ストリートアートのことをどれだけ知っているだろう。東京・渋⾕ストリームホールにて開催中の『Stream of Banksy Effect ストリートアートの進化と⾰命 展 – Street Art (R)Evolution – 』は、ストリートアートがそもそもどんなもので、どう進化してきて、今どんな感じなのかを丸ごと教えてくれる、教科書とも⾔える⾮常に珍しい展覧会だ。
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ストリートアート射程圏外のアートファンにも観てほしい
バンクシーの活躍もあり、現代アートシーンで⼤きな存在感を放っているストリートアート。「なんとなくこんな感じ?」というふわっとしたイメージを確かな鑑賞体験に置き換え、⾃分はどう思うか、どんな作品が好きかなのか(あるいは嫌いなのか)をハッキリさせるまたとないチャンスである。

個⼈的には、これまでストリートアートを射程に収めて来なかったアートファンにこそ 観てほしい。グラフィティ=ヤンチャな若者の落書き=違法⾏為=⾃分とは無縁、なんて思っている⼈にこそ⾒てほしい! もしかしたら本来、私たちはストリートアートにもっともっと共感できるはずなのかもしれない。

フォトブースに置かれたものは全て、グラフィティアートを描くための道具だという。後で観る道具の展⽰コーナーと併せて、創造の現場を具体的にイメージさせてくれて興味深い。
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グラフィティアートの始まりはニューヨークの若者の⾃⼰主張
本展はおよそ6つのセクションで構成され、おおむね年代順にストリートアートの歩みを観ていく。登場するアーティストは50名、作品は約100点というなかなかの規模である。記事が⼤⻑編になってしまうので全てのアーティストに触れられないのが残念でならないが、以下、特に鑑賞の鍵となりそうなポイントについて紹介したい。

まずは全ての始まりである、1969年にニューヨークで⽣まれた「タグ」について。地下鉄⾞両や駅に描かれたアート未満のサインのようなもので、筆者は観光名所に描かれた「俺参上!」に近いものだと理解した。でも⾃分を主張するこのタグがニューヨークの若者の間で縄張りを意味するものとなり、より鮮やかな⾊彩や凝ったデザインを競うアートバトルの様相を呈してきた頃から、それは「グラフィティアート」と呼ばれるようになる。展⽰の冒頭ではタグを描いた先駆者として知られる、TAKI183の作品を観ることができる。後年に作品として制作されたものなので美しいキャンバスアート⾵になっているが、タグそのものは本当に「描いただけ」である。

とても⾯⽩いのが、冒頭にある初期のグラフィティアートたちだ。どれも地下鉄の路線図(駅に置いてある無料のパンフレットのようなもの)の上にペイントを施している。地下鉄という公共空間に描いたまさに「アンダーグラウンド」なアートというルーツを踏まえた上で、違法にならない表現の場として路線図が使われているのである。ちなみに本展のため来⽇したアーティストの中には、⾃国の地下鉄路線図を持参し、そこにタグを描いたものを名刺がわりにしている作家もいたという。⾃⾝と地域とのタグ付けが、グラフィティという創造活動の核⼼にあることを感じさせるエピソードである。
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キース・ヘリングとバスキアが繋いだストリートとアート

グラフィティアートは進化の中でさらに絵画的になり、「ストリートアート」というより⼤きなくくりの中に取り込まれる。その中で爆誕した時代の寵児が、キース・ヘリングとジャン=ミシェル・バスキアである。彼らの登場によってストリートアートはギャラリーに進出し、街⾓の落書きではなく正式なアート作品としてスポットを浴びることになる。
本展ではキース・ヘリングとバスキアに関しては展⽰数こそ少ない が、彼らの作品エリアだけがギャラリー⾵の真っ⽩な塗装壁になっており、ストリートアートの歴史にとってここが⼤きな転換点だったのだ、と直感的に感じられるようになっている。
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根幹にあるのは弱者の⽴場に⽴ったメッセージ

ストリートアートというスタイルは、やがてアメリカからヨーロッパへ広がってゆく。展⽰室には、Speedy GraphitoやInvader、JRにMadameといった、主にフランスのストリートが⽣んだ錚々たるアーティストたちの作品が並ぶ。

例えば Thirsty Bstrd による『 破産した場合はガラスを割る』 と訳されたタイトルの作品を⾒てみよう。バンクシーの『Girl with Balloon』の前に「IN CASE OF BANKRUPTCY BREAK GLASS」と⼤きく書かれたガラスが被せられていて(これじゃ作品は⾒えない……)、まるで電⾞などで⾒る⾮常⽤ボタン「IN CASE OF EMERGENCY BREAK GLASS(⾮常時にはここを割ってボタンを押してください)」である。バンクシーと bankruptcy(破産)を重ねつ つ、バンクシー作品を記録的な⾼額で売買するアートシーン、作品を資産としてしか⾒ないことを痛烈に⽪⾁った作品である。奥の Zevs
『液状化したシャネルのロゴ』も分かりやすいが、ストリートアートの多くが 弱者の⽴場に⽴ち、社会を睨み上げるようなメッセージを根幹に含んでいるのだと改めて実感した。
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道具で分かる、創造物へのプライド

続くエリアでは、ストリートアートを描くためのツールやアイテムが使い⽅の具体例とともに紹介されている。アーティストたちの創造へのひたむきさが感じられるので、ぜひ時間をたっぷり取って眺めてみてほしい!

ケースの中には、実際に出展アーティストから借りてきたという、制作跡の⽣々しい筆やローラーなどが。他、スプレー⽸のノズルも多数展⽰されていた。ストリートアーティストにとって、ノズルは必須アイテム。微妙な⾊の広がり具合が作品の仕上がりを左右するため、偏愛メーカーがあったり、⾃⾝で改造を施したりと、職⼈的とも⾔えるこだわりがあるという。ノリで描く落書きとは対極 の、創造物へのプライドを感じる。

「ブラックブック」と呼ばれる、アーティストの下書きやアイデアをまとめた「ネタ帳」が展⽰されているのは⾮常にレア。隣に は、とあるアーティストがこれまでに⾞両に描いた作品の記録アルバムまで展⽰されている。匿名という条件で借り出しているため、アルバムの作者は「不明」とのこと……もちろんそれは、⾞両をキャンバスにした創作が違法⾏為だからである。そりゃそうかとも思いつつ、こうしてその歩みが展覧会になるほど市⺠権を得ているストリートアートが、その気になればあっさり違法⾏為とされてしまうこと、そしてその違法⾏為の証拠写真を貴重な作例としてガラスケース越しに眺めている⾃分の状況に、強烈な捻れを感じてしまう。

ストリートアートといえば、捕まる前に⼿早く描けるステンシルの技法も⽋かせない。東京出⾝のアーティスト・JIKKENRATのステンシル型紙は、そのシルエットと併せて鑑賞できるようになっている。実際に彼のアトリエで、使⽤済みの型紙の塗料を剥がし取ったガムテープが窓に貼られており、光によってステンシルされた像が室内に満ちていた……という不思議な光景を再現するべく、本展の企画者が凝ったポイントなのだそうだ。そのほか、驚くほど繊細にカットされた Nevercrewのステンシル型紙帖なども⾒応え抜群なので注⽬を。
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新時代のストリートアートは多様な表現へと進化する
さらに展⽰は、まさに今活躍し、⾼い評価を受けているストリートアーティストたちの作品へ。全員名前と作品を覚えて帰るくらいのパッションを持って⾒つめたいエリアだ。例えば、波やフェルメール絵画を柔らかなタッチで描いたアンドレア・ラヴォ・マットーニの作品は、筆を使わず全てスプレーのみで制作されている。⾃⾝はストリートアーティストである、という強い主張と矜持のようなものを感じるスタイルだ。

また、鮮やかなブルーのキャンバスにハングル⽂字のような不思議な模様が描かれているのは Raulの作品。作家にとってこの独⾃の⽂字を描くことは、癒しや安寧への祈りのような意味があるという。会期中、渋⾕ストリームのパブリックスペース床にもこれと同じタイプの⼤型作品が展⽰されている。駅へ急ぐ⼈たち、スターバックスのテラス席で賑わう⼈たちの⾜元に、この「謎の儀式的な模様」が展開されているのは不思議な光景だった。込められた意味を知り、信じる⼈が増えていけば、いつか本当にこれは魔法の呪⽂になるのかもしれない。
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いざバンクシー!

いよいよ、本展の⼤部分を占めるバンクシー作品の展⽰エリアへ。作品数はここだけ30点以上あり、「CONSUMERISM(消費主義)」「WAR(戦争)」など、おおよそのテーマごとに分けて展⽰されている。また、ストリートアートとヒップホップとの関係に注⽬したエリアでは、バンクシーの⼿掛けたLPジャケットなども⾒ることができる。

個⼈的に⼤好きな、バーコードのシリーズを発⾒。バーコードの檻を破って、ヒョウが歩いてくる。同様にバーコードとサメを組み合わせた作品も有名だが、いずれも登場するのはヒトを喰う危険⽣物である。そこからは消費システムに潜んでいる悪意や危険に⾃覚的になるべし、というメッセージを読み取ることができるだろう。

バンクシー作品は、通常あり得ないモノ同⼠の組み合わせで発想されているという。ぬいぐるみかのように爆弾を抱きしめる少⼥や、銃を構えながらスマイルマークの顔をして天使の⽻をつけた警官、巨⼤なリボンを結えたヘリコプターなど……強烈な違和感にハッと⽴ち⽌まり、なぜ⾃分はそれをおかしいと感じるのかを⾔葉にしてみる。誰かと⼀緒だった場合、引っかかるポイントが全く異なることもあるだろう。そうして作品に向き合っていくうち、気づけば「幸せって?」「暴⼒って?」と、想像以上に⼤きな問いの前に⽴たされていることに気付く。価格の話とばかり絡めて語られることの多いバンクシーだが、やっぱりそもそもの作品の切れ味が鋭い。
バンクシーは今の⾃分たちと同じ時代を⽣きているアーティストである。だから時代背景や⽂脈がさっぱり分からない、というのはあり得ない。現代社会のことで、バンクシーが知っていて⾃分が知らないこと / 知れないことはほぼ無いといっていいだろう(バンクシーが政治的要⼈だったり国家機密を扱うスパイとかなら話は別)。それでもいくつかの作品からは何を受け取っていいか分からず、悔しい思いをした。⾃分は、そこへの関⼼も知識も弱いのだ。バンクシーからの⼤喜利のような投げかけに、常にビビッドに反応できる⾃分でありたいと思った。
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私たちの隣にある、⽇本のストリートアート

展⽰の終盤では、現在ストリートアートシーンで活躍する5名の⽇本のアーティストが紹介される。他国と⽐べて、まだストリートアートが成熟しきっていないという⽇本(解説パネルの⾔葉を借りると「⽇本社会特有の厳格で秩序ある空気」ゆえ)。けれど着々とアートとして認知され、街並みに組み込まれ始めている。

⼼に残るのは、東京の地下鉄路線図の上にグラフィティを描いたJIKKENRATの作品だ。1969年にニューヨークで始まった「ここに我あり!」のマインドを⾃覚的に引き継いだ、ストリートアートの原点そのものと⾔える作品ではないだろうか。

昨年オープンした国内最⼤級のスケボー施設・ムラサキパーク⽴川⽴⾶の⼤壁画を担当し、アーティストとして存在感を⾼めているSUIKOの2作品も。鮮やかな⾊彩と、有機と無機の間にあるような形態が魅⼒的だ。
また会場出⼝付近でも、本展のために編集されたというSUIKOの床⾯ミューラル(壁画)制作過程のムービーを 観ることができる。そちらは愛媛県・松⼭市のスケートパークでのプロジェクトだそうだ。