INDEX
文化を伝える手段としてのファッション表現
―こうした表現のアプローチは、今までになかったファッション像を作っているのでしょうか?
栗野:Wales Bonnerは、2024年秋冬パリメンズコレクションで、アフリカ系アメリカ人のための大学として設立されたアメリカのハワード大学をテーマにしていました。同大学は、アメリカの名門大学にアフリカ系の人が人種差別によって入学が許されなかった時代に、アメリカ在住のアフリカにルーツを持つ人が誰でも学べる場所として創設されました。今ではアフリカ系の人以外も多く在籍しているそうですが、アフリカ系アメリカ人の歴史に関して多くを学べます。今でも非常にしっかりとしたアイデンティティがある大学です。人種カルチャーのルーツをテーマに取り入れること自体とてもポリティカルな問いですし、それを前に押し出していくグレース・ウェールズ・ボナーの姿勢は新しいと言えるでしょう。
https://www.instagram.com/p/C2RvQFnAvkr
―先ほどおっしゃられた「ファッションの地図」の更新は、地理学的なアイデンティティの結びつきを超えて、自身のルーツを紐解く群島的な姿勢とも言えそうですね。
栗野:彼女はアフリカ系イギリス人で、イギリス国籍を持つジャマイカ出身の女性であるなど、さまざまなレイヤーのある人物です。その多様なレイヤーは、50年前ならマイノリティとしてネガティブだったかもしれませんが、今日ではアイデンティティになり得ます。カリブ海周辺地域は、かつてイギリスやフランスの植民地から独自の文化が形成されていますが、そうしたカリブ文化を前面に出してアティチュードとして発信することで、新たな価値を見出すことができるでしょう。

―古来のファッションは神話や歴史をテーマに取り扱うことが伝統的に多かったように思いますが、グレース・ウェールズ・ボナーしかり、デザイナー自身の生い立ちや生活、趣味嗜好がファッションのイマジネーションソースとして機能してきていますよね。
栗野:従来のファッションはヴィクトリア朝や18世紀あたりの歴史的なテーマが多く扱われてきたわけですが、今後はインスピレーションソースとして文化を拾う方法がますます幅広くなっていく気がします。デザイナー自身にしか意味を持たないようなパーソナルなことでも、その人が表現することで多くの人々に響くようなあり方が生まれているように思います。ルーツへの言及は何かのきっかけがないと情報として人々に知られることはありませんが、いい意味でファッションはそのきっかけになり得ますよね。グレース・ウェールズ・ボナーは自身のクリエイションを通して、こうした文化的な側面を可視化できることを承知のうえで、活動しているような気がします。