ブラジルの北東部に位置するバイーア州の港町、サルバドール。かつてアフリカから多くの人々が奴隷として連れてこられたこの街に、現在、アーティストのコムアイは滞在している。
近年、訪れた国内外の土地土地の伝統芸能や民俗音楽と感応しながらパフォーマンスを行なってきたコムアイは、サルバドールに暮らすなかで、そこに根付く文化から多大な刺激を受けているという。
そんなコムアイは、来る4月19日(土)、『KYOTOPHONIE ボーダレスミュージックフェスティバル』に出演。ブラジルのアーティスト、フィリペ・カットとのダブル・ヘッドラインとなるステージで、アーティスト・音楽家の小林七生(FATHER)とのデュオでのライブパフォーマンスを行う。
サルバドールをはじめとした、世界各地での滞在から宿ったものは、『KYOTOPHONIE』においてどのように表現されるのか。パフォーマンスのインスピレーション源の一つである、コムアイが体験したサルバドールの文化や音楽事情についてのインタビューを、現地の熱を感じる動画や写真とともにお届けする。
INDEX
サルバドールは日本で言う、奈良や京都?
─ブラジルにはいつから滞在されているんですか?
コムアイ:2024年の3月からですね。その間に、合計して7、8ヶ月ぐらいは滞在していると思います。

声と身体を主に用いて表現活動を行うアーティスト。日本の郷土芸能や民俗学、北インドの古典音楽に影響を受けている。現在はブラジルのバイーア州に滞在し、ペルーのアマゾンでの出産体験を本にするべく執筆中。主な作品に、屋久島からインスピレーションを得てオオルタイチと制作したアルバム『YAKUSHIMA TREASURE』や、奈良県明日香村の石舞台古墳でのパフォーマンス『石室古墳に巣ごもる夢』、東京都現代美術館でのクリスチャン・マークレーのグラフィック・スコア『No!』のソロパフォーマンスなど。水にまつわる課題を学び広告するアーティビズム・コレクティブ『HYPE FREE WATER』をビジュアルアーティストの村田実莉と立ち上げる。NHK『雨の日』、Netflix『Followers』、映画『福田村事件』などに出演し、俳優としても活動。音楽ユニット・水曜日のカンパネラを2021年に脱退。現在はブラジル、バイーア州に滞在中。
─そもそもどうしてブラジルに滞在されることになったんでしょう。
コムアイ:もともと私はインドに行きたかったんです。数年間インドだけに通っていて、バンガロールの先生に歌を習ったりもしてきたので、残りの人生はインドで過ごすつもりと周りに言っていました。「嘘やん、薄っぺら!」と思われるかもしれないですけど(笑)、本当に。
─そんなことないです(笑)。
コムアイ:いまもインドへの気持ちを捨てたわけではないんですけど、パートナーも私も同じ助成金に応募していて、その行き先が私はインドで、彼がブラジルだったんです。両方受かったら両方行くつもりで。でも私は落ちまして。彼だけ受かったので、一緒にブラジルに行くことになったんです。ブラジルだとまた新しい言語をやらなきゃいけないなー(※ブラジルは公用語がポルトガル語)って、最初はそこまで乗り気じゃなかったんですけど、行ってからどんどんその魅力に飲み込まれていきましたね。

─どんなところに惹かれましたか?
コムアイ:私がいるのはバイーア州のサルバドールという街なんですけど、とにかく文化が面白くて、こんこんと湧き出るカルチャーの泉に触れているような感じ。サルバドールは人口の多さでいうとブラジルでは4番目の都市で、昔は首都だったのでそういう意味で奈良や京都みたいな感じかな?ブラジルは、ポルトガルの占領時代に奴隷制があって、アフリカのいろんな国のいろんな部族の人たちが着の身着のまま、船にすし詰め状態で連れてこられたんですけど、サルバドールはそういう船がたくさん着いた港のある街だったんです。だからいまでもアフリカ系の人がとっても多くて、そのことが、いま私が触れている文化のすべての根っこになっています。

─どんな文化に関心を寄せていますか?
コムアイ:いま習っているカポエイラのルーツも黒人奴隷にあるんです。奴隷として働かされた人たちが、踊りのふりをしながら究めていた格闘技といわれていて、歴史の中で美しいものをつくりながら支配者階級に抵抗してきた、その身体性をなぞることに興味を感じています。あとは、ブラジルに連れてこられたアフリカの人たちによって発展した、アフロブラジリアン宗教と呼ばれるもののに、カンドンブレという多神教の宗教があるんですけど、その儀礼が言葉では言い表せないような強烈で美しいものなんです。行く前に知って見てみたいと思っていたので、カンドンブレがなかったら、ブラジルに行くことに納得していなかったかもしれないです(笑)。
─ブラジルはコーヒー農園で働いていた方など、歴史的に日系の方も多いですよね。
コムアイ:そうなんです。日本からブラジルに行くと、やっぱり日系の移民の人たちに思いを重ねてしまうところがあります。歴史を紐解くと、ブラジルは奴隷制が終わったあと、コーヒー農園などの不足した労働力として、日本やほかの国からの移民を受け入れた経緯があるので、アフリカの人たちが奴隷としてブラジルに連れてこられたこととの延長に、日系の移民の人たちが強いられた過酷な労働があります。すごく繋がっているんですよね。だから、アフロブラジリアンの歴史に敬意を払うことは、日本人としてブラジルにいるうえで、とても重要なことだと思っています。そういう理由もあって、さっき話していたような文化に興味があるんです。
INDEX
ビーチ文化は平等。裕福かどうかは関係ない
─昨今日本では、日本で暮らす海外ルーツの方に対して排外主義的な考え方を見聞きすることがあります。コムアイさんはいま日本から来た人としてブラジルに滞在していて、どのような実感がありますか?
コムアイ:個人の実感としては、街を歩いているだけでみんな話しかけてくれるし、「外国人なのにいてごめんなさい」みたいな気持ちになったことは一度もないです。日本に来た人たちがそういう体験をさせてもらえているかはわからないので、そこは日本人としては申し訳ない気持ちになりますね。サルバドールにはほとんどアジア人がいないから珍しがられます。なにしろ地球の反対側どうしなので「ドラマがすごく好きなんだよね」と目を輝かせて言われて、「それ多分韓国かな〜」みたいなことはよくありますけど(笑)。もちろんブラジルも問題を抱えていて、例えば前回の選挙では本当に僅差でいまの政権になっているので、また今度、排外的だったり、LGBTQIA+の人の権利がないがしろにされるような政権になる可能性もある、紙一重の状況ではあります。(※)
※ブラジルではLGBTQIA+への排外的な事件が社会問題にもなっているが、LGBTQIA+の権利を守ることに積極的な態度を示すルラ現大統領は、次点のボルソナロと僅差で当選している。
いま人生で初めて海沿いに住んでいて気づいたのは、ビーチの文化ってすごく平等だなということです。海に行くと、いろんな人と出逢えます。海って水着は着ているけど、ほとんど裸みたいなもので、裕福な人もそうでない人も同じように泳いだり寝転んだり。

─地域によってはジェントリフィケーションが進んで富裕層向けに隔離されたビーチがあったりもしますが、本来開かれた場所ですよね。
コムアイ:サルバドールもホテルや高層マンションの建つ場所は、そういうものがあるかもしれないですけど、公共のビーチがほとんどです。住んでいるところのそばには、ポルトガル語で「コミュニティ」を意味する「コムニダージ」と呼ばれるスラム街があって。近所からいろんな所得の人たちが水着のまま歩いて来ていて、もちろんビーチは 無料だし、裕福かどうかは関係なく、みんなここでは平等に堂々と楽しめる、自由な空気があります。日本では禁止されていると聞いたけど、ブラジルだとビール片手に泳いでる人もいますね。感動したのは、大晦日の年越しのとき、みんな白い服を着て海に行くんですよ。居酒屋とかバーとかレストランに入らずに、道端やビーチに家から机やらご飯を持ってきてパーティ会場にしてしまう。で食べたり飲んだりして、カウントダウンが終わって年が明けたら、遠くの方で花火が上がっているのをみんなで見て、「わあ」とか言ってハグし合ってました。本当にお祝い上手です。
─そういうとき、どんな音楽が聴こえてくるんですか?
コムアイ:みんながスピーカーを持ってきて、それぞれ勝手に好きな音楽をかけています。歩くと立体的にいろんな音楽が混ざってきて、音楽の洪水みたいな感じです。サンバが多くて、あとはアシェ(※)というジャンルが人気ですね。
※ブラジル発祥の音楽ジャンル。
─それらが四方八方から(笑)。
コムアイ:みんな本当によく歌うし踊るんです。壁のないカラオケボックスみたいな?でも疲れる人たちじゃなくて、一緒に気分を持ち上げてくれる感じがするので、ブラジルにいる時は、自分の性格の中の陽気な部分がどんどん引き出される感じがします。

INDEX
大勢の中の1人として声を出すタイミングがたくさんある
─歌や踊りが、生活の中にかなり密接に組み込まれている感覚がありますか?
コムアイ:ずっと歌ったり踊ったりしているなあと思います。とにかくお祭りが多いんですよ。一番大きいのは3月のカーニバルですね。リオが有名ですけど、バイーアはリオとはまた違って、もっとライブが主体なんです。動いているトラックの上でライブをやっていて、それを露出度高めの大人たちが歌い、踊り、飲みながら追いかけます。自治体がやっている音楽フェスみたいなものも2、3週間おきぐらいにあるし、カンドンブレの大事なお祭りもあったりして、イエマンジャという海の女神のお祭りのときは、海沿いでみんなぎゅうぎゅうになってパレードしていました。
コムアイ:ちっちゃい音楽イベントやパレードもしょっちゅうあって、みんな練習を道端でしているから、常にどこかで音が鳴っている感じがします。太鼓の音がよく聞こえてきて、カンドンブレの儀礼の中で神がかりをするときも、アタバキという太鼓と歌で、神様が入ってきたのを踊らせたり遊ばせたりするようなのが目に焼き付いています。
─そういう環境の中で、コムアイさん自身の中には、どんなふうに歌が存在していますか?
コムアイ:カポエイラをやるときって、輪になりながら、みんなで声や生楽器で音を出して場をつくるんです。まだへたっぴなんですけど、みんなに混じって歌っていますね。地声っぽい、音程よりもノリを掴むことが大事そうな歌い方が特徴です。ブラジルにいると、大勢の中の1人として声を出すタイミングが日本よりたくさんあるなと思います。
─カポエイラ以外だとどんなときに声を出すんですか?
コムアイ:カエターノ・ヴェローゾとマリア・ベターニアのライブに行ったんですけど、そのときも、みんな合唱していました。音楽があったら、自分から声が出ちゃうから止められないみたいな感じで、とにかく全力で歌っていて。音程もあんまり気にしていないし、上手い人も下手な人もいるけど、それこそが厚みになって、いい合唱になっている感じがします。誰かの真似じゃなく、みんなが自分の声をばらばらのまま出しているから、歌が一つにまとまっていないんです。でも、だからまとまる。耳からあったかいものが入ってくる感じですごく感動して、いまでもその声が残っています。そういうのが嫌だというブラジルの人もいると思うんですけど、私はあのライブ中の熱唱が好きで。1人が目立つわけじゃなくて、みんなの声が一体になっているのに窮屈じゃない感じがするからかも。
─奴隷制や移民の歴史があるなかで成り立ってきた国のありようと、それぞれの歌がばらばらのまま分厚く存在している情景を重ねてしまうところがあります。
コムアイ:本当にそう思います。カエターノ・ヴェローゾとマリア・ベターニアのライブに来ている人たちも、いろんなトーンの肌や髪の人がいて、性別もそれぞれだし、違ったルーツを持った人がみんな「ブラジル人」として同じ歌を歌えるってすごいなと思いました。いまはカンドンブレも西洋にルーツがある信者の人がいっぱいいて、重要な役割を担っていたりもするんです。カポエイラにしても、私たちが通っているところは、私たちのようなアジア人を含めて、すごくいろんな属性の人が来ています。もともと奴隷として働かされていた人たちが、抵抗の意味を持って培ってきた文化を、いろんな属性を持つみんなでやっている状況に心打たれるんです。
いま、ひどいことがいっぱい起きているなかで、虐殺で殺された人や、戦争で死んでしまった人の命は取り返しがつかないけれど、虚しい歴史からどうにかして美しい文化を培い、抵抗してきた人々がいるということに、すごく希望をもらっています。

INDEX
『KYOTOPHONIE』は小林七生とのコラボレーション
─今回開催される『KYOTOPHONIE』に寄せたメッセージ動画のなかでも、人類の醜さや悲しさと同時に美しさに触れる場面もあるという話をされていましたが、ブラジルの文化に触れたうえで、『KYOTOPHONIE』でのパフォーマンスはどんなふうになっていきそうですか?
コムアイ:自分のパフォーマンスはいろんな国で見た光景や聴いた歌、習ってきたものが一番のインスピレーション源になっていて、そこから得たものをなにか自分なりに形にしたいと思っているんです。水曜日のカンパネラをやめてからここ数年は即興が多くて、その瞬間ごとにどの引き出しを開けようか、とくじ引きのようにやってきました。今回は即興の要素もあるにはあるんですけど、構成をしっかり考えている部分もあって、どんな風になるかわからないというよりは、もっと完成図を目指しながらやっている感じです。
─小林七生さんと一緒につくりあげるからこそのパフォーマンスになりそうですね。
コムアイ:エチオピアの教会に行ったときに、賛美歌とお経の間のような雰囲気のチャントをしている聖職者の人たちを見て。一つの大きな大きな岩から掘り出した石の教会の空間に声が重なって響いて、とても美しかったんです。そのときは断食の期間だったんですけど、断食じゃないときは、太鼓も入るらしくて。ここらへんで、自分が興味を持ったり、感動したりしてきたものって、歌と太鼓ぐらいで成立するんだということに気づきました。
─サルバドールの街でも太鼓の音がよく聞こえてくるというお話しでした。
コムアイ:今回小林七生さんと一緒にやらせてもらうことになったのも、七生さんという人間が面白いというのはもちろんなんですが、ドラムにすごく惹かれていたからなんです。電子楽器でやっているパフォーマンスや、刺繍でつくっている立体の作品もすごすぎるし、人知を超えたような集中力でものをつくっている人だなと思っていて。前から一緒にやる機会をお互いに探っていたんですけど、今回『KYOTOPHONIE』でパフォーマンスをできることになって、ぴったりだなと思いました。最初に七生さんと話したときに、伴奏は全然得意じゃないという話をしていたんです。「上物同士だね」と言われて、「確かに」と思いました。ドラムが地になって、歌が上に乗る形じゃない組み合わせなのがすごく面白いし、だからこそ、七生さんの一音ずつを鳴らすようなドラムに惹かれているのかなと思います。
─音楽的なバックグラウンドも異なるお2人ですよね。
コムアイ:2人の間で共有しているものはあるんですけど、七生さんと私は、アプローチやものの見方がものすごく違う感じがしています。私の方が情緒や感情を音にすることに注力していて、七生さんはもっと仕組みとか成り立ちとか、宇宙全体を捉えてしまいそうな視点があるような感じがします。でも機械的ではなくとても生きている音。自分とまったく違うからこそかっこいいなと思いますね。
─ブラジルから、日本では初公演となるフィリペ・カットさんも出演されますね。
コムアイ:初めてお会いするんですけど楽しみです。フィリペ・カットさんのライブも、多分ブラジルだったら周りの人の声が聞こえないぐらい、全員熱唱だと思います(笑)。フィリペ・カットさんを通じて、フィリペ・カットさんがカバーしているブラジルの音楽をいろいろ知ることができたので、それもすごく嬉しくて、刺激になります。
コムアイwith FATHER × Soundscapes from Brazil & Beyond

公演日:2025年4月19日(土)17:00 OPEN / 17:30 START
会場:ヒューリックホール京都(元・立誠小学校)
チケット:前売り5,000円 / 当日6,000円
国内:https://eplus.jp/sf/detail/4277620001-P0030001P021001
海外:https://kp-komi-cato.peatix.com/