本物のネオン管で作られたロゴを活かした印象的なメインビジュアルと、主演・奈緒のイメージを刷新した緑髪もあり、放送開始前からドラマ好きの間では話題となっていたドラマ『東京サラダボウル』(NHK総合)。
ギャラクシー賞や東京ドラマアウォードにも輝いた『燕は戻ってこない』『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』『宙わたる教室』に続く、NHK総合の夜10時台の連続ドラマ枠「ドラマ10」の最新作ということで、その中身にも注目が集まったが、第5話までを終えて、本作が扱うテーマの切実さと内容の面白さは多くの視聴者が認めるところだろう。
奈緒と松田龍平の凸凹コンビも魅力的な本作の第1話~第5話について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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鴻田麻里(奈緒)と有木野了(松田龍平)の間の線

「今ここで、私たちの間に線引きしないで」
第1話において、奈緒演じる東新宿署国際捜査係の警察官・鴻田麻里は言った。それは松田龍平演じる警視庁通訳センターの中国語通訳人・有木野了に対して放った言葉だが、同時に彼女自身のスタンスを示しているような気がした。目の前にいる人と自分の間に線を引かない。警察官である自身と、通訳人である有木野。事件に巻き込まれる人たちだけでなく、彼女と親しいご近所さんや訪れる料理屋の店員を含む外国人居住者の人々と、日本人である自分。

第4話で「不法滞在者じゃない。その人たちも、一人ひとりの人間です」と言う彼女は、真っ直ぐに「お父さん」ことワンジェンビン(張翰)と向き合い、彼の心を動かした。そして、そんな主人公・鴻田麻里の存在は、まるで第1話冒頭で転がり落ちてきたレタスそのもののように、私たち視聴者の心に飛び込んできて、そのまま離れない。
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多文化が共存する「サラダボウル」東京を描いたドラマ

NHKドラマ10で放送中の『東京サラダボウル』は、複数回ドラマ化もされた傑作漫画『クロサギ』(小学館)を描いた黒丸による漫画『東京サラダボウル―国際捜査事件簿―』(講談社)を原作に、映画『サバカンSABAKAN』、Netflixドラマ『サンクチュアリ -聖域-』、そして現在放送中のドラマ『クジャクのダンス、誰が見た?』(TBS系)などの金沢知樹が脚本を手掛けた作品である。困っている人を放っておけず、見落とされがちな小さな事件と真っ直ぐに向き合う鴻田麻里と有木野了のコンビが、日本社会からこぼれ落ちそうな人生を拾っていく。
緑色の髪が印象的な奈緒は、その柔らかい笑顔と弾むような声色で、誰に対しても平等で、いつもあっけらかんと心を開いている鴻田麻里という役柄を好演し、誰もが好きにならずにはいられない魅力を振りまいている。対して、最近ではNetflixドラマ『阿修羅のごとく』の勝又役の好演も光った松田龍平は、悲しい過去を背負いつつ、鴻田に影響されてゆっくりと本来の自分を取り戻していく有木野の姿を、滲み出る優しさと誠実さとともに体現する。

「東京都のさ、外国人居住者の割合って知ってる? 4.8%。パーセンテージだと、たったそれだけ。でも、人数で言うと68万人だよ。それだけの人生が確かにあるんだよ」という第1話の鴻田の台詞が、東京の今を、そして第5話のベトナム語の通訳人・今井もみじ(武田玲奈)の台詞が、変わりゆくこれからの日本の展望を示すように、テレビドラマにおいても、多文化が共存する「サラダボウル」となっている都市・東京を描いたドラマ、あるいは外国人居住者と日本人の関係性を描いたドラマは最近、増えている。2024年放送だけでも、新宿・歌舞伎町を舞台にした『新宿野戦病院』(フジテレビ系)や新宿の定時制高校を舞台にした『宙わたる教室』(NHK総合)。そして、本作第2話にもスリランカ料理店の店員役で出演したオミラ・シャクティがスリランカ人の「クマさん」ことクマラ役を好演した2023年放送ドラマ『やさしい猫』(NHK総合)も外国人居住者と日本人の関係性を描いた優れたドラマだった。
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魅力的な世界の料理を通して見る関係性の変化

そんな中で、本作の際たる特徴として挙げられるのは、魅力的な世界の料理の数々だ。時に奇抜で、時にその国の文化を教えてくれて、時にお腹が空いてしょうがない。そんな料理を通して、鴻田と有木野、同僚たちの関係性の変化が見てとれるのも面白い。例えば、第2話の鴻田の後輩・広田カナ(ノムラフッソ)による、鴻田への差し入れ・家常餅(ジアチャンピン)の温かさ。序盤こそ今井からの食事の誘いを頑なに断っていた有木野が、第5話では、悩む今井を慰めるために飴を渡すこと、さらに、今井の主催するホームパーティに有木野が参加することで、彼自身の心境の変化と同僚たちとの関係性の変化まで見て取ることができた。
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対となった第1話と第5話が示すもの

さて、第1話の副題は「サソリと水餃子」。そして、折り返し地点とも言える重要な回、第5話の副題は「ティエンと進」だった。それぞれの副題がそれぞれ2人の人物を示していると考えると、第1話と第5話の副題は対になっているとも言える。
第1話でそれぞれが食べていたことから、第1話の「サソリ」は鴻田、「水餃子」は有木野を示しているのだろう。その意味は「正反対」ではないか。異なる食べ物の嗜好を持つ、一見、対極に思えた2人は、気づけば良いコンビになって、互いに影響を及ぼし合い、いつの間にか「同じ」バイン・ミーを食べている。

一方、第5話の「ティエン」はベトナム人ケアスタッフのティエン(Nguyen Truong Khang)、そして「進」は同じくケアスタッフの早川進(黒崎煌代)のこと。その意味は「同じ」だろう。だが、物語そのものは、漢字で書けば共に「進」となる「ティエン」と「進」という名前を持つ2人の若者の間に芽生えた友情が、年齢も境遇も職場での立場も似通っているにも関わらず、悲しくすれ違っていった皮肉な出来事を描いていた。「同じ」ではなく「下に見る」「可哀想と同情する」ことでしか友情を築けなかった進に対し、「お互いに必要だから、必要な存在として認めてほしかった」というティエンの言葉が、どこまでも重く響く。優秀な技能実習生ティエンの周りの日本人が抱く負の感情の存在を、『ブギウギ』(NHK総合)のヒロインの弟・六郎役の黒崎煌代と、『らんまん』(NHK総合)の画工兼植物学者・野宮朔太郎役の亀田佳明(本作では同僚のベテラン介護士・別島道則役)が見事に表現していた。
対となった第1話と第5話が示すのは、本稿の冒頭で紹介した「今ここで、私たちの間に線引きしないで」という鴻田の台詞のように、私たちが無意識に引いてしまっているかもしれない人と人との間の線だ。本作を通して私たちが見つめる、外国人居住者の方たちが日本での暮らしの中で感じる苦悩や葛藤は、決して他人事ではない。本作はその残酷な事実を突きつけて終わるのではなく、その先の未来をも示す。第5話の終盤において、ティエンと早川の新たな関係性構築の可能性を示唆するように。「少なくとも今この瞬間、同じ国で生きてるわけだし」という有木野の台詞は、早川に対してだけでなく、第5話を見てドキリとさせられた視聴者全員にも向けられている。