8月30日(金)よりアニメ映画『きみの色』が劇場公開中。何より注目は、監督・山田尚子×脚本・吉田玲子×劇伴・牛尾憲輔という、映画『聲の形』のクリエイター陣による最新作であることだろう。
若者の感情やコミュニケーションという共通のテーマを持ちながら、『きみの色』は穏やかで心地よい空気に満ちた「溢れ出る感情」を肯定する映画だった。
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『聲の形』と共通する「感情」や「コミュニケーション」というテーマ
映画『聲の形』はたくさんの絶賛の声が届いた一方で、原作マンガから小学生時代のいじめを発端とした物語でもあり、観るのがつらい、拒否反応を覚えたという声も少なくなかった。
そして、同じクリエイターチームが手がけた『きみの色』は、若者たちが傷つけ合う様を捉えた『聲の形』のアンサーともいえる。後述する「溢れ出る感情」を肯定的に捉えた作品で、いじめが描かれることもなく、関係がギスギスしたりもせず、穏やかで心地よい空気に満ちている。それでいて「若者のコミュニケーション」へ真摯に向き合った物語がつづられていること、繊細で丁寧な心理描写は共通している。そのため、『聲の形』のファンはもちろん、そちらが苦手だったという人にも、劇場で観てほしいと心から思える。そのさらなる理由を、本編の内容に触れながら解説していこう。
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音楽を通じて隠していた本音が溢れ出る
長崎市内のミッションスクールに通う高校生・トツ子は、古書店で働いている少女・きみと、隠れて音楽活動をしている少年・ルイと出会い、バンドを組むことになる。
メインキャラクター3人の共通点は「周りに『好きな気持ち』を隠している」こと。トツ子は表裏のない天真爛漫な女の子のようで、その場を取り繕うようなウソをついてしまったりする。きみは退学したことを家族に言えないままだし、ルイは母親の期待通りに医者の道に進むと言いつつも音楽を愛してやまないのだ。

そんな3人の本音(感情)が、音楽を通じて次第に溢れ出す様が本作の大きな魅力だ。たとえば、トツ子が古書店で一緒にバンドを組みたいという(彼女自身も唐突だと思ってしまう)提案をして、きみに心良く「やりたい」と言われた時の、驚きと嬉しさがいっぱいになったリアクションは、笑ってしまうほどにいじらしくてかわいい。そういう溢れる「好き」の感情は、何も隠さなくたっていい、「それでいい」と多くの人が思えるのではないか。
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「好きなものを好き」といえるつよさ
その「それでいい」ことがさらに伝わる、山田尚子監督による本作の企画書の言葉を、そのまま引用しておこう。
思春期の鋭すぎる感受性というのはいつの時代も変わらずですが、すこしずつ変化していると感じるのは「社会性」の捉え方かと思います。
すこし前は「空気を読む」「読まない」「読めない」みたいなことでしたが、今はもっと細分化してレイヤーが増えていて、若い人ほど良く考えているな、と思うことが多いです。
「自分と他人(社会)」の距離の取り方が清潔であるためのマニュアルがたくさんあるような。表層の「失礼のない態度」と内側の「個」とのバランスを無意識にコントロールして、目配せしないといけない項目をものすごい集中力でやりくりしているのだと思います。
ふとその糸が切れたときどうなるのか。コップの水があふれるというやつです。彼女たちの溢れる感情が、前向きなものとして昇華されてほしい。「好きなものを好き」といえるつよさを描いていけたらと思っております。
公式サイト記載の、山田尚子監督による本作の企画書より
なるほど、若者、特に思春期の少年少女は「コミュニケーションにとても気を遣っている」のだろう。周りを意識して、よく考えた末の、コントロールされた社会性ももちろん大切なものだろうが、山田尚子監督は「コップの水が溢れ出る」ような、「好きなものを好き」という気持ちを肯定してほしい、それはきっとつよさにもなるという優しさを、本作に注いでいるのだ。
「気を遣って隠していた」「でも『好き』が溢れ出す」は、同じく山田尚子監督×吉田玲子による脚本の映画『リズと青い鳥』や『たまこラブストーリー』でも描かれたことだ。さらに、同コンビのテレビアニメ『けいおん!』がそうだったように、豊かなアニメで描かれた演奏シーンでも、その「好き」がたっぷりと表現されている。そうした点から、『きみの色』はこの2人の集大成ともいえるだろう。

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「色」が見えることの意味
主人公であるトツ子は人の「色」が見えるという特性を持っているのだが、SF物語の超能力のように、何かの事態を具体的に解決したりはしない。しかし、そのことにこそ意味がある。山田尚子監督は「私たちも生活している中で、なんとなく人を感じるときの無意識的な特徴があると思うんです。ご覧いただく方の感覚を何か代入出来るきっかけがあったらいいなと考えて、トツ子は人を色で感じるということにしました」とプレス向け資料で語っている。
この言葉通り、劇中でトツ子が見る色とは、現実にもある「人を感じる」という抽象的な感覚を、視覚的に表現したものだと捉えたほうがいいだろう。

そして、十人十色という言葉がある通り、人の特徴や魅力はそれぞれだ。そんな中でも、トツ子はきみの「鮮やかな澄み切った雲ひとつない真夏の空の色」のようなきみに強く惹かれる。一目惚れでも憧れでもない、言語化できない気持ちを「色」が示しているとも取れるのだ。
一方でトツ子は、「私自身の色は見えない」という悩みも抱えている。それこそ若者が抱きがちな「自分が何者でもない」や「どうすればいいのかわからない」といった漠然とした不安にリンクすることだろう。そんな彼女が、どんなふうに「自分の色」を見つけられるかにも、ぜひ注目してほしい。
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『聲の形』と『きみの色』の2作でより感じた山田尚子監督の優しさ
『聲の形』では、客観的にはいびつにも見える、時には傷つけ合ってもしまうコミュニケーションが描かれていた。かつていじめをした少年はその罪を背負い続け自分も他人も許すことができず、いじめを受けた被害者であるはずの少女もまた「私は私が嫌い」という自己嫌悪をあらわにしたりもする。
そんな「自分が嫌い」「その自己嫌悪を誰かにぶつけてしまう」ことを描いた『聲の形』に対して、『きみの色』では前述した通り「溢れる感情が前向きなものとして昇華される」「『好きなものを好き』といえるつよさ」を描いているのだ。それこそが、『きみの色』が『聲の形』のアンサーといえる、いちばんの理由だ。

なお、山田尚子監督は「自分に対してはまるで自信がないけれど、その状況を人のせいにしないーそれが『きみの色』という作品を描くうえで、一番大切にしたところかなと思います」と語っている。しかも、山田監督は吉田玲子の脚本について「どの作品でもある信念として『自分でなんとかしようとしていて、そこが弱さでも強さでもある』」と思っていたそうだ。

なるほど、山田尚子監督、および吉田玲子の脚本の作品は、「自信はなくても自分がなんとかしようとする様」が描かれつつも、「自分だけでは解決しない」様が描かれることも多い。自分の責任を強く感じるが、それでも大切な誰かとのコミュニケーションで、何かを解決したり、前向きな感情が生まれることもある。そんな人生によくある事象を捉えた優しい作家であると、『聲の形』と『きみの色』の2作で、より感じることができたのだ。
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絵柄も雰囲気も物語も「淡い」からこその魅力がある作品に
『きみの色』の舞台は非常にミニマムで、絵柄も雰囲気も物語も「淡い」。前述した人の「色」が見えることの他にも抽象的で、あえて明確にさせない要素もある。スッキリはっきりとした展開を好む人にとっては、モヤモヤも残るのかもしれない(ノベライズ版を読めば補完できる要素もある)。
だが、その「淡さ」から、積極的にキャラクターそれぞれの内面や、物語の奥行きを汲み取ることができるのであれば、『きみの色』はとても豊かな作品として受け取れると信じている。ポップでキュートな楽曲と、キャラクターそれぞれの個性も見えてくる、躍動感のあるアニメで表現された演奏シーンの魅力は誰にでも伝わるだろうし、アニメ作品としての作り込みを思えば何度観てもきっと新しい発見がある内容だとも想像できる。ぜひ、劇場という最高の環境でこそ、本作を見届けてほしい。
『きみの色』

監督:山田尚子「映画 聲の形」「リズと青い鳥」「けいおん!」「平家物語」
声の出演:鈴川紗由 髙石あかり 木戸大聖 / やす子 悠木碧 寿美菜子 / 戸田恵子 / 新垣結衣
脚本:吉田玲子「猫の恩返し」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」「若おかみは小学生!」
音楽・音楽監督:牛尾憲輔 「映画 聲の形」「チェンソーマン」
主題歌:Mr.Children「in the pocket」(TOY’S FACTORY)
キャラクターデザイン・作画監督:小島崇史
キャラクターデザイン原案:ダイスケリチャード
製作:「きみの色」製作委員会
企画・プロデュース:STORY inc.「君の名は。」「天気の子」「すずめの戸締まり」
制作・プロデュース:サイエンスSARU「夜は短し歩けよ乙女」「映像研には手を出すな!」「平家物語」
配給:東宝
公開日:2024年8月30日(金) 全国東宝系公開
©2024「きみの色」製作委員会
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