映画『フォールガイ』が8月16日(金)から日本公開されている。『ジョン・ウィック』で知られるデヴィッド・リーチ(David Leitch)が監督を務め、『バービー』『オッペンハイマー』で世界を席巻したライアン・ゴズリング(Ryan Gosling)とエミリー・ブラント(Emily Blunt)が共演する本作。描かれているのは、アクション映画には欠かせない存在でありながら、これまであまり日の目を浴びることがなかった「アクションスタント」の物語だ。
近年、ハリウッドでは『アカデミー賞』に「スタント賞」の設立を求める声が上がっているというが、本作の登場でますますその注目度は上がるのではないか。願わくば、映画界の影の立役者「スタントマン」に光を。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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『フォールガイ』はハリウッド映画の王道を行く
2023年『バービー』と『オッペンハイマー』で全米サマーシーズンを席巻した二大スター、ライアン・ゴズリングとエミリー・ブラントが共演する『フォールガイ』は一転、2024年前半の記録的な不入りを象徴する1本となってしまった。なるほど、今夏のヒット作を見渡せば9年ぶりの続編ながら独創性に曇りがない『インサイド・ヘッド2』や、新進スターが輝いた『ツイスターズ』、サプライズヒットのホラー『LONGLEGS』など、観客は期待を超えた新鮮な映画を求めていることがよくわかる。しかし、ハリウッドが伝統的に供給してきたスター映画のチャームは、ポップコーン片手に2時間を過ごす娯楽の1つとしてなんとも代え難いものだ。
ゴズリングが演じるコルト・シーバースはハリウッド映画のスタントマン。トップ俳優トム・ライダーの専属として危険なアクションをこなしている。彼はカメラオペレーターの恋人ジュディ(エミリー・ブラント)が見守る中、撮影中の事故によって身体と自尊心に傷を負い、ハリウッドを立ち去ってしまう。それから18ヶ月後、ジュディの監督デビュー作でライダーが失踪。コルトは彼女の危機を救うべく、消えたスターの行方を追う。
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アクションスタントに光を
デヴィッド・リーチ監督はアクションシークエンスほどコメディの間合いもテンポも熟知はしていない様子だが、オールマイティなフィルモグラフィーを誇るゴズリングとブラントは実に楽しげだ。ジュディがスタッフ全員の前でコルトをこき下ろすシーンではブラントのセンスが光る。キャリア初期はコメディが不得手に見えたゴズリングも今や自分を笑う余裕があり、コルトを愛すべき人物に仕立て上げている。
なにより『フォールガイ』はスタントマンへ捧げられた讃歌が清々しい映画だ。近年、ハリウッドでは『アカデミー賞』に「スタント賞」の設立を求める声が上がっている。オスカー前哨戦である『全米映画俳優組合賞』にはアクションスタントを対象とした「スタントアンサンブル賞」が存在するなど、ハリウッドは映画製作と切っても切れないスタントマンに一定の評価を与えてきたが、未だオスカーの晴れ舞台で表彰する機会がないのだ。2024年3月に行われた『第96回アカデミー賞』の授賞式ではゴズリングとブラントが登壇し、スタントマンをトリビュートする「ロビー活動」も行われた。
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デヴィッド・リーチが作り出したアクション映画における新しいトレンド
昨今の娯楽活劇映画におけるトレンドの変遷も、「スタント部門」創設を後押ししているだろう。編集とカメラワークでパワーとスピードを表現した「ジェイソン・ボーン」シリーズの2000年代が終わると、アクション映画の傾向に変化が訪れ始める。身体能力に長けた俳優を徹底的に訓練し、百戦錬磨のスタントマンを相手に複雑なコレオグラフを演じさせる。最小限のカット割りによるごまかしの効かないスタントに、より高度な技術が求められるようになってきたのだ。
このトレンドの始まりはおそらく2014年の『ジョン・ウィック』ではないか。スタントマン出身の監督チャド・スタエルスキー(Chad Stahelski)とデヴィッド・リーチによる同作は、キアヌ・リーブス(Keanu Reeves)演じる殺し屋が近接格闘、銃撃、カーチェイス等ありとあらゆる攻撃手段で刺客を撃退していく。リーチはクレジットこそ外れたものの共同監督を務め、以後は映画監督としてトレンドの更新に挑む。単独監督作1本目『アトミック・ブロンド』は終盤、約7分間におよぶ驚異的な長回しによるアクションシークエンスを実現。凄腕スパイ役シャーリーズ・セロン(Charlize Theron)の大立ち回りに映画ファンは度肝を抜かれた。
その後、スタエルスキがアクションスタントの粋を集めた作劇へ先鋭化していく一方、リーチはVFXもふんだんに取り入れながらコミック感のある娯楽映画を目指していく。人気スーパーヒーローシリーズ第2弾『デッドプール2』や、ドウェイン・ジョンソンとジェイソン・ステイサムを迎えた『ワイルド・スピード/スーパー・コンボ』、全編新幹線内で展開する『ブレット・トレイン』など、リーチのスタントは荒唐無稽、ド派手かつ笑えるのが特徴だ。
『フォールガイ』はスタントマンたちへのラブレターのような映画だ。車を横転させ、ワイヤーで引きずり回され、時には身体に火をつけられる。命を賭けたスタントをこなしても、細かな調整でやり直しになることも少なくない。スクリーンに映るのはスタントマンの不屈の精神と磨き上げられたスキル、たゆまぬ鍛錬の賜物だ。
そんな彼らの「スタント技」が総動員されるクライマックスは実に爽快で、エンドクレジットはアクションシーンの舞台裏を収めたメイキング集で幕を閉じる。映画製作の舞台裏を描いた作品は数あれど、スタントマン出身監督によるスタントマンを主人公にしたバックステージ映画は稀だろう。こんな映画が出てくるのなら、アカデミースタント賞の創設もそう遠くはないかもしれない。
映画『フォールガイ』(原題:THE FALL GUY)
監督:デヴィッド・リーチ
出演:ライアン・ゴズリング、エミリー・ブラント、アーロン・テイラー=ジョンソン
配給:東宝東和
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