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『スーパーマン』 ジェームズ・ガンが描いた悩める一人の人間としてのヒーロー像

2025.7.11

#MOVIE

スーパーマンが空から落ちてきた。顔に傷が走り、口からは出血をしている。彼はボラビア国の「ハンマー」と名乗る戦士と死闘を繰り広げ、ついに敗北した——あの「鋼鉄の男」が負けるという衝撃の開幕である。

この世界では、かつて「希望の象徴」とされたスーパーマンは、ソーシャルメディア上で激しく批判され、宿敵レックス・ルーサーによって執拗に追い詰められている。今までのスーパーマン映画とは一線を画す、まったく新しい物語が今、幕を開けた。

映画ファンが耳を疑ったジェームズ・ガンによるスーパーマンの再映画化

本作『スーパーマン』はDCコミックスを原作とする映画シリーズ「DCユニバース」の新たな幕開けを飾るもので、新生シリーズの1作目に当たる。2013年に始動した「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」は2022年にシリーズ再始動を迎え、その指揮を取る新スタジオの共同会長兼CEOに任命されたのが、本作の監督・脚本を務めるジェームズ・ガンだ。彼の異例ともいえる出世、そしてジェームズ・ガンがスーパーマンを映画化すると知り、多くの映画ファンが耳を疑ったに違いない。というのも、ジェームズ・ガン監督はこれまでスーパーマン的な超人ヒーローをしばしば批評的に、あるいは批判的に描き続けてきた映画作家だからだ。

スーパーマンを演じるのは、映画『ツイスターズ』にも出演していたデイビッド・コレンスウェット ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

ジェームズ・ガンの映画人としてのキャリアは、大学在学中に『悪魔の毒々モンスター』で知られる超低予算映画の製作会社トロマ・エンターテインメントで映画制作を学んだ所から始まる。彼は同社で『ロミオとジュリエット』を悪趣味なエログロナンセンスとして改変した『トロメオ&ジュリエット』の共同監督・脚本を務め、その後、脚本家としてハリウッドで名を上げていった。マーベル・コミックを原作とする映画シリーズ『マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)』において、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』3部作の大成功は記憶に新しい。

ジェームズ・ガンが描いてきた「負け犬ヒーロー」たち

ジェームズ・ガン監督が一貫して描いてきたのは、自らを「人生の落伍者」と呼ぶようなヒーローたちの姿だ。

彼がキャリア初期に脚本を手がけた『MISII メン・イン・スパイダー2』では、「ジャスティス・リーグ」や「アベンジャーズ」のようなヒーローチームものの形式を取りながら、世間からまったく人気がないヒーローたちが共闘し、かすかな活躍を見せる様子が描かれた。また、監督・脚本を務めた『スーパー!』はバットマンのような自警ヒーローを批評的に描いたブラックコメディだった。大ヒットとなった『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』3部作でも、世間的に無名だったコミックのキャラクターが集結し、それぞれが心に傷や後悔を抱えながら、銀河を救うヒーローとしての役割を果たしていく姿が描かれる。本作と同じく、DCコミックスを原作とした『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』も、罪を犯し刑務所に収監されていた者たちが、チームを半ば強制的に結成させられ、異色のヒーローとして任務にあたる物語だ。

ジェームズ・ガン監督の作品には一貫して、「負け犬」たちに対する温かい視線が流れている(実際、監督作では「loser / 負け犬」というセリフが頻出する)。そして彼らが心の傷をささやかに共有し、ヒーローとして活躍する様子を愛情深く描いてきた。 その一方で、ジェームズ・ガンが悪役として描くのはデビュー作『トロメオ&ジュリエット』から一貫して、富や権力、あるいは超人的な能力を持ち、自らを「神」だと信じて疑わない存在である。彼が脚本を務めた『ブライトバーン/恐怖の拡散者』は、「もしスーパーマンが悪の心を持っていたら?」という問いを軸に、超人的な力をもって暴力と殺戮を振るう少年を描いたホラー作品となっている。

ジェームズ・ガンのこれまでのフィルモグラフィーにおいて、スーパーマンのような超人的かつ理想化されたヒーロー像は、むしろ「悪役」として描かれてきた。だからこそ、そんなジェームズ・ガン監督がどのようにスーパーマンを描くのか、注目が集まっている。

初の実写化となるスーパーマンの愛犬クリプトの活躍にも注目が集まる ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

1人の悩める人間としてのスーパーマン

実際に鑑賞してみると、本作のスーパーマンは決してただの「超人」ではなく、悩み、迷い、痛みを抱える、1人の悩める「人間」としてスクリーンに立っていた。

本作『スーパーマン』において、主人公スーパーマンは「アウトサイダー」として描かれている。彼は地球外からやって来た「難民 / 移民」として位置づけられ、そんな移民である彼が国を代表して正義を遂行することに対し、国民からは強い非難が寄せられている。 実は、スーパーマンを地球外の惑星からの「移民」として描くアプローチ自体は決して新しいものではない。ユダヤ系の作家たちによって創造されたスーパーマンは、その「カル=エル」という本名に象徴されるように、過去の作品でもしばしば「ユダヤ系アメリカ人」のメタファーとされてきた。しかし本作ではより「移民」としての出自に苦しみ、悩む1人の「人間」としてのスーパーマン像が、これまで以上に強調されている。

地球ではクラーク・ケントとして生活しているスーパーマン ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

とりわけ印象的なのは、恋人である記者ロイス・レインの取材に応じたスーパーマンが、自身の正義のあり方を批判され、感情を露わにして怒りをぶつけるシーンだ。これまで理想化されてきたスーパーマンが、内面に葛藤と感情を抱えた「人間」として描かれるこの姿勢には、まさに「人間的なヒーロー」を描き続けてきたジェームズ・ガン監督らしさが色濃く現れている。

ロイス・レイン(左)を演じるのは、テレビドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』などで知られるレイチェル・ブロズナハン ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

ジェームズ・ガン作品における父と子の描かれ方

「ジェームズ・ガン監督らしさ」といえば「父と子の物語」も忘れてはならない。彼が自伝的小説『The Toy Collector』で明かしている通り、ジェームズ・ガンは、厳格で時に暴力的な父親のもとで育った。彼の作品には、そうした父親像を反映したキャラクターが繰り返し登場している。たとえば、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』3部作におけるサノス、エゴ、創造主ハイ・エボリューショナリー、あるいはドラマ『ピース・メイカー』における白人史上主義者の父親オーギーなどが挙げられる。

一方、ジェームズ・ガン監督は暴力的で支配的な父への対峙を描くと同時に、育ての親の温かな愛情の尊さも描いてきた。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』3部作におけるヨンドゥはその象徴的な存在だ。父親に対する愛憎入り混じった視線こそが、ジェームズ・ガン作品における最も印象的な主題のひとつといえる。

そして本作『スーパーマン』でも、やはり重要なのは、親の言葉だった。実の親の言葉、移民としての出自に悩みながら、スーパーマンは育ての親の言葉によって心の傷を癒していく。ここにもまた、「父と子」の主題が色濃く刻まれている。こうした父親像の描き方もジェームズ・ガン監督ならではだ。

スーパーマンは悩み、傷つきながらも人を助ける ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

スーパーマンによる「人間宣言」

何よりも本作で観客の胸を打つのは、スーパーマンが宿敵レックス・ルーサーに向けて放つスピーチである。これは、ある種、「スーパーマンの人間宣言」と呼ぶべきものだ。ジェームズ・ガン監督は本作を通じて、スーパーマンに貼られてきた「非人間的な理想」というラベルを徹底的に解体し、観客と同じ弱さや葛藤を抱えた一人の「人間」として再構築した。

宿敵レックス・ルーサーを演じるニコラス・ホルトは、『X-MEN』シリーズでビースト役を演じている ©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

このシーンは『アイアンマン』のラストで、主人公トニー・スターク / アイアンマンを演じたロバート・ダウニーJr.のアドリブ(という非常に人間的な演技プロセス)によって生まれた最後のセリフ「私がアイアンマンだ」を思い出させる。これはアイアンマンの正体は「人間」だと世間に告白した、スーパーヒーローによるいわば「人間宣言」であり、この瞬間、神秘に包まれていたヒーロー像は、はじめて私たちと同じ地平に立つ「人間」へと引き下ろされた。

これまでのDCEUが、ヒーローを神のような存在として神話的に描いてきたのに対し、本作『スーパーマン』は、スーパーマンという、「最も人間から遠い存在」を題材に、政治的でありながら、同時にセンスオブワンダーに満ちた娯楽作品として描き出す事に成功している。まさに今という時代にふさわしい、最高級のエンターテインメント作品だ。

https://youtu.be/UfaqcMtsT7Q

『スーパーマン』

監督:ジェームズ・ガン
出演:デイビッド・コレンスウェット、レイチェル・ブロズナハン、ニコラス・ホルト他

ワーナー・ブラザース映画
大ヒット公開中
©︎ &TM DC ©︎ 2025 WBEI

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/superman/

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