ロバート・ダウニー・Jr.版『シャーロック・ホームズ』、実写『アラジン』で知られるガイ・リッチー監督の最新作『アンジェントルメン』が、2025年4月4日(金)より公開となる。
近年ハイペースに快作を放ち続けるリッチーが今回描くのは、第二次大戦下、ウィンストン・チャーチルの特命を受けて秘密作戦を行った「アウトロー」チームの、実話に基づく物語だ。リッチー作品を追ってきたライターの相馬学が、その魅力を解説する。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
ハイペースで快作を放つガイ・リッチー、最新作は第二次大戦下が舞台のアウトロー映画
『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)でデビューして以来、四半世紀以上にわたり、本国イギリスとハリウッドを股にかけて活躍を続けているガイ・リッチー監督。そんな彼の快進撃が止まらない。2021年以後に日本で公開された作品は、注目の新作『アンジェントルメン』でじつに5本目。パンデミックにより公開が延期されていた『ジェントルメン』(2019年)、製作が中断していた『キャッシュトラック』(2021年)、さらに『オペレーション・フォーチュン』(2023年)、『コヴェナント/約束の救出』(2023年)と、次々に快作を放っているのだから恐れ入る。

ちなみに、それ以前の2010年代にリッチーが監督を務めた作品は『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(2012年)から『アラジン』(2019年)まで全4本。その後の5年で、さらに5作品を放っているのだから、なかなかのハイペースだ。もっとも2010年代の4作品はいずれもハリウッドのメジャースタジオの主導で作られた大作なので、製作に時間がかかるのは仕方のないところ。その点、近5作はメジャーとは距離を置き、自身のプロダクション、Toff Guys主導の体制で製作されているのでフットワークも軽くなり、勢いもついてくる。しかも、この5作は最大公約数の観客に向けたハリウッド大作とは異なり、リッチーらしいアウトロー映画の魅力が息づいている。その最新型が『アンジェントルメン』というわけだ。
『アンジェントルメン』は第二次世界大戦期の実話に基づいた軍事サスペンスアクション。1942年、英国は海戦でナチスの潜水艦、Uボートの暗躍に手を焼いていた。勝利には米軍の協力が必要だが、Uボートが妨げとなってアメリカも簡単に艦隊を派遣できない。そこで時の英国首相ウィンストン・チャーチルの指令を受けた特殊作戦執行部(=SOE)は、極秘作戦を実行に移す。それは大西洋上のUボート用補給船である、イタリアの戦艦を爆破して補給路を断つというものだった……。この設定のもとになったのは、近年になって機密解除されたチャーチルの極秘ファイル、すなわち実話。これに基づいたダミアン・ルイスの小説を原作としている。

先のストーリーを追っていこう。ポストマスター作戦と名付けられたこのミッションのために、SOEが白羽の矢を立てたのは、軍内でしばしば上官に逆らっては問題を起こしている反逆児ガス・マーチ=フィリップス少佐。漁船を装い、アフリカ中西部のフェルナンド・ポー(現赤道ギニアのビオコ島)に停泊中のイタリアの戦艦を爆破するという無謀なミッションを遂行すべく、彼は旧知の面々をチームに召集する。制御不能の怪力を持つデンマーク人ラッセン、爆破のプロである前科者フレディ、船の操縦に長けたアイルランド人青年ヘイジー、そして戦略のスペシャリストだが現在はナチスの捕虜となっている諜報員ジェフリー。この漁船チームの他に、フェルナンド・ポーでは現地に潜入して闇カジノを営む工作員ヘロンと美貌の女スパイ、マージョリーがナチスの目をそらすために動いている。非公式の任務ゆえに、英国軍に見つかれば投獄、ナチスに捕まれば死。頼れる者はチームの仲間だけ。困難な状況下で大西洋へと船を進めたガスと仲間たちは、通り道である孤島に監禁されていたジェフリーを救出し、一路フェルナンド・ポーを目指す。

INDEX
「非紳士的」、チームプレイ……リッチー映画のエッセンス
第二次世界大戦下で極秘任務を背負った特殊部隊の活を躍描く戦争アクションには快作が多く、古くは『ナバロンの要塞』(1961年)やその続編『ナバロンの嵐』(1978年)、グリーンベレーの元となった部隊を題材にとった『コマンド戦略』(1968年)、将軍救出のミッションを描いた『荒鷲の要塞』(1968年)などが挙げられる。これらに比べると、『アンジェントルメン』はタイトルが表わしているとおり「非紳士たち」、すなわち「ならず者」の部隊の物語だ。そういう点では服役兵たちの活躍劇『特攻大作戦』(1967年)や、戦争に疲れて金塊強奪に夢中になる造反兵たちの奔走をコミカルに描いた『戦略大作戦』(1970年)、近年の作品ならばリッチーも敬愛するクエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(2009年)あたりが近いかもしれない。

そもそも、リッチー作品の多くは「非紳士」的な男たちを描いたものが多い。デビュー作『ロック、ストック~』からしてそうだったし、続く『スナッチ』(2000年)も同様に、ロンドンのダウンタウンを徘徊する悪党たちの群像をアップテンポで描き切った快作だった。他にも『ロックンローラ』(2008年)や『ジェントルメン』もこの系譜に位置する作品だ。代表作『シャーロック・ホームズ』の有名な名探偵でさえも、リッチーの手にかかると紳士というよりはエキセントリックな変人にアレンジされてしまう。『アンジェントルメン』で描かれるのは、これらとは時代や舞台がまったく異なるが、命令を無視することを恐れず、己のルールで行動するアウトローたちの奔走劇という点で共通するものがある。誤解を恐れずに言えば、ロンドンの下町が、大戦期の戦場に変わっただけなのだ。ちなみにリッチーの実父は英国海軍の将校であり、その息子が軍事戦略の世界にある種のなじみがあったことは容易に想像がつく。アフガニスタンの戦場でのサバイバルを描いた前作『コヴェナント/約束の救出』は本作と異なるシリアスな内容だったが、戦争映画は以前から取り組みたいと思っていた大好きなジャンルであると、このときの彼は語っていた。
もうひとつ、リッチーには大好きなジャンルがある。それはスパイ映画。1960年代の人気テレビシリーズ『0011ナポレオン・ソロ』をリメイクした『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015年)で、このジャンルに進出した彼は、『ロック、ストック~』以来の盟友ジェイソン・ステイサムを主演に迎えた『オペレーション・フォーチュン』で、諜報戦をチームプレイ主体で描いて見せた。これはまさに、『アンジェントルメン』にも取り入れられている要素だ。ガスたち4人によるジェフリーの救出作戦からして、大胆かつ豪快な連係が見せ場となっているし、ナチスの戦艦に停止させられた際の反撃もしかり。『007』シリーズのようにジェームズ・ボンドひとりだけが光っているわけではなく、誰ひとり欠けてもなしえることのできないチームプレイが味となっている。

『007』ついでに挙げておきたいのは、シリーズの原作者イアン・フレミングの若き日の姿が劇中で描かれること。実際にフレミングは第二次世界大戦期、英海軍情報部に勤務しており、退役後に作家に転身した。この頃の体験が『007』シリーズに生きたことは明白だ。ボンドの上司「M」という呼び名は『アンジェントルメン』ではフレミングの上司の呼び名となっている。この辺のディテールは、どこまでが実話かわからないが、スパイ映画好きのリッチーにしてみれば夢のある設定だったに違いない。
INDEX
アウトローな首相、ウィンストン・チャーチル
先に述べたように、本作は危険なミッションに挑むアウトロー7人の物語でもあるのだが、もうひとり似たようなポジションに置かれているキャラクターがいる。ウィンストン・チャーチルその人だ。一国の首相を法規外キャラ、すなわちアウトローと呼ぶことには違和感があるが、この時点での彼を、リッチーは英国の政治的方針からはみ出した者として描いている。
当時の陸海空軍それぞれのトップの共通した見解は、イギリスはナチスと宥和するべきである、というものだった。ナチスの空襲はひっきりなしに起こり、長引く戦争に英国民は疲れている。そのうえヨーロッパの多くの国はナチスの同盟国、もしくは支配国となっていた。この現実を踏まえれば、英国も平和的な着地を見出すべきという声が上がるのは当然だし、政権を狙う政敵もそこを突いてくる。それでもチャーチルは徹底抗戦するしかないと信じていた。ヒトラーと宥和したら、いずれはイギリスもファシズムに侵食される。それは断固として防がねばならないし、そのためには米国の協力が要るが現状では不可能に近い。政治の中心ではみ出し者となった彼は、7人のアウトローに最後の望みを託したのだ。ちなみに、この「超法規」チャーチルを演じたのは、ダニエル・クレイグ版『007』シリーズでMI6の幕僚長ビル・タナー役で知られるロリー・キニアだが、特殊メイクのせいですぐには判別できないだろう。
INDEX
リッチー組常連の個性的な俳優陣にも注目
メインキャストにも少し触れておこう。主人公ガスにふんしたヘンリー・カヴィルは『コードネーム U.N.C.L.E.』に続いてのリッチー作品への主演だが、前回のプレイボーイ的キャラに比べると、こちらは粗野なヒゲ面。クレジットを知らずに見れば、こちらもカヴィルだとは気づかないかもしれないが、まったく違う役になり切っているという点では役者としての凄みを感じさせずにおかない。

敵役であるナチスのルアー大佐に扮したティル・シュヴァイガーは『イングロリアス・バスターズ』でナチスの兵士を演じて以来、同じような役は避けてきたが、ガイ・リッチーの映画ならと出演を快諾。「ナチスよりも邪悪な男」と呼ばれるルアーの冷血動物のようなキャラの怪演は、これまた凄まじい。この他、フレディ役に『ジェントルメン』のヘンリー・ゴールディング、M役に『オペレーション・フォーチュン』のケイリー・エルウィスと、リッチー組が再登場。妖艶なマージョリー役のエイザ・ゴンザレスはカヴィルとともに、リッチーの次作『In The Grey(原題)』にも出演するという。主要スタッフもリッチー作品の常連で固められているが、このようなファミリー的な製作スタイルが、リッチーの最近のフットワークの軽さの要因となっているのかもしれない。

イギリスからアフリカ中西部を目指すガスのチームの航海は、敵艦や英国艦との遭遇など、何度もトラブルに見舞われる。そればかりか到着後にミッションに取りかかろうとするや、不測の事態により計画の急変更を余儀なくされる。まさしく、危機また危機の連続。それでも彼らは打開策を模索し、時には幸運に助けられながら任務遂行に驀進する。どうなるかは観てのお楽しみだが、アウトローにはアウトローの意地がある。スリルはもちろん、ユーモアも含めて、リッチーらしい快作であることは断言しておきたい。
『アンジェントルメン』

2025年4月4日(金)全国ロードショー
監督:ガイ・リッチー
出演:ヘンリー・カヴィル、エイザ・ゴンザレス、アラン・リッチソン、アレックス・ペティファー、ヒーロー・ファインズ・ティフィン、バブス・オルサンモクン、ティル・シュヴァイガーほか
配給:KADOKAWA
https://ungentlemen-movie.com