INDEX
「言葉にしたから」といって万人に自分の思いが伝わるわけではありません。
―終盤、亜希が野土香に宛てた手紙を読みますね。その手紙を亜希は、「読んでも自分と野土香以外には何が書いてあるかわからないだろう」と言います。それは、同じ「王国」を共有した自分と野土香にだけ理解できるものなのだと。
草野:亜希は野土香と持ち得た時間、つまり2人が紡いできた関係性にずっと入ったままでいたいんですね。そこから出られない亜希というのが、あの手紙に凝縮されてるんじゃないかなと思っています。だから結局、言葉にしたとしても2人にしか通じません。他の人には通じないかもしれない手紙を書いてしまう点で、結局、亜希という人物は野土香との「王国」に閉じてしまったままなんですよね。
でも、それはそれでいいと思うんです。「言葉にしたから」と言って万人に自分の思いが伝わるわけではないし、むしろ逆方向に舵を取り、誤って受け取られてしまう言葉もありますから。

草野:あの手紙は、まず脚本家の高橋くんが下地の文を作ってくれました。その下地の文を読んだ亜希役の澁谷さんがリハーサルを繰り返す中で、「この感情は味わった」とか、「この感情は味わっていない」とか、そういうチェックをしていって書き足していく作業もあったんです。
そのときに、言葉を判別している人物は、亜希という役柄なのか、それとも俳優である澁谷麻美なのかって考えると、すごく面白いなって思いましたね。「どっちの状態で言葉を紡いでるのか」と監督である自分も興味を抱きました。

―直人に、「いいじゃん、言葉を表に出しててさ」と言われた亜希が、返す言葉を飲み込んで、戸惑っているような表情をするラストシーンが印象的です。言葉にできないことを押さえて、戸惑っているその表情や顔っていうものを発見する映画だとも思いました。
草野:あれ、すごくいい顔ですよね。カメラマンの渡邉寿岳くんが「あのシーンが一番幸せな3人のシーンで、そのあとはもう幸せなシーンが段々なくなってしまうんだ」って話をしていて、ああ確かにそうだなって思って。その幸せなシーンの中で、絶妙な気持ちの変化が起きる。それがちゃんと画面に映ってくれたなって思ったのが、あの顔ですね。
だから、あそこが一番うまく撮れたという自負があるし、やりたいことができました。あれ以上の芝居になると、今度はもう、本番の表情になってしまう。その、すれすれのラインのところでもあるから、あのテイクを最後に持ってきたんです。

『王国(あるいはその家について)』

12月9日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
監督:草野なつか
脚本:高橋知由
撮影:渡邉寿岳
音響:黄永昌
助監督:平波亘
美術:加藤小雪
衣裳:小笠原由恵
ヘアメイク:寺沢ルミ
編集:鈴尾啓太、草野なつか
エンディング曲:GRIM「Heritage」
エグゼクティブ・プロデューサー:越後谷卓司
プロデューサー:鈴木徳至
企画:愛知芸術文化センター
制作:愛知県美術館
配給:コギトワークス
出演:澁谷麻美、笠島智、足立智充
2018年/カラー/スタンダード/150分
公式サイト:domains-movie.com