう嫌だってなってたんです。でも、いったんそうしたちまちましたルートを全部やめて、自然体の自分でいこうと。

この旅を通して、新しい出会いがあったり古い付き合いがまた戻ってきたり、そういう変化に自分の身を任せてみようっていう思いで活動してきたんですよ。なので、いますぐまた自分の物差しで測ろうとするのは、まだちょっと早いような気がしています。「ガンジスの流れに身を任せる」というのが、この1年間のテーマでしたね。

インド・バラナシのガンジス川。潔癖症の沐浴は素晴らしい体験となった。

山口:つまり、「変わらなかった」ってこと?

古舘:そうですね、この本は「変わらなかった」って本です。変わったことといえば、だんだん髪の毛のパーマが取れてきて、ぺったんこになったくらい(笑)。これは声を大にして言いたい。「旅では人は変わらない」って。

本気を通り越して狂気になった人間が頭一つ抜けてくる

山口:僕、伊丹十三監督がすごく好きなんですよ。『マルサの女』『スーパーの女』『お葬式』とかね。伊丹十三さんって、文筆家でもあり、役者でもあり、最終的に50歳を超えて映画監督になった人なんです。奥様の宮本信子さんが僕と同じ北海道小樽市出身で、そういうところでも勝手に縁を感じていて。作品も好きだし、彼の本もたくさん読んできました。

でね、伊丹十三さんって、もともとは伊丹一三って芸名だったの。それを「マイナスをプラスに変える」っていう意味で「十三」に変えたんだって。すごい決意があったと思う。彼は映画監督になる前に、色んな仕事をコツコツとこなして、自分自身をストイックに掘って行って、だからこそ映画監督になった時にあの世界観が構築できたわけじゃん。

で、古くんの話なんだけどさ。いま、ミュージシャン? 作家? 役者? って、どれも足先だけ突っ込んでちゃぷちゃぷやってる感じじゃん。お前は一体何者なんだって、そろそろちゃんと決めたほうがいいよ。一生その道をやるってことじゃなくてもいいんだよ。ただ、まずは一回、ちゃんと軸を決めるべきだって前にサウナでも言ったじゃん。

古舘:はい、言われましたね。

山口:その話したあとに「サウナ上がるぞ」って言ったら、「僕、もう1セット入ります!」って残ったよな、サウナに。

(会場笑)

古舘:もう1セット、入ってしまいました(笑)。

満員御礼の会場。参加者は時に真剣に、時に和やかに聞き入っていた。

山口:そういうところだぞ(笑)。この本は素晴らしいと思うし、文才もあると思う。本を書くってことは、古くんにとってライフワークになる可能性があると思うんだよ。これからどんなものを書いていくのか、ここに来てくれてる人たちも楽しみにしてるし、俺もすごく楽しみにしてる。でも俺はミュージシャンとしても才能があると思ってる。こうして本を出したりドラマや映画に出たりしてもっと名前が知られていけばさ、たくさんの人に音楽も聴いてもらえるチャンスが増えるじゃん。だからまずは自分をちゃんと売っていったほうがいい。

みんな、仕事も勉強も、本気でやってるじゃん。でも、本気を通り越して狂気になった人間が、やっぱり頭一つ抜けてくるんだよ。だからこそいま、この本を出したこのタイミングで、狂気の域まで足元を固めるべきだと思う。

古舘:ちょっといま、汗止まんないんですけど……。旅に行ってこの本を出したことで、一郎さんが前に言ってくれてたことの意味が、いますごく解像度高くわかってきてるんですよ。でも、「自分は何者なんだろう?」ってすごく混沌としてる状態なんです。だから、いますぐなにかに飛びつくんじゃなくて、もう少し模索したいんです。本当に「これだ!」って思えるなにかを探してるタイミングでもあるというか。

山口:何年その話してんだよ。俺、10年間ずっと同じこと言ってるぞ。

インド北部レー。月面世界のような景色。ゲストハウスでレンタルしたオートバイ。降りる時にバランスを崩して右足を負傷。 

古舘:でも去年ようやく気づいたんで、まだ「1年目」なんですよ。僕のこと小学1年生だと思ってください。で、いまちょうど2年生になったくらいです。卒業までまだ6年ある。だからいまはまだ「これだ!」って言えるものはないんですけど、いつか一郎さんの家を訪ねて「これを見てください!」って、パッと机の上に出せるような作品を持って行きたいんです。

山口:とりあえず役者に集中しろよ。アコースティックライブとかもうやめろ。

古舘:ちょっと待ってくださいよ……!

山口:本気で、役者としてどうなりたいのかとか、役に向き合う準備とか、ちゃんと考えてみてほしい。俺だって音楽やる時、声が低かったけど高くするために練習したし、歌詞も何回も何回も書き直して、毎日一生懸命トライアンドエラーで努力したよ。それを努力だとは思ってなかったけど、楽しいからできた。

東京はいつまでも夢を諦めさせない怖い街

山口:古舘は一度なにかに集中して、その中で得たものを音楽にしたり文章に書いたりして、自分の名前・スキル・人間性を高めていくべきなんだよ。それを一つのことに絞ってやったほうが絶対にいい。

音楽を作るのはやめちゃダメ。でも、自分が何者なのか、どう生きていくのかを、定点観測する時間が必要なんだと思う。ちゃんと自分を見つめてから、もう一度始めてほしい。おしるこに浮かぶお餅みたいに、沈んだり溶けたりしてさ、気づいたらなくなってる感じにはなってほしくないよ。

古舘:でも、ちゃんと一郎さんと約束したじゃないですか。数年後も変わらなかったら、寒い国に飛ばすって。

山口:うん、次は「北極で3ヶ月間アルバイト」。

古舘:いやいや、北極にアルバイトってあるんですか(笑)。

山口:今回は「旅」だったじゃん。移動だったでしょ? でも次回は違う。腰を据えて、現地で働いて、ワーキングクラスの生活をちゃんと経験する。その中で、お前がどんな文章を書くのか、どんな音楽を作るのか。役者としての深みも、そういうところから生まれると思うんだよね。

古舘:ついに「現地で稼ぎながら暮らす」ってことですね。

タイ・バンコクの離島サメットにある共同宿で歯を磨く。自撮り棒の三脚機能を駆使して撮影。蕁麻疹に悩まされた。

山口:日本にいたら、なんとなく生きていけるじゃん。しかも東京って街は怖いよ、いつまでも夢を諦めないで済む街だから。東京以外だったらそんなことないよ。お前ぐらいの年齢になったらさ、もう結婚してそろそろちゃんと仕事しろよとか、夢なんて諦めろとか、色々言われるんだよ。でも東京では家もあるし友達もいて、なんとなく生きていけるんだよ。それを脱却するために旅に行かせたけど、結局なにも変わらなかったってさっき自分で言ったよな(笑)。

古舘:もちろんいい意味で、「変わらなかった」という感じです。

山口:もし俺が本当に匙を投げたら、お前どうすんの?

古舘:まず一郎さんの家を訪ねると思います。

山口:絶対来ないでしょ(笑)。次はもっと身近な人に相談し始めるんだろ。腹据えろよ!

古舘:ちゃんと行きますって(笑)。

焦らずに土台作りをして届けたい

山口:今日、たぶんみんなわかったと思う。古舘がどんなやつか。ほんと人たらしでしょ(笑)。ってなんでそんな急に汗だくなんだよ!

古舘:一応台本もあったんですけど、俺の刊行記念イベントらしからぬ展開で、そりゃそうなりますって! 汗は出ますし、言葉数は減りますし……逆に温度もなにも感じてない状態なんで、大丈夫なんですけど(笑)。

山口:俺も含めてここにいるみんなは、古舘の人間力に惹かれてると思う。それは確信してるんだよ。足踏みしてる姿もかわいいし、古くんらしくていいなって思っちゃってるんだけど、それだけじゃずっと応援してもらえないじゃん。

古舘:でも、僕の中では計画があるんですよ。足踏みしたり遠回りしたりしてるように見えても、その先で全部ひっくり返すというか。「ああ、そういうことだったんだ」って一郎さんに言ってもらえるような日が来たらいいなって。いままでは一郎さんにあれしたい、これしたいって言って自分で満足してしまってたんですけど、いまは自分の心の中で寝かして、一郎さんにお叱りを受けながらも、温めておきたい。だから、いましばらくお待ちくださいという感情ではあります。

ネパールの伝統料理ダルバート。今回の旅で一番美味しいと思った料理。初めの頃、潔癖症の古舘は手で食べることができなかった。

山口:ずっと待ってるからな。

古舘:はい、ずっと待っていてほしいんです。

山口:古舘がいつ、どんな人間になるかはわかんないけど……この歳まで一緒にこうやってきてさ、たぶんそう簡単に切れる縁ではないじゃん。だから、これからも俺は古舘を見ていくし、一気に覚醒して自分を見つけられるだろうって、いつだって信じてる。

もう業界やめますとか自分で会社起業しますとかでもいいと思ってる。ただ、せっかくいい環境にいて、才能もあるんだから、それをちゃんと生かしてほしい。俺はほんとに、嫉妬してるぐらいもったいないって思ってるから。なにか新しいことに取り組む時って、みんなに見てもらえるチャンスじゃん。進めばうまくいくタイミングだと思うんだよ。だから、もたもたすんなよ!

古舘:焦らずに土台作りをして、一郎さんやみなさんに届けたいなと思っています。

お前はお前らしく生きていくしかない

古舘:さっきの話に戻っちゃいますけど、やっぱり一郎さんって、常に真逆の人なんです。最初に出会ったとき、僕は若くしてメジャーデビューしてワーッて盛り上がって、周りも「すごいね」って言ってくれてたんですよ。でも、一郎さんだけはまったく声をかけてくれなくて、見向きもしてくれなかった。そのあとThe SALOVERSが終わって、僕の価値みたいなものがドーンと急落してなにもない焼け野原状態になった時に、一郎さんが現れて「お前は行けるぞ」って言ってくれたんです。だから、人の流れとは真逆を行く人なんですよね。そういう人に「調子乗んなよ」って厳しく言われると、逆に嬉しくなっちゃうというか。どこかでプロレスみたいな関係性をずっと続けたい自分もいるんです。そこまで僕はやり返せてないんですけど(笑)。

山口:古くんがすごい有名になって、「誰に救われましたか?」って番組とかで聞かれたとするじゃん。絶対に俺の名前あげないと思う(笑)。

古舘:はい、それで「あいつ変わっちまったな」って言わせたいんですよ(笑)。一郎さんの心の中では、その「変わっちまったな」が喜びでもあるんじゃないかって思ってるんです。僕が「一郎さんのおかげでこうなれました」って報告に行ったら、絶対嫌がりますよね。

山口:今日話してて思ったのは、お前はお前らしく生きていくしかないんだなってこと。俺がなに言っても結局お前は頑固だから、自分の道を行ったらいいんじゃない。

インドの寝台列車はまさしくカオス。でも少しずつ慣れてくると、案外快適な乗り物。

古舘:カトマンズに行って、本当にそう思えるようになりました。ありがとうございます。

そして人生という名の旅は続く

古舘:今日、ファンの方から僕らにたくさんの質問が届いてるんですよね。いま、一緒に旅をするならどこに行きたいですか?

山口:おー、いいですね。俺、古くんと自転車の旅がしたいなあ。

古舘:いいっすね、僕も一郎さんとめちゃくちゃ旅したいです。前に一郎さんが「一緒にフィンランド行こうよ」って言ってくれたじゃないですか。僕、それがすごく楽しみで、いまもずっと覚えてるんですよ。一緒に旅に出ると、ふだん東京で会ってる関係性とは違う一面が見れるから、旅先だからこその顔を見てみたいです。それに、自転車旅になったら絶対に僕のほうが体力あるんで、「ついてこいよ!」って兄貴キャラになれる気がしてて(笑)。今回の旅を経てたくましくなったので、一郎さんが疲れてる時にフォローもできますし。

山口:確かに古くんがちょっと先輩になれるんじゃない? でもさ、いまこうやってみなさんの前で話してるから、ちょっとパフォーマンス入ってるというかプロレスっぽくなるけど、ふたりきりで話す時ってこんな感じにならないじゃん。だから、ふたりで旅に行ったらキャッキャキャッキャ言ってるだけだと思う(笑)。

俺さ、自転車の旅にずっと憧れてて。日本を飛行機でも電車でもなく自転車で移動しながら、ローカルな町を見て回るっていう。海外のローカルはちょっと怖かったり情報が必要だったりするけど、日本の観光地じゃないような町を見に行くって、いまの仕事にもすごく大事だと思うんだよね。それを古くんと一緒に見て、お互いの感想を話しながら回るの楽しそうだなって。お互い独身だし、目線も似てるし。同じ道を走って、同じ時間を共有して、見たことのない景色を一緒に見るっていうのが旅としては理想だなあ。

バングラデシュの首都ダッカ。市場にて謎のオジサン・ジャックに連れ回され、指輪を買わされる。

古舘:ほんとに行けますかね?

山口:これからの付き合いは一生だから、いつか機会はあるでしょう。タイミングが合えば、いつだって行けるよ。東京マラソン一緒に走るとかでもいいよ! 楽しいと思う。

古舘:それはちょっと……膝に爆弾を抱えてて……。

山口:そういうとこだよ(笑)。「ご飯行こうぜ」って言っても、「明日はちょっと……」とか。

古舘:左膝にほんとに爆弾があるんですよ。マラソン以外なら!

山口:古舘、ほんとは俺のこと好きじゃないんだろ。

古舘:いや、いくら言っても伝わらないんですよ! どうやったら伝わるのか、日々考えてるんですけど……この本の中にも書いてありますから(笑)。

山口:一蓮托生だからね(笑)。

耳に痛いが心に響く言葉を連発する山口。個人的にも「おしるこに浮かぶお餅」にならないようにしたい。

古舘:一郎さん、もうお時間ということで、みなさんに一言いただけますか。

山口:本日は古舘の『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』刊行記念トークイベントに、お忙しい中お越しいただき本当にありがとうございました。ちょっと強めに古舘に話しかけるので、「古くんをいじめないで」とかDM来たりするんですけど(笑)、そういうわけじゃなくて。この歳になると、厳しいこと言ってくれる人いなくなるじゃないですか。だから僕があえて言う役割を勝手に担ってます。正直、この本でなにか変わるとは思ってなかったんですけど、古くんの人生に良い影響があるならいいなって思ってます。

この本を読んで、旅に行ってみようって思った人もいるだろうし、逆に私には無理かなって思った人もいると思います。でも、今日の話を聞いていただいてわかったように、古舘ってこういうやつなんで。自分の道をただひたすらに、黙々と歩いてきた人間です。だからみなさん、ちゃんと曇りなき眼で、彼がなにを言っているのか、どんな想いなのかを見極めてください。それができればできるほど、彼の深みにハマっておもしろく感じてくるはずです。これからも温かく見守っていただけたらと思います。本当にありがとうございました。

古舘:本日はお越しいただき、本当にありがとうございました。僕、人生で本を出せる日が来るとは思ってなかったですし、まさかそれが海外を旅した内容になるとも思ってませんでした。でもそれも全部、一郎さんのきっかけがあったから。一郎さんに背中を押されて、自分で旅に出て、言葉にして、その中でたくさんの発見や変化がありました。言葉足らずでうまく説明できないけど……その全部を詰め込んだこの本の発売イベントに、僕の兄貴である一郎さんが来てくれたことが本当に嬉しいです。

山口:ノーギャラですからね(笑)。

古舘:本当に申し訳ないです(笑)。一郎さんと会うと、どれだけ自分の中で整理できてたつもりでも、またリセットされるというか背筋が伸びるんです。まるで施術師みたいに、愛ある指圧でずれた股関節をメキメキ治してくれる感じで。今日もたくさん整えてもらったんで、またこれからもがんばっていきたいなと思います。この本、まだまだ発売中ですので、ぜひよろしくお願いします。そして一郎さん、改めてありがとうございました!

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