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音楽を通して、アメリカの歴史の再考を促す
彼女は、ただ音楽を奏でるのみならず、自身の音楽をアメリカ文化、ならびにアメリカの歴史の再考を促すメディア(媒体)として「活用」してきた。
例えば、Carolina Chocolate DropsやOur Native Daughtersの活動では、白人音楽として認識されてきたストリングバンドミュージックが黒人ミュージシャンによっても創られてきたという歴史に光を当てた。さらにOur Native Daughtersでは、黒人女性の体験談を照射し、一般的に知られている奴隷の歴史や体験が、アフリカ系アメリカ人女性の立場から語られていないことを指摘した。
アルバム『Freedom Highway』(2017年)は、ジム・クロウ法による人種隔離政策が敷かれていた南部にいた黒人と、銃弾に不当に倒れる現代のアメリカ黒人の物語を、ミンストレルバンジョーで演奏し、アメリカの歴史と体験を再考させる作品だ。そのタイトルは、選挙権を求めて行われたアラバマ州セルマからモンゴメリーへのデモ行進を題材にしたThe Staple Singersの同名曲・アルバム(1965年)が元になっている。
ミンストレルバンジョーは、19世紀後半、白人が顔を黒塗りにして、彼らが想像するステレオタイプ化された黒人を演じる「娯楽」=ミンストレルショーで頻繁に使われていた楽器だ。五弦バンジョーとは異なり、フレットが無く、リゾネーターがついておらず、音色も低い。白人の演者たちは、奴隷がアフリカから持ち込んだ、奴隷の象徴でもあったこの楽器を使い、黒人と白人の違いを差別的に強調したショーの音として印象付けた。ギデンズは、奴隷制や白人優位社会という「白人国家としてのアメリカ」の負の遺産を背負ったこの楽器をあえて用い、ヒップホップ、ゴスペル、ディキシーランドジャズ、フォークなどのスタイルでカバーとオリジナル曲を演奏した。
前述のオペラ『Omar』では、アラブ語で書かれた唯一のアメリカ奴隷の自伝の作者であるオマール・イブン・サイード(Omar ibn Said)の生涯を辿った。オマールは実在した人物で、現セネガル北部に位置した大フロ帝国のフータ・トロにいたイスラム学者だ。内戦で捕えられ、1807年にアメリカ合衆国に奴隷として連れて来られた。ギデンズはこのオペラを通して、これまでアメリカ合衆国側の視点から書かれてきた奴隷の歴史と体験を、アフリカでは裕福でイスラム教徒の知識層だった奴隷の立場から書き直している。
