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ロバート・ゼメキス『HERE 時を越えて』評 過去との仲直りと、未来へと堆積する時間

2025.4.3

#MOVIE

ゼメキス作品における「部屋」の意味

リチャードはこの家を出ないことを選択し、それが自分と家族を守ることだと信じている。そんな彼にマーガレットは不満を募らせるが、どちらの立場もわかるが故に、見る者の心をつかむ。これも人生の分岐における選択の結果だ。

この映画が、カメラを動かさない理由もここでわかってくる。部屋の中は自分たちを守ってくれる安全空間なのだ。それを見つめることは、そこに堆積する時間に思いを馳せることでもある。

『HERE 時を越えて』場面写真 / ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. All Rights Reserved.

老境のリチャードの父が、「いま行くよ」と亡くなった妻の元へと逝く刹那、「鍵、時計⋯⋯」と呟く。それは外出のとき、妻が必ずやらせた忘れ物チェックだ。そこには長年過ごした夫婦の、確かな時間の積み重ねがある。なんと渋い演出か。

『魔女がいっぱい』(2020)にも忘れがたい部屋がある。主人公の少年は冒頭でいきなり母親を事故で亡くし、祖母に引き取られる。しかし彼にとっての母とは、祖母にとっては娘なのだ。少年は祖母の家の、母が子どもだった頃の部屋で暮らすことになる。

『魔女がいっぱい』予告編(ロバート・ゼメキス監督)

その部屋のドアには「プリンセス(お姫様)」とワッペンが貼ってある。この部屋の中には、母が子どもだった頃のまま、母の過去がそっくり眠っており、祖母がいかに大切に母を育てたか一発でわかる。そこにも確かな時間の堆積がある。

思えばゼメキス作品の登場人物は、しばしば部屋にこもることで、自らを守ってきた。『マリアンヌ』の夫婦は、家族だけの部屋の中で幸せを育もうとした。『フライト』でも、マスコミの攻勢からの隠れ家を用意し、その極めつけは心の傷を深めたくないため、自分の部屋にこもって外界と関係を結ばなかった『マーウェン』(2018)だ。

『マーウェン』予告編(ロバート・ゼメキス監督)

部屋には必ずドアと窓がある。そしてそこからの出入りは必ず、運命の選択肢となる。だからゼメキス作品を見ていて、ドアと窓が出てきたら要注意だ。それが開閉されると、そこに必ず何かが起こる。家を出ないことを選択したリチャードは、いつも窓の外を見つめている。彼の将来の夢は画家になることだったが、その絵はすべて窓から見た外の風景なのだ。移り行く窓の外を絵に残し、せめてその移ろいを自分のものにしたのだろうか。

『HERE 時を越えて』で映る部屋にも大きな窓がある  / 『HERE 時を越えて』場面写真 ©2024 Miramax Distribution Services, LLC. All Rights Reserved.

ゼメキス監督の初期作品『抱きしめたい』(1978)は、ビートルズのアメリカ上陸に熱狂する若者たちが、4人をひと目見ようと彼らが滞在するホテルに突撃するコメディだ。若者たちはその向こう側にいるはずのビートルズに会おうと、何とかホテルのドアを開けようとする。警備員から隠れるために物置や倉庫、エレベーターのドアを何度も開け閉めする。ホテルの窓が開くたび、ファンはそれをビートルズと勘違いして大騒ぎする。

でもひとたび視点を変えると、ビートルズにとってはホテルの部屋とリムジン車だけが、彼らを守る唯一の安全空間だったはずだ。そこにだけ4人の時間が流れている。

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