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異色のサイコ・サスペンスドラマ『災』が問う「災い」の意味

2025.5.11

#MOVIE

©WOWOW
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WOWOWで放送・配信中の『連続ドラマW 災』が静かな熱狂を生んでいる。

カンヌ国際映画祭などで高い評価を得た黒木華、柳楽優弥出演の短編映画『どちらを』(2018年)や香川照之主演映画『宮松と山下』(2022年)、NHKのスペシャルドラマ『あれからどうした』(2023)などを手掛けた映画制作プロジェクト・5月に所属する関友太郎と平瀬謙太朗による本作は、全6話で香川照之が6役を怪演する異色のサイコ・サスペンスとなっている。

中村アン、竹原ピストル、宮近海斗のレギュラーキャストに加え、安達祐実と中島セナ、松田龍平、内田慈と藤原季節、じろう(シソンヌ)と奥野瑛太など、各話の主人公を演じる俳優の繊細な演技と、まるで映画のようなカメラワークや奇妙な照明と音楽も画期的な本作。

各話で描かれる事件の真相や、香川演じる「あの男」の正体、そして「災」とは何かなど、謎だらけのまま最終回を迎える本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。

※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

「あの男」「“災い”とは何か」という謎から目が離せなくなる

第1話の主人公は複雑な家庭環境にいる受験生・北川祐里(中島セナ)©WOWOW
第1話の主人公は複雑な家庭環境にいる受験生・北川祐里(中島セナ)©WOWOW

『災』第5話の冒頭は波打つ海のショットから始まる。第1話の冒頭で描かれた、千葉で溺死した漁協食堂「相模亭」の店員・道子(安達祐実)の事件について道子の夫・嘉人(嶺豪一)から再度、話を聞こうと訪れた刑事・堂本翠(中村アン)と彼のやり取りの後、「自然災害や事故やそういった災難によって家族を失った。そう考えればいいと思ったんだ」と言う嘉人の言葉を裏付けるかのように、カメラは、道子の命を奪った海を映す。そして、その画面は唐突に静止するのである。

その一瞬の間は、まるで香川照之演じる「あの男」自身を示しているかのようだ。彼が人々と対話する時に、恐らく意図的に空けているのだろう奇妙な間。第1話では受験生・北川祐里(中島セナ)に優しく声を掛ける最中に。第2話では「空っぽだからさ、俺」と言う彼に対し励ましの言葉を投げかけるトラック整備士・倉本慎一郎(松田龍平)を前に。第3話では、理容師・皆川慎(藤原季節)を飲みに誘う時。第4話では旅館支配人の弟・俊哉(奥野瑛太)に苔の話をしながら。そして、第5話では堂本の先輩刑事・飯田剛(竹原ピストル)に「なんで、ここで働こうと思ったんですか」と聞かれ、彼は「それは、いくつも応募して……」と返した後、しばらく言葉を選ぶように黙り込む。そうなると人々は、彼の次の言葉をじっと待つしかない。そのうち、気づいたら彼のペースに取り込まれている。

彼に操られるのは、登場人物だけではない。第5話において、すべての音はなくなり、彼の回す洗濯機の音だけが一際大きく鳴り響く。まるで作品そのものが彼の支配下にあるようだ。更に、彼は、テレビのこちら側にいる視聴者の心まで支配してしまう。気づいたら私たちは、香川照之が見事に演じ分ける「あの男」という謎から、あるいは「“災い”とは何か」という本作が投げかける問いから、片時も目が離せなくなるのである。

「あの男」の登場と共にあっけなく崩れ去る日常

連続殺人事件の可能性を探る刑事・堂本(中村アン)©WOWOW
連続殺人事件の可能性を探る刑事・堂本(中村アン)©WOWOW

WOWOWで放送・配信中の『連続ドラマW 災』が最終話を迎える。映画制作プロジェクト・5月に所属する関友太郎と平瀬謙太朗が監督・脚本・編集を務めた本作が全6話で描くのは「現代を生きる罪なき6人の主人公たちの人生」。各話の主人公たちの日常を繋ぐのは、各話で全く違う人物を生きているようでいながら、彼ら彼女らの側にそっと紛れ込む香川照之が演じる「あの男」だった。そして、その日常は、ほどなくして主人公たちの身に降りかかる「災い」によってあっけなく崩れ去ってしまう。そんな一連の悲劇に共通する「死亡者の髪の毛の変わった形状」を発見した、神奈川県警捜査一課の刑事・堂本が、連続殺人事件の可能性を探るというのが本作の連続ドラマとしての本筋だ。

孤独な人々のささやかな幸せと唐突な不幸の連なり

第2話でトラック整備士・倉本慎一郎(松田龍平)に訪れる本当の悲劇©WOWOW
第2話でトラック整備士・倉本慎一郎(松田龍平)に訪れる本当の悲劇©WOWOW

それぞれの背景を抱えて孤独に生きてきた人々が、何らかの拠りどころを見つける。もしくは、誰かと心を通わせる。その先に一縷の希望を見出したかと思いきや、ある日突然、それぞれの人生に残酷な「災い」が降りかかる。中村アン、松田龍平、じろう(シソンヌ)、中島セナ、内田慈、藤原季節、宮近海斗、竹原ピストルといった演者の表現の素晴らしさも相まって、各話が異なる映画として成立するのではないかと思わせるほど重厚な本作において繰り返し描かれるのは、彼女ら彼らが見出したささやかな幸せと、その先の不幸の連なりだ。

例えば、第1話の主人公・祐里が香川照之演じる塾の先生が運転する車の助手席から見上げた夜空に浮かんでいたのだろう、現実味を帯びてきた建築士という進路への希望。片や飲酒運転の末に人を死なせる事故を起こして断酒中の倉本のアルコールへの欲望が徐々に増幅していく様を描いた第2話の本当の悲劇は、別居中の妻・加奈(佐藤みゆき)の死自体よりも、彼にとっての「妻に会う」という希望が断たれることだった。さらに、ショッピングモールの清掃員として働く崎山伊織(内田慈)のリアルな日常の積み重ねが、理容師・皆川との間に芽生えた恋という希望をより美しく残酷に輝かせた第3話。周囲からは犬猿の仲で正反対の性格と思われている岸兄弟(じろう、奥野瑛太)の奇妙な符合を描いた第4話は、やはり別れた妻からの連絡に希望を見出した直後に文也(じろう)の死が描かれる。

別れた妻からの連絡に希望を見出した直後に文也(じろう)に訪れた災い©WOWOW
別れた妻からの連絡に希望を見出した直後に文也(じろう)に訪れた災い©WOWOW

それらはどれも、特別な誰かの物語ではなく、もがきながら生きる市井の人々の普遍的な日常の中に存在する、華やいだ瞬間を切り取ったかのようだった。遺された人々は、前述した嘉人のように「災難によって家族を失ったと考えればいい」と思うしかない。第4話で文也が妻に去られた時を踏まえて言うように「たとえ自分に非がなかったとしても、そんなの関係なく災いっていうのは降りかかってくる」し、同じく第4話で飯田(竹原ピストル)が自らの母の死を踏まえて「なんの理由もなく人が死ぬことはあるからな」と言う通り、散歩中の交通事故死など、当人からすれば理由などなく、防ぎようのない悲劇はこの世に数多存在するのだから。

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