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井上先斗『イッツ・ダ・ボム』書評 グラフィティ文化に対する格好のゲートウェイ小説

2024.10.21

#BOOK

魅力3:グラフィティの抱える問題に光を当てる

そんなTEELが、HED(ヘッド)と名乗る才能ある若者と出会い、活動をともにするようになるが、グラフィティに対する価値観の齟齬を発端に2人はバトルへと発展していく。

グラフィティは反体制ゆえに法を犯すことは免罪符になり得るのか? そもそも現代の日本においてグラフィティを書くことはカウンターカルチャーとして成立しうるのか? グラフィティが構造的に抱える問題を、淡々とした語り口ながら世代間の認識の差と比べながら明らかにする。

もちろん筆者はカウンタカルチャーとしてのグラフィティの精神性を支持している。ただし、それを描いた人物や場所、タイミングなど複合的な要因が絡み合った上で、良し悪しが判断されるため、単純な二項対立に収められるものではない。本書では、そうした正しいか、正しくないかのジャッジを読み手へ委ねたところも共感できた。

井上先斗『イッツ・ダ・ボム』書影(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918938

批判的思考を持って見ると、クライマックスの1つで橋にぶら下がった状態で消化器を吹くシーンがあるが、それを現実で行うのは困難なことなど、グラフィティそのもののディテールに関しては詰められる箇所がなかったとは言えない。ただしそれらを差し引いても、非常によくできた1冊であることに違いはない。

多くの人が視線をスマホに落としている現代において、路上に書いたグラフィティが不特定多数の目を鮮やかに奪ってきた、その有効性は薄れてきている。しかしグラフィティの本質は<俺たちだけに聴こえる 特殊な電波>(RHYMESTER”B-BOYイズム”)よろしく、グラフィティライター同士に伝わることが何よりも優先される。電車に乗っているとき、歩いているとき、建物と建物のあいだにある隙間やスペースに意識せずとも目が行くようになったら、それがグラフィティの世界の入口だ。すると、これまで素通りしていた景色が新しい見え方をする。視点が変わると見える世界も変わる。『イッツ・ダ・ボム』は、その格好の手引きとなってくれるだろう。

RHYMESTER”B-BOYイズム”

『イッツ・ダ・ボム』

著者:井上先斗
発売日:2024年09月10日
価格:1,650円 (税込)
発行:文藝春秋
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918938
https://amzn.asia/d/9yKam6E

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