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原作者が認めた「アンサー的映画」
本作は純然たるエンターテインメントおよび完全なフィクションであるが、日本の司法制度や警察組織の腐敗といった社会問題、さらにはソーシャルメディアの功罪に切り込む場面もある。警察が性急かつ勝手な判断を下したり、それでも主人公の潔白を信じる人々の姿から、現実の一家4人殺害事件の再審で無罪が確定した袴田巌のことを思い出す方もいるだろう。
また、原作小説を読んでみると、2時間の映画に落とし込むための取捨選択と再構成は的確だと思えた。そして、原作者の染井為人が「ぼくが描かなかった部分をあえて主軸に置いていて、映画『正体』は小説『正体』のアンサー作品だと思います」と語っていることも重要だ。具体的にどういったアンサーが投げかけられたのかは、今回の映画のネタバレになるのでいっさい書けない。だが、なるほど原作小説を読めばこそ、確かに現実の社会問題に対する、映画ならではの誠実な「答え」があった。
あえて本作の難点をあげるのであれば、行く先々で素顔や無防備な姿をさらしていく、日本中に知られた指名手配中の脱走犯が、ここまで長い期間逃げ切れることに、少し無理を感じてしまうことだろうか。原作小説では整形をした(と思われる)場面がある他、誰かに出会う前の状況の説明(推理)もあって補完できるのだが、映像作品ではそこをもう少し突き詰めても良かったのかもしれない……が、一方で、17年間も逃亡していた指名手配犯が日本にいる現実なども踏まえれば、決して絵空事ともいえないのかもしれない。
そんな難点は、全体の完成度と面白さからすれば、ごくごく些細なこと。藤井道人監督の作家性を全開にして、横浜流星の魅力がこの1本の映画だけで味わいつくせるほどに詰まった、ここまで万人におすすめできるエンターテインメントを、映画館で見ないのはあまりにもったいない。日ごろ日本映画を見ないという方も、そのレベルの高さを知るためにも、ぜひ劇場へ足を運んでほしい。
『正体』

■公開:11月29日(金)
■監督:藤井道人
■出演:横浜流星 吉岡里帆 森本慎太郎(SixTONES) 山田杏奈 山田孝之
■脚本:小寺和久、藤井道人
■原作:染井為人『正体』(光文社文庫)
■配給:松竹
■公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/shotai-movie
(C)2024映画「正体」製作委員
<STORY>
日本各地を潜伏し逃走を続ける、5つの顔を持つ指名手配犯
彼と出会い、信じる、疑う、恋する、追う4人--彼は凶悪犯か、無実の青年か?
殺人事件の容疑者として逮捕された鏑木(横浜流星)が脱走した。潜伏し逃走を続ける鏑木と日本各地で出会った沙耶香(吉岡里帆)、和也(森本慎太郎)、舞(山田杏奈)そして彼を追う刑事・又貫(山田孝之)。又貫は沙耶香らを取り調べるが、それぞれ出会った鏑木はまったく別人のような姿だった。間一髪の逃走を繰り返す488日間。彼の正体とは?鏑木の計画とはーー。