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新時代のお仕事ドラマ『無能の鷹』が問う「働かないアリ」の存在意義

2024.11.29

#MOVIE

『無能の鷹』©テレビ朝日

異色のお仕事ドラマが話題になっている。

はんざき朝未による人気お仕事マンガ『無能の鷹』(講談社)を、テレビ朝日ドラマ初主演となる菜々緒を主演に迎えて実写化。

スマートな身のこなしに落ち着いた声と、いかにも有能そうなのに、実は、PCの起動もできないほど衝撃的に無能な鷹野ツメ子を取り巻く「超・脱力系お仕事コメディ」は、鷹野が発するシンプルながら本質を突く「鷹野語録」も含めて、SNSを中心として人気に。

無能な鷹野と普通な同僚たちの日常を笑って見ている内に、いつの間にか会社や仕事について考えさせられるお仕事ドラマについて、ドラマ / 映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。

※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

私たちの日常に限りなく近い不思議なドラマ

TALON営業部の鵜飼朱音(さとうほなみ)、鳩山樹(井浦新)、鷹野ツメ子(菜々緒)、雉谷耕太(工藤阿須加)、朱雀又一郎(高橋克実)©テレビ朝日
TALON営業部の鵜飼朱音(さとうほなみ)、鳩山樹(井浦新)、鷹野ツメ子(菜々緒)、雉谷耕太(工藤阿須加)、朱雀又一郎(高橋克実)©テレビ朝日

『無能の鷹』(テレビ朝日系)は不思議なドラマだ。菜々緒が爽やかに演じる「見た目は有能、中身は無能」な主人公・鷹野ツメ子とITコンサル企業TALON営業部の個性的な同僚たちとの、面白くて一見あり得ないギャグのようなやりとりを笑いながら眺めていたら、最後には思わぬ感動が待ち構えていて、ついホロッとさせられる。特段、何かが大きく変わるわけでもない。鷹野のペン回しが成功したことを泣きながら喜ぶ先輩・鳩山樹(井浦新)を同僚みんなで見つめるぐらい。

でも、第4話で鶸田道人(塩野瑛久)が言うように「ささやかかもしれないけれど、会社でもドラマチックなことは起こる」のである。それは、鷹野の予想外の行動に翻弄される営業先の会社の人々が、忘れかけていた大事なことを思い出すように。普段クールな雉谷耕太(工藤阿須加)が自分の中にある同僚への愛に気づいたように。上司・朱雀又一郎(高橋克実)が「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えたように。そして、そうしたささやかなドラマが起きる社会は、テレビを観ている私たちの日常に限りなく近いのではないか。

『光る君へ』塩野瑛久と『虎に翼』土居志央梨の底知れぬ力量

「無能の鷹野」こと鷹野ツメ子(菜々緒)©テレビ朝日
「無能の鷹野」こと鷹野ツメ子(菜々緒)©テレビ朝日

はんざき朝未による人気コミックス『無能の鷹』(講談社『Kiss」連載)を実写ドラマ化した本作。演出は『アンナチュラル』(2018年 / TBS系)、『最愛』(2021年 / TBS系)などの村尾嘉昭と、『半沢直樹』(2013年 / TBS系)、『下町ロケット』(2015年 / TBS系)の棚澤孝義。脚本を手掛けたのは、現在放送中のNHK連続テレビ小説『おむすび』(NHK総合)の脚本を手掛ける根本ノンジである。『監察医 朝顔』(2019年 / フジテレビ系)や『パリピ孔明』(2023年 / フジテレビ系)など、これまでもジャンルを問わず多くの作品を手掛けてきたが、何より印象的なのは『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(2021年 / 日本テレビ系 / 泰三子原作)、『正直不動産』(2022年 / NHK / 大谷アキラ、夏原武、水野光博原作)といったお仕事ドラマの数々だ。どちらも交番、不動産業界で働く人々のリアルな現実を描いた作品として定評のある原作マンガの良さが根底にあり、その上で優れた俳優たちが演じる個性的なキャラクターが光る、笑って泣ける秀作であった。

『ハコヅメ』『正直不動産』『無能の鷹』に共通するのは、一見、突飛な登場人物一人ひとりに、気づいたら自分自身や身近な人を重ねずにはいられなくなってしまうこと。だから視聴者は、彼ら彼女らを愛おしく感じずにはいられないし、物語を通して私たちの生きている「今」を見つめ、彼ら彼女らを通して日々働く「職場」を見つめずにはいられないのだ。

鷹野と同期の新入社員・鶸田道人(塩野瑛久)©テレビ朝日
鷹野と同期の新入社員・鶸田道人(塩野瑛久)©テレビ朝日

開発部のエンジニア鵙尾弓(土居志央梨)©テレビ朝日
開発部のエンジニア鵙尾弓(土居志央梨)©テレビ朝日

本作は、演者たちの魅力が際立ったドラマでもある。普段「カッコ良くて完璧な人」のイメージが強い菜々緒が「無能の鷹野」という異名を持つ鷹野ツメ子を演じる意外性。そして、それが見事にハマっているキャスティングの妙はもちろんのこと、大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合)で一条天皇を演じた塩野瑛久や、朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)で主人公の同期・山田よねを演じた土居志央梨にも驚かされた。2024年のテレビドラマシーンにおいて唯一無二のハマリ役を得て最も輝いたとも言える俳優2人が演じた鶸田道人と鵙尾弓のいい意味での「普通さ」に、俳優としての底知れぬ力量を感じさせた。

「普通」も「無能」も「有能」もありのままを肯定

鷹野ツメ子(菜々緒)によって自らの過ちを気付かされる営業部部長・朱雀又一郎(高橋克実)©テレビ朝日
鷹野ツメ子(菜々緒)によって自らの過ちを気付かされる営業部部長・朱雀又一郎(高橋克実)©テレビ朝日

本作は、公式サイトに「肩の力を抜くどころか『膝カックン》してしまうような新時代のお仕事ドラマ」とあるように、脱力しきって見ることができる愉快なドラマでありながら、思わぬところで本質を突いてみせる。例えば仲が悪いとされる鵜飼朱音(さとうほなみ)と鵙尾(土居志央梨)の2人が、実は互いの一番の理解者であることが証明された第3話。鵜飼の出世に対する想いだけでなく、「女性初の部長」である鴫石郁(安藤玉恵)の内なる声を通して、働く女性たちそれぞれの内面が描かれた。一方「老害」と部下に言われショックを受ける営業部部長・朱雀の悲哀を描いた回である第5話は、こじれた上司と部下の想いを解きほぐす回であると同時に、急速な時代の変化に合わせることが難しい現代の中高年男性の生きづらさと向き合った回だった。同期の絆と「リモート」がテーマだった第6話の裏テーマはコロナ禍だ。これらのエピソードから透けて見えるのは、働く現場の今であり、それぞれの世代が抱えている想いだ。

いい人すぎるベテラン社員・鳩山樹(井浦新)©テレビ朝日
いい人すぎるベテラン社員・鳩山樹(井浦新)©テレビ朝日

でも、同僚の彼ら彼女ら自身は、自身を中心に描かれた回を経ても大きく変わることはない。「いい人すぎる」鳩山のエピソードは数話に渡って描かれているが、彼はその都度、本質的には変われない自分を認め、変わらず、苦労が絶えない日々を過ごしていく。鷹野に指摘され、自分の中にある同僚への愛を自覚した雉谷も、次の瞬間には面倒事を鶸田に押し付けている。鷹野もまた、第7話の終盤に至るまで一貫して無能を貫いている。第7話で鵤流星(宮尾俊太郎)と鳩山のエピソードを通して描かれたのは、まさに、それらの総括とも言える。「普通であること」から抗おうとした彼らが「普通」でいい、むしろ「普通」なところが好きなのだと抱きしめられること。恋をする彼ら彼女らが「キモいとは幸せなこと」なのだと肯定されること。それらはどれも、「普通」でも「無能」でも「有能」でもありのままでいればいいのだと教えてくれる。

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