毎週火曜夜10時から放送中のテレビドラマ『宙わたる教室』(NHK総合)。11月5日(火)放送の第5話「真夏の夜のアストロノミー」で、全10話の折り返しを迎えたが、その魅力的な登場人物たちと演じる俳優たちの好演などもあり、既にドラマ好きの中で話題となっている。
原作は、大阪の定時制高校で起きた実話に着想を受けて作家・伊与原新(いよはらしん)が書いた同名小説(文藝春秋)。昨年2023年10月に発売され、第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも選ばれた傑作青春科学小説だ。
プロデューサーが発売直後に偶然、本屋で見かけた原作に惚れ込み、すぐにドラマ化を決めたという本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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知らないことを知る喜びに満ちているドラマ

「砂遊びですよ。その中に一片の法則を見出そうとするのが科学です」と『宙わたる教室』第4話で藤竹叶(窪田正孝)は言った。その言葉通りに科学の本質が「砂遊びから一片の法則を見出そうとすること」であるならば、ドラマ『宙わたる教室』(NHK総合)の本質は「教室の片隅から世界の姿を見出そうとすること」なのかもしれない。
本作は、知らないことを知る喜びに満ちている。第1話で柳田岳人(小林虎之介)は、「空はなぜ青いのか」という問いの答えを知り、夜の教室の外に一面の「青い空」を見る。第1話冒頭で藤竹が、こちらから見れば何でもない光景の中に遥か昔の「巨大な小惑星」の軌跡を見るように。第3話で名取佳純(伊東蒼)は「オポチュニティの轍」を通して「自分自身」を知った。第4話で長嶺省造(イッセー尾形)は「今の若い子」が抱えるそれぞれの問題を知り、逆に「今の若い子」であるところの岳人たちも、彼が生きてきた時代と人生を知る。
そして本作を通して、私たち視聴者もまた、知らなかった世界を知るのである。藤竹と生徒たちが取り組む実験の数々を通して、科学を知り、宇宙を知る。もしくは岳人や佳純が抱えている生きづらさを通して、読み書きに困難がある学習障害「ディスレクシア」や起立時にめまい、動悸、失神などが起きる自律神経の機能失調「起立性調節障害」を知る。フィリピン人の母と日本人の父を持つ越川アンジェラ(ガウ)の幼少期のエピソードや、長嶺夫婦の集団就職のエピソードを通して、知らなかった歴史を知り、世代間の衝突の原因に思いを馳せる。誰かのことを知ることは、その人ときちんと「出会う」ことだ。エンドロールに流れる絵の連なりが何を示しているか、第1話の段階では分からないが、回を重ねるにつれて、それが各話で行われる実験を示していることがわかり、その全貌が見えてくるのと同じように、本作は視聴者に、彼ら彼女らと出会う機会を与えてくれる。
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定時制高校の科学部を舞台に日常から宇宙を描く

『宙わたる教室』の舞台は東京・新宿にある定時制高校・東新宿高校。年齢も、抱える事情も様々な生徒たちが通う高校に、元研究者の理科教師・藤竹が赴任してくる。第1話で描かれたのはディスレクシアであるために誰にも理解されない生きづらさを抱え続けてきた生徒・岳人の話だった。自分自身の特性に気づいた岳人は自分に適した学び方を知り、藤竹が実験を通して教えてくれた「空はなぜ青いのか」の問いを皮切りに、科学の世界にのめり込んでいく。彼を部員第1号として発足した、藤竹が顧問の科学部は、回を重ねるごとに個性豊かな仲間を増やしていき、第5話で本格的に始動する。
原作は、作家・伊与原新による、実話に着想を得た同名小説であり、第70回青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも選ばれた。ちなみに伊与原は、岩石のデータから地球の仕組みを解明するなど、太陽系全般における多様な形態を研究の対象とする学問「地球惑星科学」を研究する研究者だったという前歴を持っている。脚本は、『愛がなんだ』(2019年)、『ちひろさん』(2023年)、『アンダーカレント』(2023年)など複数の今泉力哉監督による映画の脚本を今泉と共同で手掛けてきた澤井香織が担当。ドラマではヤングケアラーの少女が主人公の特集ドラマ『むこう岸』(NHK総合)が記憶に新しい。『アンダーカレント』は、真木よう子演じる主人公が営む銭湯と彼女が住む家を中心とした、一見平凡な日常を見つめているようで、気づいたらそこにずっと横たわっていた不穏な世界の断片を目の当たりにする不思議な映画だった。それはまさに、教室の片隅から宇宙と世界を見つめ、やがて火星を作ろうとする『宙わたる教室』にも通じるものがあるのではないか。
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窪田正孝、小林虎之介ら俳優陣の筆舌し難い魅力

まず、教師・藤竹の佇まいがいい。生徒たちの思いを柔らかく肯定しながら、さりげなく生徒同士が繋がりを持てるようにアシストしたり、自発的な気づきを促したりする。第3話で佳純が保健室の来室ノートに書いた自身の記録に対する藤竹のささやかな返信を読んで「yes.」と返した次の日に、さらなる返信を期待して小走りで保健室に向かう佳純の姿は、それだけで藤竹が佳純の「ハブ(重装備がなくても息ができる場所)」になったことを示していた。
藤竹を演じる窪田正孝は、今年だけでも映画『Cloud クラウド』の村岡役で存在そのものの不穏さを、『ラストマイル』の久部六郎役で変わらぬ姿と成長ぶりをと、実に多様な役柄を演じ分けている。本作の藤竹役もまた、第1話で学校に乗り込んできた岳人の友人たちと対峙した後、「ちゃんと先生でしたよ」と教師仲間の木内泉水(田中哲司)や佐久間理央(木村文乃)に言われた時に少し照れた顔をして去っていく背中の言いようもない素敵さなど、見事なハマり役である。また、岳人を演じる小林虎之介の、好きなものに対するキラキラとした眼差しの美しさや、第4話における長嶺省造を演じるイッセー尾形の圧巻の語りなど、俳優陣の好演もまた、筆舌し難いものがある。