INDEX
自身に変化をもたらした、母や他者との制作
—お話を聞いていると、記憶を受け渡すことについて考えさせられます。例えば「人類の歴史」として、ざっくりとした年表は歴史の教科書に載るかもしれないけれど、自分が誰にも見せない日記に書いているような記憶はどうすれば未来に残るんだろうと思うんです。
小田:思う!
—そうですよね!
小田:脳内を透視されてるかと思った。興行が始まる『Underground アンダーグラウンド』とは別に、最近また母親を撮っているんです。母親は長いこと主婦やったんですけど、母が死んだ後、生きた跡みたいなものはどうなるんやろうって。もちろん私には母の記憶があるけど、子どもを育てあげた以外の側面も残るべきなんじゃないか、もうちょっとちゃんと残しておきたいなと思って、母との記録シリーズというのを立ち上げました。ちっちゃい地味な作品なんですけど、それが楽しくて。

—小田さんが映画にするからこそ、長く受け継がれていく部分がありそうです。
小田:そうしようとしていますね。私自身がまず母の「母」以外の面を映画で受け継ごうとしているし。
—身近な人の歴史って、意外と知らないことが多いですよね。
小田:普通に聞いても言ってくれへんし。はぐらかされるというか。でも「映画に撮りたい、残したい」って正直に言ったら、結構話してくれる。「これは何の効果なんやろな」と思いつつ。映画を挟むことで少しフィクショナルな面が生まれて、母親的にも安心するのかもしれない。
—『ノイズが言うには』から今までお母さんを撮り続けていることはきっと、小田さんにとって大切なことですよね。
小田:そうね。自分の変容具合がわかる。前は母親相手だと「母親やねんから、私が思ってること全部わかってくれよ」っていう甘えがあったけど、最近はそういうフェーズから抜けて。人と人として向き合うようになってきました。「こういうことがやりたい」「ここはちょっとわからへん」と一つひとつ説明して。
—実際に作品を拝見するのがとても楽しみです。新たな試みと言えば、これまでほとんどの作品で監督、編集、撮影をご自身で手がけられてきた小田さんが『Underground アンダーグラウンド』で他スタッフさんとチームを組まれていたことも新鮮でした。
小田:現場ではさまざまな判断をして、最後の責任を取るっていう意味で監督業をしていたと思います。でも、その上で『Underground アンダーグラウンド』のチームは「フィルムメーカーの集団」というのが私の認識に近くて。
—一人ひとりが作家として並列な関係だった?
小田:私は監督やからその役割がもっている権力みたいなものは認識せなあかんと思っているし、初めての試みだったので反省も沢山あるんですけど。みなさんが作り手で、私もその一人だった。
一般的に「映画制作」と言われて想像する画があるじゃないですか。監督がいて、スタッフがいて。あれやったら、私は監督業をできへんなって不安もあって。だから自分たちのやり方でないと、映画を作っていけへんような気がしています。メンバーはその都度入れ替わるかもしれないですけど、常に、そのメンバーやからの制作方法っていうのがあるはずで、それは今後も考えていきたいなと。

—『Underground アンダーグラウンド』の現場では、スタッフさんたちとのやりとりはどんなふうでしたか。
小田:私は明確に指示を出すというより、誤差をならしていくような立場でした。音は全然聞かずに信頼して任せていたし、カメラもビューファインダーで一応覗くんですけど、正直覗いてもわからないんですよね(笑)。そのままは映らへんからさ。
—これまで自分で握っていた部分を人に委ねるのはとても大きな変化のようにも思えますが、なぜ『Underground アンダーグラウンド』で集団制作に踏み出したのでしょう。
小田:いろんな人が「映画は集団制作だ」とか「集団芸術や」って言うやん。どんな感じなのかな、って。それに自分で一つの作品をまとめる作業はこの十数年でできるようになってきたから。そうなったら予想できるやん。自分が何を撮れて、どんな作品になるのか。結果が予想できたら、映画制作の大変さに耐えられへんから。
どんな映画ができるかわからないワクワク感とか、映画的な喜びを、制作の中でずっと味わいたいやんか。その中で他者と協働するっていうのが、私にとって全く予想できてへんことで。だから今回学んでみることにしました。
編集・浅井:ちなみに今後、編集をどなたかに委ねる予定はありますか。
小田:私が編集やらへんかったら、私の映画、どうなんねんや!
編集・浅井:(笑)。私もそれは思っていて。
小田:情報共有が必要な場面でショットごとのリストを作って協働者と話し合うことは過去にもありましたが、ある程度の作品の筋は……。ドキュメンタリー映画においては、編集者って脚本家やと思うので、今のところ、編集を人に全部委ねることはないと思います。素材を組み立てる中で映画ができあがっていく感覚を、まだ手放せないですね。

『Underground アンダーグラウンド』

2025年3月1日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
2024年/日本/83 分/カラー/5.1ch
監督:小田香
出演:吉開菜央 松永光雄 松尾英雅
テクニカルディレクション・録音・グレーディング:長崎隼人
撮影:高野貴子
照明:平谷里紗、白鳥友輔
監督補佐・撮影補佐:鳥井雄人
撮影補佐:三浦博之
投影装置制作:岩田拓朗、平戸理子、山田大揮
スチル:権藤義人
プロダクション・コーディネート:小山冴子、小田絵理子
整音・サウンドデザイン:山﨑巌
音楽:細井美裕
タイトルデザイン・グラフィックデザイン:畑ユリエ
プロデューサー:筒井龍平、杉原永純
製作:トリクスタ
共同製作:シネ・ヌーヴォ、ユーロスペース、ナゴヤキネマ・ノイ、札幌文化芸術交流センターSCARTS、豊中市立文化芸術センター
配給:ユーロスペース+スリーピン